第12話:舞台2

「少なくとも、俺には関係ねー事だぜ。それで、どうすれば出られるんだ? その……大斂武祭とやらには」

「……まず、二等級以上の冒険者である事」


 シズが自分の首に下げた、銀の鑑札を見る。

 本来、認定を受けたばかりの冒険者は銅の鑑札――三等級の位から始まる。

 だが認定試験に際して優れた実力を示した者には、推薦制度が適用される。武芸に秀で、獣人族の暮らしの中で野営や対魔物の知識を既に得ていたシズは当然、推薦の対象だった。


「そして、国が定めた幾つもの試練。それらの内、最低三つを達成する必要がある」

「例えば、どんな?」

「……アレナリア砂漠の中央に、巨大な砂岩のダンジョンがあるのは知ってるよな?」


 魔物や魔王が自然に召喚されるこの世界では、ダンジョンもまた、時に自然発生する。それらは迷宮の形を取る事もあれば、空間の歪みを伴う森や山などの形を取る事もあった。


「ああ、ギルドの特別案件で見た事ある。もう一年くらい放置されてんだっけか」


 特別案件――国が依頼主である、難易度の高い案件の総称である。


「そうだ。中は一等級の魔物の巣窟になっていて、少なくとも三体の大物ボスクラスが確認されている。それの攻略だ」

「他には?」

「……霊峰エスカリエに住み着いたドラゴンの討伐」

「あー、それも聞いた事あるぞ」

「エスメラルダの森で苛烈な抵抗を続けている、ゴブリンの国家の制圧」

「……聞いた事あるな」

「エグ・マリヌ海域の底に確認された、破船の呪具の破壊もしくは回収」

「……おい、ちょっと待て」

「どうした?」

「どうした? じゃねーよ! 試練ってそれ全部ギルドの特別案件じゃねーか! しかも、どれも相当長い間放置されてるヤツだろ!」

「なんだ、やっと気付いたのか」


 冒険者協会――国家が用意出来る冒険者への報酬、予算には限度がある。

 金銭はもちろん、土地や地位、権力であっても無制限には、ばら撒けない。

 つまり――常に依頼クエストの危険に見合うだけの報酬が用意出来る訳ではないという事だ。

ドラゴン退治ともなれば、一等級の冒険者が十人超の一党パーティを組んでいても、時には死人が出る。十数人で山分けしてもなお、命を懸けてもいいと思えるほどの報酬を、特別案件の数だけ用意する事は不可能だった。


「まっ、つまり報酬は大陸最強の名誉……それを得る為の切符という訳だな」

「きったねえ……」

「嫌なら、やらなければいい……国内の厄介事を一掃しつつ、闘技大会による特需も期待出来る。経済的には、確かに悪くない話なんだが」

「……でもよ、その特別案件。当然、一人で攻略するんだよな? 魔術師や神官にゃ相当キツい話だな」

「いや……徒党を組む事は許可されている」

「……マジで? 前衛に守られながら試練を超えた後衛なんて、大会に出ても仕方ないだろ」

「無理に一人で試練に挑んで死なれても、それこそ無意味だからな」

「……確かにそうだけどよ」

「それに当然、最終的には個人の腕前を試される事になる」

「ま、そりゃそうか。でも、どうやって?」

「国が選抜した推薦枠の出場者と戦ってもらう。勝てぬまでも善戦すればよし。もし勝てば、推薦枠が移譲されるという訳だ」

「……その推薦枠ってのは、例えば誰がいるんだ?」

「私が知る限りでは……さっきも言ったが、【聖女】様と【主席宮廷魔術師】殿だろ。他にも【近衛騎士長】殿、【拳聖】殿、【罪狩人】殿……」


 メイジャが指折り連ねていく称号は、どれもこの大陸における『最強』を示すものだった。最強の神官、最強の魔術師、最強の騎士、最強の武闘家、最強の猟兵――


「【剣鬼】殿もいたっけな」


 そして、最強の剣士。

 西田が精神のたかぶりを抑え切れずに一瞬、闘気を溢れさせた。


 しかし、西田は自覚している――自分は、まだ弱い。

 誰と戦って出場権を得るにしても、生半には成し得ない事は明白。

 強くなる為の算段を立てる必要がある。それと並行して、国の定めた試練もこなさなくてはならない。だとしたら――何を、どのような手順で始めればいいのか。


「……ああ、それと」


 そんな西田の思考を断ち切るように、メイジャが再び声を発した。


「推薦に応じるかは決めていないが、私も選抜闘士の一人だぞ」

「……なんだって?」


 そして、思わず西田はそう聞き返した。


「あなたが、ですか?」


 シズも、不可解そうな顔をしていた。

 メイジャは確かに、隻腕の身で練兵場の教練指導官を務める、実力者だ。

 だが、大陸最強を争えるほどだとは――どうにも思えなかった。

 事実、道場での組手において、メイジャはシズに打ち負かされている。


「なんだ、二人して。私じゃ役者不足だとでも言いたげじゃないか」

「……それは、なんつーか」


 西田もシズも返答に窮していた。

 まさかその通りだと言う訳にもいかないが、言い逃れが利くような状況でもない。

 となれば、なんとか角の立たない切り返しを見つけなければならないが――


「……ふむ、どうしたものか。シズには、規則とは言え意地悪をしてしまったからな。ニシダも、結果的にだがシズの事で世話になったし……」


 メイジャはそんな二人の様子など気にもかけず、何やら独り言を呟いて――


「よし、いささか贔屓が過ぎるが……私が一度、お前達に稽古をつけてやろう」


 そう言った。至って真面目な口調だった。

 西田もシズも、またも返答に窮していた。

 今度は単純に、メイジャの発言の意図を理解しかねたからだ。


「……それは、何か技を教えてくれるって意味なのか?」

「いいや」


 西田の問いに対して、メイジャは即座に首を横に振った。


「今のお前達の実力が、大斂武祭の出場候補と比べてどの程度なのか。それを教えてやると言っているんだ」


 続く返答は微かな、しかし不敵な――挑発的な笑みと共に紡がれた。そんな態度を取られては、西田もシズも最早、気遣いなど考えてはいられなかった。


「……そこまで言うなら、教えてもらおうじゃありませんか」


 シズが今にも飛びかからんばかりの闘気を纏い、椅子から立ち上がった。


「まぁ待て。ここは救護室だ。暴れられても困る……裏庭に出ろ。そこでやるぞ」

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