第31話 クライル


「よし、じゃあ今度は光をもっと弱くしろ」


 パリスの声に、リシェルは意識を集中させる。

 同時に、掌の上に浮かぶ光がみるみる輝きを落とし、今にも消えそうになった。


「まあ、そんなもんだろ」


 リシェルは光を消すと、パリスの方を振り返った。


「どうかな? 私、うまくなってる?」


 お前の練習付き合ってやるよ。ただし、時間がある時だけな。あと、シグルト様にも内緒にしろ。

 最初練習を見てくれと頼んだ時はあっさり断られたのに、どう気が変わったものか、パリスは突然そう言ってきた。


 それ以来、法院の休憩時間や、仕事の合間を見て、こうやって法院の庭の一角で、練習を見てもらっている。

 パリスの教え方はかなりうまかった。いちいち人を馬鹿にするのと、偉そうな態度にさえ目をつぶれば、実にいい先生だ。


 本当の師匠であるシグルトは相変わらず、何を言ってものらりくらり、それらしい修行は行ってくれない。またおかしなことをされては堪らないので、最近はもう修行してくれとしつこく言うこともなく、もっぱら地道に本を読み、パリスに実践練習をつけてもらう毎日だ。


 パリスの的確な指導のおかげで、リシェルの魔法の腕は日々目に見えて上達していた。


「ああ。そろそろ新しい魔法の練習始めてもいいかもな」


「本当!?」


 喜びはしゃぐリシェルを見ながら、パリスは考えていた。

 まだ練習を始めて日は浅いが、リシェルは意外と飲み込みが早い。コツを掴むのもうまいし、教えたことはきちんとものにする。まだまだ引き出せる魔力は弱いが、これから訓練を重ねていけば、徐々に覚醒していくだろう。


 もちろん、神童と言われた自分が魔法を習い始めた頃と比べれば大したことはないが、もっと子供の時から修行を始めていれば、そこそこの腕にはなっていたはずだ。


(ま、僕の教え方がいいからだろうけど)


 内心、鼻を高くする。

 最初はブランに言われて、仕方なく練習に付き合っていた。だが、パリスは次第にリシェルに教えることに楽しさを感じるようになっていた。今日だって本当は法院は休みだが、こうしてわざわざ出てきた。


 どうしたら、まだ知識も経験も少ないリシェルに理解させることができるか。言い方を考え、方法を工夫し、リシェルができるようになると、顔にこそ出さなかったが、正直嬉しかった。

 魔術学院では、同期はおろか後輩も先輩もみんな競争相手であり、他人に教えることなどなかったから、なかなか新鮮な体験だったのだ。


 それに――――

 リシェルがにっこり笑って言った。


「ありがとう。パリスのおかげで、どんどん上達してる気がする」


 ……律義なリシェルに毎回こうして礼を言われるのも、悪い気はしない。


「あ、そろそろ戻らなきゃ。お茶の時間までに戻るって先生に言っちゃったから。じゃあ、また宜しくね」


 時計を見て、行こうとするリシェルを、慌てて引き止める。


「おい、待て。送っていく」


「え? 平気だよ。そんな遠くないし、まだ明るいし」


 確かに、法院からリシェルの家まではたいした距離がない上、まだ日も高い。 

 パリスの家は反対方向で、リシェルが送ってもらう理由がないと感じるのも当然だった。

 パリスは必死で理由を考える。


「いや、でもほら、お前になんかあったら、シグルト様にキレられるのは多分僕だし」


「何かって……もう大丈夫でしょ? だって、誘拐犯は今は、親切に私に魔法を教えてくれてるじゃない?」


 リシェルが冗談ぽく言って笑う。こんな風に言えるようになったのも、もうわだかまりもなく、打ち解けた証拠だ。


「いや、まあ、そうなんだけどさ……」


 お前はどっかの誰かに、まだ狙われている可能性があるから――――とは言えなかった。

 ロドムの死から、リシェルの身辺には気をつけているつもりだが、特に不審な動きはない。本当に彼女が狙われているのかどうかもはっきりとはわからないのだ。不用意なことを言って怯えさせるわけにもいかない。


「平気だって。じゃあ、今日はありがとう。また明日ね」


「あ……」


 手を振って行ってしまったリシェルを、結局引き止めることができず、パリスは空を仰いだ。


「まあ、こんな真昼間なら大丈夫か……」


 頭上で眩しく輝く太陽に呟いて、自らも帰路についた。








 リシェルは、家へと向かう街道を歩いていた。

 休日の昼ということもあり、人通りも多く、賑やかだ。

 その中で、ひときわ賑やか――――騒がしい店が一軒あった。街で一番大きい酒場だ。


 普段、日中は閉ざされており、夜になると開店するのだが、今日はなぜか既に開いており、大勢の男たちの騒がしい話し声や笑い声が表にまで漏れていた。

 日ごろ家でも法院でも、静かな環境に慣れているリシェルにとって、こういう大声や騒がしさは少し苦手だ。リシェルは酒場の前を足早に通り過ぎた。

 店の喧騒が遠ざかって行き、すぐに別のところへ意識が向かっていく。


(そうだ、お茶の時間用に、なにかお菓子買っていこうかな?)


「ねえねえ、そこのお嬢さん!」


(でも、まだ先生の貰い物のクッキーが残ってたっけ?)


「ねえっ! 魔道士のお嬢さんってば!」


 すぐ背後からした大声に、リシェルは驚いて振り返った。


「え、私ですか?」


「そう、君」


 考え事をしていたのと、今まで街で話しかけられたことなどなかったせいで、まさか自分に呼びかけられているのだとは気付かなかった。

 そこに立っていたのは、防具を身に付けた、ヴァ―リス軍の一般兵の二人組だった。

 答えたのは、背の高い、少しきつい目つきの悪い男。にやにやと笑みを浮かべている。もう一人は、対照的に背の低い、まるまると太った男。こちらはリシェルを見て目を丸くしている。


「可愛い……」


「お嬢さん、今暇? ちょ~っと俺たちと一緒に来てくれるかな?」


「え? な、なんでですか?」


 わけがわからなかった。傍から見ればただちょっかいをかけられているだけだが、リシェルは男からそういった誘いを受けた経験がなかった。どれだけ美人でも、魔道士とわかる格好をしている女に声をかける男はそうはいない。


「俺たちの大将が君のこと呼んでてさ」


「大将って……?」


「ま、行けばわかるからさ。さ、行こう」


 二人組はそれぞれリシェルの両側に回り込むと、腕を掴んできた。


「えっ? あの、ちょっと!?」


「いいからいいから」


 そのまま、まるで連行されるかのように、先程通りすぎた酒場へと強制的に連れていかれる。

 抵抗しようにも、男二人が相手では勝てるわけもない。


 酒場の中には、二人組と同じ、ヴァ―リス軍の一般兵の制服を身に付けた男たちが、赤い顔をして騒いでいた。誰も彼も酔っぱらって、陽気に話したり、歌ったりしている。酒臭さと、熱気でこちらまで酔いそうだ。

 

「ちょっとなんなんですか!?」


 非難の声も空しく、リシェルを連れた二人組は酒場の奥へと進んでいく。

 すると、一番の奥の席に座っていた人物が、リシェルを見て声を上げた。


「あ~やっぱりリシェルちゃんだ~! 長い黒髪の女の子が通り過ぎるのが見えたから、そうだと思ったんだよね~」


「で、殿下!?」


 そこに座っていたのは、ふわふわとした茶髪の、たれ目の若い男――クライルだった。

 見れば、庶民が着るようなごく普通の服を着ている。なぜ一国の王子ともあろうものが、こんな格好で街中の酒場にいるのか。


「やだなぁ。そんな堅苦しい呼び方やめてよね。僕は女の子には名前で呼んで欲しいって前言わなかった?」


 いつもの軽い調子で言った後、自らの隣の席を指し示す。


「さ、ここ座ってよ。汚いところだけどさ」


「そりゃ聞き捨てならないお言葉だね、王子さま?」


 クライルの後ろを通りがかった年配の女が、じろりと彼を睨んだ。酒の入ったグラスが大量に載った盆を掲げ持っているところを見ると、この店の女主人のようだ。

 クライルはおどけた調子で頭を掻いた。


「あ~ごめんごめん。でも、仕方ないよ。君が美しすぎて、お店の方が汚く見えちゃうんだもん」


「あらやだ。口がうまいんだから」


 女は笑って、上機嫌に違うテーブルへと移って行った。

 クライルに促され、彼の隣の席へ着くと、先程の二人組もすぐ近くに座った。

 目つきが悪い背の高い男がザックス、太った小柄な男のほうがダートンだと紹介された。

 リシェルも二人に名乗ってから、クライルに尋ねる。


「あの、こんなところで何されてるんですか?」


「ん、今ね、ラティール騎士団の初任務成功の打ち上げ5日目」


(5日目って……しかもこんな昼間から……?)


 内心突っ込みたかったが、リシェルが知らないだけで、軍の慣行ではそういうものなのかもしれない。


「じゃあ、ここにいるのは、みんな騎士団の皆さんですか」


「そうだよ~」


 素早く店内を見回し確認する。だが、求める姿はなかった。

 はっと気付けば、クライルがにやにやと意味ありげに笑っている。

 

「あいつなら今日は来てないよ~」


 見透かされ、気まずさを隠そうと、リシェルは慌てて言った。


「そういえば、ムラド地方で暴れていた盗賊団を討伐されたんですよね。すごいですね」


「でしょ~? 僕の活躍をリシェルちゃんにも見せてあげたかったよ~」


 クライルは自慢げに胸を張る。


「活躍って、大将逃げ回ってただけじゃねーですか」


 太った男の方――ダートンが呆れたように言った。


「うん、だから僕の素晴らしい逃げっぷりのおかげで、僕は無傷で帰ってこれたんだよ~」


「俺らが身体張って守ったからでしょーが!」


 目つきの悪い男、ザックスが突っ込みを入れる。


「あはは~、そっか~。みんなありがとね~」


 クライルは能天気に笑った。

 彼らのやり取りを、リシェルは目を丸くして見ていた。


 先程の酒場の女主人と言い、ザックスとダートンといい、クライルに対してずけずけと物を言い、まるで遠慮がない。仮にも王族に対する態度とは思えなかった。

 だが、自分に対する無礼ともいえる周囲の態度を、当のクライルは全く気にしていないようだ。むしろ、楽しんでさえいるように見える。


「それはそうと、さ、リシェルちゃんも飲んで飲んで」


「あ、いえ、私はお水で結構です」


 クライルが手近にあったグラスに酒を次ぎ、親しげに勧めるが、この間の夜会で少し酔ってしまったことを思い出し、慌てて断る。


「え~飲もうよ~」


「大将~。酔わせて何しようっていうんです? ついに魔道士にまで手を出すとは度胸がありますね~」


 隣に座っていたザックスが、クライルがリシェルへ差し出したグラスを素早く横から奪い取り、あおって飲み干す。


「違うよ~、この子はそんなんじゃないって」


「違うんですかい? じゃあ俺が口説こうかな~。魔道士にしておくの、もったいないくらい可愛いし」


 ザックスはにっと笑って、リシェルのテーブルに置かれた手を握ろうと手を伸してきた。


「あ、駄目だよ。この子、シグルトのお手付きだから」


 クライルの言葉に、ザックスは顔を引きらせ、さっと手を引っ込める。


「シグルトって……導師様の!?」


「お手付きって何ですか?」


 リシェルは意味がわからずに問う。


「あ、やっぱりまだ違うの?」


 きょとんとするリシェルに、クライルは苦笑して言った。


「ん~、まあ簡単に言うと恋人ってこと」


「なっ……た、ただの弟子です! この間、違うって言ったじゃないですか!」


 リシェルは恥ずかしさに、相手が王子であることも忘れて、むきになって否定した。


「あ、そうだっけ。ごめんごめん」


 クライルは軽い調子で謝る。だが、すぐににやっと笑って言った。


「でもさ~、シグルトは君のことただの弟子だとは思ってないわけだよね?」


「……!」


 クライルはなぜか、シグルトのリシェルに対する気持ちを見抜いている。どう答えていいのかわからなかった。


「この間は話途中でシグルトが戻ってきちゃったから詳しく聞けなかったけどさ~、実際シグルトとはどうなの?」


「それは、その……」


 クライルの問いかけに、ザックスとダートンが好奇心一杯の目でリシェルを見た。

 なぜそんなことを、こんな初対面の人間もいる前で追及されなくてはいけないのか。


「好きだとは言われたんだよね? あ、もしかしてあのリンベルトの夜会の時? 月光花の庭で、“愛してます”とか?」


「な、なんでそれを!?」


 言い当てられて、リシェルは目を見開いた。あの夜会には彼も出席していたし、どこかで見られていたのだろうか。


「あっれ~、当たり? あいつ夜会の時珍しくローブじゃなかったし、気合い入ってるな~とは思ってたけど……シグルトも案外ベタだなぁ」


 クライルは可笑しそうに笑う。動揺するリシェルに、ダートンが補足するように説明する。


「月が照らす月光花の庭での愛の告白……っていうのは、今若い女の間で流行ってるローラなんとかの小説に出てくるんだよ。女たちの憧れだけど、王都じゃリンベルト伯爵の屋敷にしか咲いてないから、貴族の間じゃあそこは有名な愛の告白場所らしいよ。ま、俺ら庶民には関係ない話だけど」


(……先生、小説に影響されてあの場所で……?)


 呆れると同時に、必死に小説を読んで告白場所を選んでいるシグルトを想像すると……なんだか可愛らしいというか、微笑ましい。

 が、和む間もなくクライルの追及は続く。 


「で、リシェルちゃんはなんて答えたの?」


「それは、なんというか……」


「今恋人同士じゃないってことは、振っちゃったの?」


「いえ……」


 クライル、ザックスとダートン、三人が好奇心に目を輝かせて、リシェルの言葉を待つ。


「先生は…その……私を拾って育ててくれた人で……家族みたいな感じで……だから、その、男の人として好きかって言われると……よくわからなくて……それに、私は、魔道士にならなきゃいけないから……今は、そういうの考えられなくて………」


 しどろもどろに説明する。こんなことを言うのは恥ずかしかったが、言わなければこの場から帰してもらえそうもない。


「で?」


 クライルが身を乗り出してくる。


「で? って……それだけですけど……」 


「その後は?」


「えっと、今まで通り……です」


「え? ええ!? あとは何もなし? 一緒に住んでるのに? 夜這いされたりとかは?」


「夜這い……って何ですか?」


 またもや意味のわからない単語に首を傾げると、三人は同情するような表情を浮かべた。 


「そりゃあシグルト様も災難だ。こんな可愛い子と一つ屋根の下で、何もないなんて……」


 ダートンが言えば、


「さすが導師様だよなぁ。俺だったら無理。狂い死ぬ」


 ザックスも頷き、


「僕、何年かあいつの生徒だったけど、今ほどシグルトのこと尊敬したことないや~」


 クライルがしみじみと言う。


「シグルトの……」


「導師様の……」


『理性にカンパイっ!』


 なぜか三人でグラスを合わせている。

 グラスを煽って空にすると、ザックスとダートンがまじまじと、今度は尊敬の念のこもった目でリシェルを見てくる。


「しっかし、シグルト様の弟子か~。すげーな」


「俺らが束になっても勝てねーんだろうな。こんな可愛いのに」


「私なんて……まだまだですから」


 リシェルは首を振る。つい先日初歩の魔法を使えるようになったばかりなのだ。まだまだ、どころではない。


「またまたぁ~謙遜しちゃって」


「いえ、本当に。先生の前のお弟子さんなんて、すごい方だったみたいだから……それと比べたら、ほんと、全然駄目で……」


 天才と呼ばれたシグルトの前の弟子、アーシェ。

 周囲はさぞ、自分と彼女を比べて落胆していることだろう。……あるいは、シグルトも。

 彼女のことを思うと……なんだか少し、惨めな気持ちになる。


「ああ、アーシェのこと?」


 クライルの口からさらりと出てきた、法院内では禁句となっている名前に、リシェルは目を見開いた。


「知ってるんですか!?」


「うん。昔、何回か会ったことはあるよ。上級魔道士としてたまに王城に出入りしてたし」


 クライルは手近に皿に盛られた豆を手に取り、口に放り込みながら事もなげに言う。


「その人のこと、なんでもいいから教えてください! お願いします」


 必死な顔で頼むリシェルに、クライルは目をぱちくりさせた。 


「シグルトに聞けばいいじゃない? 僕なんかよりずっと詳しいよ。なにせ師匠だったんだからさ」


「先生には、ちょっと聞きづらくて……」


「シグルトは家族みたいなもんなんでしょ? 家族なのに聞けないの? なんで?」


「それは……」


 リシェルは言葉に詰まった。

 本当の家族なら、何でも聞けて、言い合えるものなのだろうか。

 “本当の家族”の記憶がないリシェルにとってはわからないことだった。

 黙ってしまったリシェルに、クライルはふっと微笑んだ。


「まあ、僕も姉上に言えないこともあるし、家族だからって何でも言えるわけじゃないか……」


 この能天気な王子には似合わない、どこか寂しげな表情。

 だが、それも一瞬で、すぐに元の気の抜けた顔に戻り、にっと笑う。


「な~んか、君とシグルトの関係性がわかった気がするな~。ま、いいよ。教えてあげる」


「本当ですか!?」


「本当本当。で、教える代わりに、リシェルちゃんは何してくれるのかな?」


「え?」


 まさか対価を要求されるとは思わなかった。


「じゃあさ、こうしようよ。今度デートに誘うからさ、絶対断らないでね」


「デート……ですか?」


 男女二人でどこかへ行くという、あれだろうか。


「アーシェのことは、その時教えてあげるよ」


「わ、わかりました」


 なぜ、今ではなくデートの時なのかはわからなかったが、アーシェの話が聞けるのだ。リシェルは頷いた。

 クライルは緑の瞳を細めて嬉しそうに笑う。


「やった~。約束ね。そのうち連絡するから」


「……こんなところにいたんですか、王子」


 突然の背後からの声に振り向けば、冷たい表情で立つ黒髪の騎士の姿があった。


「エリックさん……」


 目が合うと、リシェルがいることに一瞬驚いたような表情を見せる。


「あ~あ、見つかっちゃった~」


 クライルが悔しそうに声を上げると、黒い瞳がじろりとそちらを睨んだ。


「黙って城を抜け出すのはいい加減にしてもらえませんか? 探すこっちの身にもなってください」


「あ~ごめんごめん」


 まったく反省の色の見えない主にため息をつき、エリックは今度は近くにいる部下二人に矛先を向ける。


「……ザックス。ダートン。お前らもなぜ報告しない?」


「いやあ、だって、大将の命令じゃ、俺ら逆らえないじゃないっすか」


 ザックスがへらへら笑いながら言い訳する。


「あ~こういう時だけ大将扱い?」


 クライルが口を尖らせる。


「とにかく、城へ戻ってください」


「はいは~い」


 面倒そうに返事を返して、クライルが立ちあがったので、リシェルも席を立つ。


「あ~、そだ、エリック。僕はザックスたちと戻るからさ。リシェルちゃん、送って行ってあげてよ」


「あ、そんな。私なら大丈夫ですから。まだ明るいし」


 ちらりと外を見れば、日が傾いてはいたが、まだ暗くはない。お茶の時間はとっくに過ぎていたが。……帰ったらシグルトに小言を言われるだろう。


「遠慮しないしない。ね、エリック。頼んだよ」


 クライルはぽんっとエリックの肩を叩いた。


「……そう言ってまたどこかへ寄り道する気じゃないでしょうね?」


「信用してよ~。さすがに毎日飲み歩いてたら疲れちゃったし、もう帰って寝るよ」


 エリックはそれでも主に疑わしそうな目を向けていたが、諦めたのか、リシェルに、

 

「……行くぞ」


 短く告げ、店の外へと歩き出した。


「また城にも遊びに来てよ。姉上も君にまた会いたがってたからさ~」


 笑顔でぱたぱたと手を振るクライルに、一礼してリシェルはエリックの後を追った。

 クライルは両手の人さし指と親指の指先を合わせて四角を作ると、歩き始めた黒髪の男女の後ろ姿を指で作った枠の中に囲って、覗き込みながら呟く。


「う~ん、悔しいけど、あの二人、本当お似合い。すごく絵になるんだよね~。美男美女でさ」



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