復讐したいけどそんな力がなくて泣く泣く逃亡して別の地で幸せになったら相手が不幸になっていた話

やなぎ怜

(1)

 彼氏と親友――だと思っていた女――が浮気をしていた。それも三年も。


 え? わたしと付き合いだしてからほぼ丸々じゃん? ないわー。


 そんな感じで共通の友人たちには「ま、わたしはそんなに気にしてませんけどね」って風に見せたけれど、内心は違った。


 悔しくて悔しくて悲しくて、恋人だと思っていたススムと、親友だと思っていたアイカが憎くて憎くて仕方がなかった。


 いじめや不和とは無縁で、比較的穏やかに大学生までの人生を過ごしてきたわたしにとって、それは青天の霹靂にひとしかった。「はらわたが煮えくりかえる思い」ってこういうことなんだ、と初めて知った。


「浮気男と別れられてラッキー♪」……そう笑う裏で、わたしは泣いて、血管がぶち切れそうなほど怒っていた。


 当然、ふたりに復讐することを考えた。わたしを三年も裏切っていたふたりには、苦しみ抜いて苦しみ抜いて生き地獄を味わって欲しかった。


 けれどもわたしは別にすごい頭がいいわけではない。


 色んなことを考えたけれども、それらは大抵法に触れる。


 裏切り者のふたりのために豚箱にぶち込まれるなんてまっぴらごめん。


 けれども法に触れない範囲での復讐は、どうにもインパクトに欠けて、わたしの心を晴らしてくれそうにはない。


 ……結局、ヘタレなわたしは復讐をあきらめた。


「あのふたりなんてどうでもいい」……本当はどうでもよくない。


「さっさと忘れちゃいたいって感じ」……忘れられるわけがない。


 ありもしない心情を、吐露している風を装って、内心ではわたしの怒りはくすぶり続けていた。


 けれども、しかし、どうしようもないのが現実。


 ススムとアイカは開き直ってわたしのよくないウワサを垂れ流し、陰口を叩くようになっていた。


 幸いにも共通の友人たちのほとんどはススムとアイカの不貞行為には眉をひそめ、ふたりから離れて行った。


 中には「浮気をさせたわたしが悪い」とか「ふたりを許してあげて欲しい」とかいう寝言をほざく輩も湧いたが、わたしはそれを無視してすごした。


「あんなの、相手にするだけ時間のムダ」……本当はコテンパンになるまで反論してやりたかった。


 けれどもわたしは頭がいいわけじゃない。どちらかといえば、頭の回転は遅いほうだったようだ。


 目の前で侮辱されてもその場ではなんとも思わないが、時間が経ったあとで、死ぬほど怒り狂う。わたしはどうも、そういうタイプらしい。


 今まで周囲の人間に恵まれてきたから、わたしは自分がそういうタイプだとはぜんぜん知らなかった。……というか、知りたくなかった。


 こんなに自分が根に持つタイプだなんてことも、思いもしなかった。


 どちらかといえば、自分は怒りとは無縁な人間だと思っていたのに。それは単に今まで周囲に恵まれすぎていただけのことらしい。


 ちょうど就職活動が本格化する前にふたりの裏切りが判明したこともあって、わたしは地元から近すぎる大学から離れた地にある、小さな会社に就職を決めた。


 敵前逃亡。そんな言葉が脳裏に浮かんだが、とにかくわたしは地元の会社に就職を決めたふたりから、どうしても離れたかった。


 地元に愛着のある親や親戚には文句を言われたけれど、わたしは知らんふりを決め込んだ。


「これはわたしの人生なんだから、わたしの好きにさせてよ」……そんな風にかわいくない言葉を吐いたが、内心ではふたりへの恨み辛みでいっぱいだった。


 ふたりに復讐したくて仕方がない気持ちを置いて行くようにして、わたしは地元を離れた。


 それでもふたりのことはなかなか忘れられなかった。


 ふとした瞬間に思い出してムカムカすることもあったし、夢に見て寝起きが最悪なことになる日もあった。


 共通の友人だったひとたちとは就職してからもたまに連絡を取り合ってはいたが、ふたりがどうしているか耳に入れてくる人間はいなかった。


 そうしたこともあって、次第にわたしはふたりのことを思い出さなくなっていった。


 ふたりとは別に就職先の小さな会社の人間関係に翻弄されたこともあったし、なんだかんだで社会人としての生活が充実していたこともある。


 けれど、最大の要因は新しい彼氏ができたことだろう。


「しばらく彼氏はいいや」……なーんて思っていたのに、自分でもびっくりするくらい早くに新しい彼氏ができた。


 わたしよりちょっと年上のキリヤさんは、ススムとは違うタイプの男性で、そういうこともあって付き合いをスタートさせることを決めた。


 今のところケンカをすることもなく、順風満帆なお付き合いをさせてもらっている。


 どちらかと言えばキリヤさんのほうがわたしに遠慮したり、寛容であったりすることが多いので、そういう点ではわたしは彼に甘やかされているのだと思う。


 しかしそんな立場に甘んじることなく、自分のことを省みなければなと思うことしきりだ。


 まあそんな感じで、わたしとキリヤさんはごく普通に仲良くお付き合いをさせていただいている関係なのである。


 ……そうしてすっかりふたりへの復讐心どころか、存在すら忘れ去っていたときに、アイカから唐突に電話がかかってきた。


 そのときにはふたりの裏切りが発覚してから、だいたい六年は経っていた。


 今さらなんの用だと思うより先に、なぜ大学時代から変わっているわたしの連絡先をアイカが知っているのか気になった。


 もしかしたら共通の友人だったひとから流出した? それとも親や親戚から? と邪推したものの、探偵を雇ったとの答えに、わたしは腑に落ちると同時に薄気味悪いものを感じた。


 探偵を雇ってまでわたしの連絡先を入手した理由ってなんだろう? わたしのそんな疑問にアイカは言葉を濁す。


「とにかく会って謝りたいの」……わたしは会いたくなんてないんですけど?


 けれども生気のないアイカの声は一方あまりに必死で、怖くなった。そういうわけで最終的にわたしは、地元からも今の居住地からも離れた駅にある喫茶チェーン店で、彼女と会うことになったのであった。

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