(3)
絶対、一〇人中九人は「はあ?」って言うだろう。
「『呪ってる』? わたしが? はあ?」である。
アイカが重々しく口にした言葉が、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、わたしは先ほどとは別の理由で動揺した。
たしかに学生時代はふたりを呪っていた。そういう心境だった。
「わたしにふたりを呪いで不幸にする力があれば……」……そんなことを考えたのも事実だ。
呪いは法に触れない。だからどうしてもふたりに復讐したかったわたしは、そんな馬鹿なことを真剣に考えたものだ。
しかしわたしにはふたりに呪いを与えるなどという、オカルトな力がないこともまた事実。
だからわたしは呪いの力がない己の非力さをまた呪いながら、結局地元から逃げ出して、ふたりのことをキレイさっぱり忘れるという選択をしたのだ。
それが今さら、「わたしがアイカたちを呪っている」とはどういうことなんだろうか?
わけがわからない。
けれどもアイカは真剣だった。
目の前にいるわたしがアイカたちを本気で呪っていると――馬鹿馬鹿しいことに――彼女は信じ切っているらしかった。
わたしと目を合わせないのも、恐ろしくて目を合わせられないのだと、遅まきながらに気づいた。
「呪い?」
キリヤさんはあからさまに馬鹿にした風ではなかったものの、鼻で笑いかねない雰囲気があった。
それに対してアイカは怯えた様子で至極真面目に話を始める。
「あたし、ジュンにヒドイことしたから……だからジュンがあたしのこと呪ってるって、みんなが言ってて……」
「みんなって、どなたのことです?」
「友達とか、占い師とか……」
友達に「アンタ呪われてるよ」って言っちゃうひとってどうなんだろう……。類友ってやつなんだろうか?
それに占い師って……。そこから高額な除霊料(?)とかを払わされたりしていないだろうか?
わたしはわりと本気でアイカのことが心配になった。
やたらとやつれているのも、占い師とか言う詐欺師に騙されてて、金を巻き上げられているからとかではないのか。
わたしにした仕打ちへの恨みはたしかに忘れ難いが、それはそれとしてかつての親友が不幸に巻き込まれているのでは、と思うと同情する気にはならないにせよ、胸のあたりがザワザワするのもたしかだ。
「呪ってるって、そんな……なにか根拠はあるわけ?」
わたしはやっとそれだけを言い出せた。
わたしは別に神社の娘だとか、ツキモノスジ――呪いを模索してるときに知った――とかではない。
実際に神社の娘や、ツキモノスジの人間が、他人を呪える力を持っているかは置いておくとして。
とにかくわたしには他人を呪って不幸にする力なんてない。これはたしかだ。
わたしはごく普通の田舎の一軒家に住む、中小企業のサラリーマンをしている父親と、地元のスーパーマーケットでパートをしている母親を持つ、ごくごく平凡な人間なのだ。
霊感とか心霊話とかとも無縁に暮らしてきた。今だってそうだ。
物語なら「そんな普通の家庭から突然変異的に生まれて……」とかもあるのだろうが、わたしの身の上には、そんなことはまったく起こっていない。
つまりわたしは呪いを操るなんてできない、凡人だということだ。
けれどもアイカは違った。アイカからすると、わたしにはふたりを不幸にするだけの呪いの力を持つ根拠があるらしかった。
「……神楽舞してたじゃん」
「神楽舞?」
「ほら、小六のときに神社で舞のホウノウ? とかいうのやってたじゃん」
「え? あー……アレね……」
たしか、自治会長さんに頼まれてイヤイヤ練習して、祭りの日に神社の小さな神楽殿で踊った。それは事実だ。
それは事実なんだけれども……。
「なんでそれで呪い?」
「神様がジュンに力を貸してくれてるって言ってた」
「え? 占い師さん?」
「そう」
相変わらず、アイカは怯えたような目をしてわたしを見ている。まるで、怪物でも見るような目だ。正直言って、いい気はしない。
けれども今のアイカにはいくら「呪いなんて非現実的だよ」と言っても聞き入れてはもらえないだろう。そういう雰囲気があった。
神楽舞を一度奉納しただけで他人を呪う力を貸してくれる神様ってなんなんだよ、というのがわたしの感想だった。
神様はたくさんいるから、そういう神様がいてもおかしくないのかもしれないが……。しかしわたしからすると、アイカのその「理論」とやらはどこまでも荒唐無稽に聞こえた。
隣に座るキリヤさんをちらりと見たが、さすがは年の功か、わたしと違って動揺している様子はない。
ただいつもわたしに向ける優しい視線は、どこか冷え冷えとしてアイカに注がれている。それがちょっと怖かった。
「呪いって、具体的にはどのようなことを指しているんですか?」
キリヤさんの質問に、アイカは押し殺してきた苦しみを吐露するように話し出す。
アイカと浮気をしたススムは、それで弾みがついたのか、それとも元から道徳観念が希薄だったのか、また浮気をしたそうだ。
しかし相手が悪かった。
ススムの新たな浮気相手は、いわゆる「メンヘラ女」だったのだ。
付き合い始めはそのことがわからず、徐々に情緒不安定な部分が目立ち始めると、ススムは面倒になって彼女を捨てようとした。
ところがこっぴどく振った――と思った――次の日に、ススムはその女に包丁で刺された。白昼堂々の犯行だったそうだ。
そして運の悪いことにススムは歩行能力に支障が出た。端的に言うと車イスでの生活を余儀なくされた。
一方の浮気相手の女は、どうやら家が金持ちらしく、また精神面の問題もあってすぐにシャバに出てきたらしい。
そして彼女はススムのストーカーに転身し、ススムの恋人であるアイカに嫌がらせを繰り返しているそうだ。
当のススムはそんなゴタゴタもあって職場を辞めざるを得なくなり、悲劇のヒロインならぬ悲劇のヒーローを気どって酒びたりの生活に。
今はアイカの収入を頼りに暮らしている。
「別れたくてもみんな『よくそんなヒドイことができるな』って言うし……ススムも出て行ってくれないし……」
アイカはそう言うとハラハラと涙をこぼした。
アイカはアイカでそんなススムを支えるために金は出て行く。加えて自身もなぜか病気が発覚し、治療すればまた別の病気が発覚するという負のサイクルに巻き込まれ、常に金銭に困っている状況なのだと言う。
「『呪い』って言われて、『ああそうか』って妙に納得したのね。でなきゃこんなに次から次へ不幸が訪れるなんておかしいもん」
しゃくりあげ、泣きながら「呪いのせい」だと言うアイカを前に、わたしはどんな顔をすればいいのかわからなかった。
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