第2話 明るくなった世界
新しい時代と僕が生まれた時代で一番違ったのは、その明るさだ。今迄は陽が沈めば世界はすぐ暗闇に包まれていたが、いつからかこの世界は、陽が沈んでもすぐには暗くならなくなった。夜は短くないから、少しぐらい暗闇が遅くなっても狩りに困ることはなかったが、寝る時間と狩りの時間は変えざるを得なかった。
世界の全部が飢えている時代は終わったので、この時代では人間だけじゃなく色んな動物もたくさん増えた。このころ僕が好んで狩ったのは鶏だ。鶏はこの時代どこにでもいた。面倒な人間の狩りはしばらくやめて、僕は鶏を狩り続けた。小さい鶏小屋、大きい鶏小屋、狩り場は毎日変えて、同じところは出来るだけ避けた。
とても楽な狩りが続いた。僕はひとときの間、人間っぽい気持ちになった。人間を襲うことも、牛や馬も襲うことなく、山に入って鹿や猪を追う必要もなかった。腹が減ったらこの時代にたくさんいる鶏を、人間に気づかれないように出来るだけ色んな場所から調達するだけで生きていける。こんな生活が続くなら僕も人間らしい生活を送れるかもしれない。
でも、そんな淡い期待はすぐに打ち砕かれた。
馬鹿な人間たちは、「戦争」っていうものに夢中になり、同じ人間同士で殺し合いを始めたんだ。この世界に溢れていた食べ物もあっという間に少なくなってしまった。これまで僕は食べるために人間を狩っていたが、人間が人間を狩る理由は、ただ殺したいかららしい。人間は本当に残忍な動物だ。
あれだけ沢山いた鶏もあっという間に少なくなった。これまで人間は、鶏の卵だけを搾取していたが、食べ物が少なくなってしまったので、鶏の血肉まで貪るようになったのだ。僕は狩りの対象を鶏から、また人間に変えることにした。
戦争が始まってから、世の中から大人の男が少なくなっていき、女や子どもだけで暮らす家が増えていった。大人の男がいないと僕の狩りは楽になる。反撃される可能性が少なくなるからだ。
昔、大人の男を狩ろうとしたとき、男が手にしている刀で右腕を切り落とされたことがある。僕は右腕を根城まで持ち帰り、傷口の熱に耐えながら、腕の切り口同士を合わせていた。翌日には腕は元通りになっていたが、あれがもし「首」だったら僕は生きてはいまい。大人の男を狩る場合はこちらにも「死」の危険性が付きまとうことを、あのとき初めて理解した。
ある日、僕は真夜中の街で獲物を探していた。最近、「戦争」のせいで空から明るくて熱い炎の塊が降ってくるようになったので、狩りにも注意が必要だ。炎の塊は地上の家や畑、人間や動物たちを焼き尽くす。炎の塊は僕にとっても厄介だったが、炎の塊が空から降ってくると一斉にサイレンが鳴り響き、人間が真夜中でも外に出て、小さい穴倉に集まってくるので、僕は暗闇に乗じてその穴倉付近で狩りを行うことができた。
ただ、獲物選びは慎重に行わなければならない。人間も動物も、子どもが襲われるとその母親は、稀に信じがたい攻撃力を発揮する場合がある。母親は備え持った「子を守る本能」で命を賭して戦うからだ。だから僕は母親と一緒にいる子どもは狩らない。僕の狙いは「老人」だ。老人は動きが遅く、声も小さい。楽に狩れる獲物を探し出すのも「狩る者」にとって備えてなければならない資質だ。
その日も、真夜中にサイレンが響き渡った。人間たちが一斉に家を飛び出して小さい穴倉に向かって走り出す。僕は獲物を品定めする。乳飲み子を連れた若い母親、多くの子ども達、年老いた夫婦。その中で僕が目を付けたのは杖をつき腰が曲がった老人だ。その老人の周りに家族らしき姿は見えない。歩きも遅く、杖以外は武器らしい物も持っていなそうだ。
僕は小走りで老人に近づいた。そしてその喉笛を噛み切ろうとした瞬間、目の前が真っ赤に燃えて老人は黒こげになり、僕は吹き飛ばされて意識を失った。
目が覚めたとき、僕の前には小さい男の子がいた。
「あ! 母ちゃん! お目目が開いたよ! 母ちゃん!」
小さい男の子は母親を呼び続けた。僕は人間に命を救われたらしい。
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