第3話 フライ返しで指し示す

  ユウタは準備を終えて部屋を出て行く。


  出るとキッチンが隣接したリビングがある。


  すぐ食事ができるよう、キッチンを出てすぐ近くに、木目で柔らかい雰囲気の丸テーブルがあり、椅子は五脚。


  キッチンと反対側には液晶テレビ。それが置かれている台には、写真立てが置かれている。


  写っているのは、ユウタが生まれた直後に両親と三人で撮った唯一の写真だ。


  写真立ての前には、母が大切にしているメガネが入ったケースが置かれている。


  近くの壁にはモニターフォンが設置されていた。


 キッチンを見ると、母がこちらに背中を向けていた。

 

「おはよう母さん」


「おはよう……ってユウタ。洗面台に行って来なさい」


  キッチンに立っていた母は、ポニーテールに纏めた赤茶の髪をひるがえしながら振り向き、手に持ったフライ返しで洗面台がある方向を指した。


  朝から顔を合わせた途端にこれである。


  ユウタの母である彼女の名は、星空安塗ホシゾラアンヌという。


「もう、髪の毛ボサボサよ。そんな姿でフワリちゃんに会う気なの?」


  黒いシャツにジーンズ、その上から緑のエプロンという格好のアンヌは、料理を焦がさないようにフライ返しを上手く使いながら、息子のだらしない格好を指摘する。


「いいじゃん。フワリ姉は気にしないよ」


  その言い訳に、アンヌは腰に手を当てて「怒ってますよ」のポーズをとった。


  ユウタを生み、三十代の彼女であるが、そのシャープな顔立ちから、見た目はかなり若い。


  以前、頰に手を当てて嬉しそうにこんな報告してきたこともあった。




『ねえねえユウタ聞いて聞いて。さっきそこで高校生に間違われちゃった!』


『はあ』


 息子にとってはものすごくどうでもいいことである。




 アンヌは、テフロン加工されたフライ返しをユウタに向ける。


「フワリちゃんは言わないだけで、本当はみっともないって思ってるわよ! さあ、早く寝癖を治してきなさい!」


  三度フライ返しで、壁向こうの洗面台を指した。


「分かったよー」


  は〜面倒くさい。


  ユウタは、アンヌの頭からツノが生えた時に逆らえばどうなるか分かっているので、間延びした返事をしながら洗面所へ向かった。




  鏡を見ると、耳の上で切りそろえた黒髪が、破裂したポップコーンのように爆発していた。


  近くのヘアブラシを手に取り、言う事を聞かない毛先を無理矢理寝かしつける。


  鏡に写るユウタの顔は幼げな丸顔で、母親似の容姿から小さい頃はよく女の子に間違われるのが嫌だった。


  高校生になった今も声変わりしていないので、初対面の人にショートカットの女の子とよく間違われる。


  もう間違われるのにも慣れたが、今の悩みは、どう訂正すれば相手に不快な思いを抱かせないで済むのか分からないことだ。


  こんなもんかなっと。


  黒い瞳を動かして、髪の毛が整ったことを確認。何箇所か飛び出ているが、めんどくさいので手ぐしで乱暴に整えた。


  そのタイミングを読んでいたかのように、アンヌが呼びかけてきた。


「朝ごはんできてるから、早く食べちゃいなさい」


  その声と共に食欲をくすぐる良い匂いが洗面台にまで漂ってきた。


「は〜い」




  寝癖の直しを完了させたユウタは、朝食の並べられたテーブルに座ろうと椅子を引く。


  すると、軽やかなチャイムが鳴って来客を告げた。


 アンヌはエプロンで手を拭きながらモニターフォンで相手を確認して応対する。


「はーい」


  ユウタの角度ではモニターが見えなかったが、誰が映っているのかは容易に想像できた。


  多分フワリ姉だろうな。


「あらフワリちゃん。おはよう」


  予想通りだった。


「ユウタは今朝ごはん食べているところなの。フワリちゃんはもう食べた? えっまだなの。じゃあ一緒に食べていかない? ……いいのよ遠慮しないで。今、鍵開けるから入って入って」

 

  アンヌが指紋認証が施されたボタンを操作する。


  すると、玄関の鍵が解除され、ドアが開く音の後に、聴いた者の心に出来たささくれを癒すような声がリビングまで届く。


「お邪魔しまーす。あっホシニャンおはよう。お出迎えしてくれたの? ありがとー」


  家で飼っている猫と戯れていたのか、少し経ってから桃色のショートボブの女子がリビングに入ってきた。


  彼女は開口一番ユウタに朝の挨拶をする。


  「おはようユーくん」


  「おはようフワリ姉」


  ユウタの朝の挨拶を受けて、彼女が微笑む。


 えくぼが魅力的な彼女の名前は照愛ショウアイ浮羽凛フワリ


  隣に住んでいて、幼稚園からの幼馴染であり、姉と二人暮らし。両親は幼い頃に二人とも他界していた。


 アンヌは、フワリ達のことを実の娘のように想っているのをユウタは知っている。


  フワリの服装は、その綿菓子のような甘く柔らかな雰囲気にぴったりな、白のセーターにチェックのスカート。


 黒のハイソックスは肉感的な太ももに僅かに食い込んでいる。


  太ももを咥えるように食い込むハイソックスよりも、ユウタには気になることがあって、無意識にスカートを凝視していた。


  女の人ってスカート履いててスースーしないのかな? ズボンかスカートか選べって言われたら僕だったら絶対ズボンだけどなー。


「ユウター。どこ見てるのかしら?」


  母の一言に、スカートにじっと視線を注いでいたことに気づかされる。


「どこも見てません! フワリ姉どこも見てないからね!」


  フワリは首をかしげる。これが漫画やアニメだったら頭上にハテナマークが表示されていそうだ。


 アンヌは自分の隣の椅子を引いてフワリを招く。


「全くこの子は……フワリちゃん。こっち座って」


  フワリは猫の顔を模したショルダーバッグを肩から下ろしながら椅子に座った。


「ありがとうございますアンヌおばさま」


  嬉しそうに頰を染めるフワリを座らせたアンヌは、立ち上がってキッチンに向かい、彼女の分の朝ごはんを用意していく。


「さあ、用意できたわよ」


  テーブルに並べられた朝食は、三人とも同じものだったが少しだけ違うところがあった。


  フワリは両手を合わせて丁寧に食事への礼をする。


「はい。いただきます」


  アンヌも同じように礼をする。


  二人と違いユウタは無言で手を合わせてから食べ始めた。




「ごちそうさまでしたー」


「はい。お粗末さま」


  ユウタが食べ終わった時には、アンヌも食べ終えていてユウタの食器を片付け始める。


  フワリはというと……。


「ほぅ〜」


  すでにを食べ終えて、食後のコーヒーで一息ついていた。

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