第三十五話 唄の意味
聞こえてきたのは透き通った声に甲高い女性声のもの。それが森のさらに奥から聞こえてくる。
「………」
その唄が純粋に気になった。歌詞は上手く聞き取れないが、聞き取れないからこそ内容が気になった。
わしは唄が聞こえる森の奥へと足を進める。もしかすると何か手掛かりがあるかもしれないと信じて。
森を進んで行く度に唄は鮮明に聞こえてくる。そして森を抜けると、そこには何体かの崩れた石像に崩れ掛けの祠があった。
「こんな場所があったとは……」
ここ数百年という月日を過ごしてきたが、こんな場所があったなんて初めて知った。
石像に近づいて観察し、石像に付いた傷や崩れ方などが何者かによるものでは無いと気がつく。つまり、いつからあるのかはわからないが、この石像を誰かが作って以降に生き物が近づいていないということ。と言っても、作った人達が石像を完成させた後に何度か来ているという可能性は十分にある。
それはそうと唄についてじゃが、ここに来てから完全に聞こえるようになった。近くに唄っている者がいるのじゃろう。
──光と闇は分かれ、狐の種族により再び交わらん。翡翠色の光と刀を用い、生き物達は真に理解し合う。
唄は繰り返しそう言っている。まるで意味がわからないが、何度も繰り返すということは誰かに強く印象付けようとでもしているのじゃろうか。
しかし、この辺りには全く人影がなく肝心の唄の主が見当たらない。ならば、一体この唄はどこから……。
「ん……?」
その時、わしの視界にはボロボロの祠が目に入った。そして、どうしてかその祠から目を話せなかった。
何となく祠近くまで移動すると、祠の前に足を置いた瞬間に突然地面から緑の光が放たれる。
「な、なんじゃ!?」
その光は時間と共に収まっていき、光は何事も無かったかのように収まる。そして光が収まったわしの足場は、光が放たれる前にはなかったものが出現していた。
「……階段」
ほんの一瞬の光じゃったが、その一瞬の間にどうやってこの階段は現れたのか。そもそもこの階段は誰が作ってどこに続いているのか。そういった様々な疑問を抱くが、わしはその疑問についてを考える前に階段を降り始める。
わからないことを考えたところでそれはあくまで推測。手掛かりもないことを考えても、そこに真実はない。じゃったら、考えるよりも先に進みその真実を探す方が良い。
階段を降りると、そこにはかなりの広さを持った石レンガ造りの一室があった。所々上で見た石像のように崩れているが、天井を支える柱は一つとして欠けていないのでまだまだ崩れはしないじゃろう。しかし、これではまるで何らかの遺跡じゃ。一体誰が何の目的で作ったのじゃろうか。
それはそうと、先程から聞こえていた唄が突然ここに来た瞬間に聞こえなくなった。まるで、唄うことの目的を果たしたかのように。
「誰かいるのはわかっておる。早く出て来い」
声を出してみる。しかし、その声は辺りに響き渡るだけでそれといった反応がない。もしかすると、本来の目的地はここではなかったのじゃろうか。
いや、それは無い。唄っていた者がここにいなければ今もずっと先程の唄を繰り返すはずじゃ。なのに唄うのを止めたということは、間違いなくわしが来たのを目にしたから。
態々わしをここまで誘導してまで何が目的なんじゃか。それにここに来る際に生き物達がいつも通りに過ごしていたことから、恐らくわし以外の生き物には唄が聞こえていないようじゃし。本当に唄の意味といいよくわからん。
わしは呼びかけるのを止め、遺跡のさらに奥へと足を進める。
そして遺跡の奥で、わしは
「なんじゃ、これは……?」
そこには、長々と文字が書かれていたであろう石版が壁にかけれれており、それに加えて独特な絵がその周りに描かれていた。石版については文字のほとんどが崩れているためほとんど解読が不可能じゃったが、唯一読める場所があり、そこにはこう書いていた。
「翡翠色の光と刀を用い、生き物達は真に理解し合う……あの時聞こえた唄と同じ言葉……」
ということは、唄っていた者はこの石版を読んでいたのじゃろうか。だとしても、ほんの一部だけの内容なのでやはり意味がわからない。せめて前後どちらかの文が解読可能であれば……。
「──センコ」
「っ!?」
突然聞き覚えのない呼び声が背後からし、わしは振り返る。するとそこには、まるで妖のように真っ黒でわしと似たような姿をしている
どういうことじゃ。全ての妖は今、神子と共にあるというのに、どうしてここにいる。ここも特出して妖を生み出す場所なのか。
いや、そうだとしても有り得ない。全ての妖と一体化したのならば少しも漏れなく管理できているはず。あえて少しだけ配置したのかもしれない。じゃが、妖は負の感情の本心に従い行動するのでまるで人形のような動きをする。
それがどうじゃ、目の前の妖からは生き物感がある。だから、あまりにも妙なんじゃ。
「デヤアッ!」
その妖は十分な間合いに近づいたのか、わしに向けて腰に指していた一本の黒い刀で斬りかかってくる。
「攻撃!?」
突如とした攻撃にわしは反射的に刀を引き抜き受け止める。そして、鍔迫り合いの状態から妖の刀の刃を中心から外し、そのまま抱き着く勢いで接近しても左肩から右にかけて思いっきり切り裂く。
しかし手応えがないどころか、その妖は切断されることはなく刀の刃そのものが体をすり抜けた。
「んなっ」
攻撃が通らないとなると現状では倒すことは不可能。何が方法を探さなければ勝ち目はない。
わしがその方法について考えているとその考えを妨げるように次々と切りかかってくる。
本当に人形みたいじゃ。まるで感情を感じない。ただ切りかかってくるだけを目的として動いているというのか。
ならば、こやつは妖ではない。ただの妖の形をした人形じゃ!
ということは、誰かがわしに何かを試しているのじゃろうか。そうでなければこのような人形をわざわざわしと戦わせるようなことはしない。
「唄っていた者からの試練とでもいうのか?」
何者なのかはわからないが、わしをここに導いたのはその唄であり唄っていた者である。この人形を用意したのがその者じゃというのならば、そやつの望んだ行動こそがこの人形を倒す方法なのじゃろう。
ならば、その答えは恐らくの唄にある。
「光と闇は分かれ、狐の種族により再び交わらん。翡翠色の光と刀を用い、生き物達は真に理解し合う……」
──なんじゃ、それさえ分かれば簡単なことじゃないか。
わしは次にあの人形が切りかかってくる時に構えていた刀を鞘に刺す。そして、向かってくる人形の攻撃を最小限の傷に押されられるように回避し、そのまま両手で抱きしめた。
「……こういうことじゃろ」
繰り返されていた唄の内容は争いを好むような内容ではない。むしろ、争いを止めさせるような内容じゃった。
つまり歌っていた者が望む行動とは、例え敵対行動をしてくる相手であってもそれを受け入れること。そのうえで、相手の意志を分かり合う。
そう、わしら生きとし生ける者は分かり合うことで真の平和を築くんじゃ。
「ソレデ、イイ」
わしが抱きしめていた人形は最後にカタコトなのに柔らかい話し方でそう言い、光と共に消えていった。
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