第二十一話 破滅の音
真夜中の森の中。数日前にはあった人の気配がそこには無く、代わりにあるのはおぞましい気配と雰囲気だった。
──ガリ……グリ……
静かな森の中に響くまるで何かをすり潰すような音。そしてゴクッと飲み込む音が聞こえる。食事を終えた妖は次の餌を探しに場所を移動する。
その後、その場所には突然妖が出現──いや、生まれ出てきて辺りをうろつき始める。人々の集落から一変し妖の集落と化していた。
そしてまた別の集落を見つける。しかしこの妖にはその集落は見えていない。ただ、生き物という存在のみを本能的に探知しそこに向かっている。
「な、なんだこ──」
一人のエルフがその妖を見つけるが、驚く間もなくあっという間に黒く染まり溶けるように姿を消す。その後、妖からは何かを噛み砕くような音がする。
何故この妖が襲来した集落が誰一人として生き残ることができないのか。それは、この妖が見つけた生き物を確実に食うからだ。ほんの一瞬の間に自身へと引き釣り込み、頭が理解するよりも早くに対象の意識を奪う。どんな猛者が相手でも、この捕食速度には苦戦を免れない。
「妖だ! 戦えない者は早く逃げろ!」
遠くにいた一人の妖狐の叫び声が集落全体に響き渡る。その瞬間、集落の家からは大勢の人が仙狐や大エルフ、猫神の呼びかけから事前に用意していた荷物を持って外に飛び出して行く。そして時間を稼ごうと少なからず戦える者達数十人が集まり、妖の前に武器を構えて立ちはだかる。
「チッ、調査に中に出くわすとはな……」
その中には、最初に集落の人達が行方をくらましたあの日から原因についてを調査していた大エルフの神子であるルフもいた。
ルフは他のエルフよりも飛び抜けて頭の回転が良く、考えついたアイディアを自ら実行する実行力もある。そこを大エルフに神子として抜擢されたのだ。
しかし今回の場合、ルフはその実行力に対して恨んだ。まだこの行方不明事件の原因が妖にあるとしか明確にしかわかっていなく、その妖についての情報はバラバラのピースのまま。それに、まあ遭遇するだろ程度に考えていたのにまさか本当に遭遇するとは思わなかったため、どのようにして攻撃してくるのかなどのことはあまりわからない。ただわかることとするならば、基本的に捕食行為しかしないということだ。その捕食行動に当たらないようにし、かつその攻撃を見切る。それ以外に倒す方法はない。
そう分析し妖の攻撃範囲内に入る前に作戦を立てていると、一人の猫族が突然妖に向かって走り出す。
「待て、早まるな!」
「この野郎を俺がここで止めて──」
「……!?」
その瞬間、その猫族が突然地面に沈み込むようにしていなくなった。そしてそこにあったのは唖然と静寂だった。
「っ、とにかく奴には迂闊に近づくな!」
「りょ、了解!」
今のルフ達を客観的に見ればどんなことにも怖気ない勇敢な人達だが、ルフ達自身はこの状況に少なからず恐怖を感じていた。突然人を丸々消滅させるほどの攻撃速度と捕食速度。そしていつ自分が攻撃されるのかと考えるほどに、その恐怖心は大きくなる。
「近づくのがダメなら魔法や弓で攻撃するしかない。もしもここに魔法や弓を使えない者がいるならば、さっきここから非難させた人達の護衛を頼む」
「わかりました」
数十人のうちの三人が護衛に周り、残った人達はここで妖を食い止めるということになった。その者達は妖に向けて弓を構え、また別の者達は魔法の詠唱を始める。
「貫け『
ルフが魔法を放つと、それに続いて周りにいた人達も魔法と矢を放つ。しかし、妖は放たれた矢をも捕食し自身に命中する前に消滅させる。それに対して魔法は妖も捕食できないのかそのまま残り、妖に命中する。妖は微動だにしないが、少なからずダメージは入っているとルフ達は思う。
「どうやら魔法は効くようだ」
「なら、私達もただの矢ではなく魔法をねじ込ませな
「よし、全員魔法で集中攻撃だ。そしてなるべく奴からはある程度の距離を保て!」
唯一通じる攻撃手段が魔法だとわかった瞬間、攻撃を魔法を使ったものに変更しそのまま攻撃を続ける。
しかし、ある程度攻撃しているうちにルフはとある違和感を抱く。本当に魔法は効いているのかと。ある程度攻撃しているのだから少しくらい怯んでもいいではないか。しかし、怯むどころか最初の時変わらない速度でこちらに向かって来ている。どこか、気味が悪い。
「……ん?」
ルフが気味の悪さを打ち消す為に魔法で攻撃していると、何者かの視線を木の上から感じ取り視線の先を見る。そこには、黒いローブを着た何者かの姿があり、目が合ったのか即座にその場を離れ始める。
「すまない、ここはまかせた!」
「ルフさん!?」
ルフはこの場を一人のエルフにこの場の指示をまかせ、先程逃げた謎のローブを着た人を追う。この場を見ていたということはただの目撃者という可能性もあるが、普通に見ているというのがまずおかしい。本来ならば急いでこの場を離れるはずだ。
「何か知っているな、アイツは……」
そう予想しそのままルフは追う。しかしかなり距離も離れていたために見失ってしまう。
「クソっ、どこに行った?」
辺りにある痕跡などを調べようとしゃがもうとした瞬間、突然風を切る音が聞こえ、反射的に剣を抜きその音の方向に向かって振る。すると金属音と共に何かを弾く。
「ダガー?」
弾いたのはごく一般的なダガーナイフ。しかし、よく見れば光が反射しないようになのか黒く塗られている。この武器は暗殺向きに改良されたダガーナイフだ。
「どうやら俺を殺そうとしたみたいだが、何が目的だ?」
「邪魔、ただそれだけだ」
「そうして黒いローブを着ているのも、光を遮断し暗闇に紛れて近づくためか。今、そこの木の後ろに隠れているように」
ルフがそう言うと、ルフの背後の気の後ろから先程のローブを着た人が出てくる。声からして恐らく男性である。
「お前が来ると、わかっていた」
「なるほど、目的は俺だったわけか。で、何するつもりだ?」
「魔力を、根こそぎ貰う」
「ふーん、じゃあやってみろよ!」
ルフは男がいる方に向かって詠唱を必要としない簡易魔法のうちの『
「チッ、どういう原理かは知らんが、遠距離はダメなようだな」
「この前のやつも、同じ判断をしていたな。だが、俺が勝った」
「そいつが誰かは知らんが、そいつと同じと思うな!」
ルフは剣を抜き切りかかる。しかし男は身軽に動き剣を回避しそのまま持っていた短剣で攻撃してくる。
「フッ!」
短剣が当たる瞬間、ルフは右足を軸に探検を持っていた腕に向かって左足で回し蹴りをする。衝撃で短剣を落とし、また別の短剣を取り出し攻撃しようとする。しかしその攻撃をする前にルフが剣の柄で殴ったことで怯み、そのままローブに向かって剣を振り切り裂く。
「ギィアッ……!」
「なるほど、それが貴様の正体か」
切り裂かれたローブから見えたのは頭に生えている黒色の獣耳。そして妖狐特有の形をしている尻尾。少年顔だということから年齢は大雑把に言ってまだ若い。妖狐単位でだが。
「……見たな……?」
「妖狐か。何故あの妖に協力する?」
「お前に、教える義理はない」
「だろうな」
「それと、一ついいことを教えてやろう」
「いい事だと?」
「あの妖、もうすぐ
「魔力波だと!?」
「止める術は、ない。精々、この場から、離れるくらいだな」
「っ、待て、逃げるな!」
男はルフにそう伝え、そのまま逃げるようにこの場を離れて行った。あの逃げっぷりから恐らく言っていたことは本当のことだ。
だとすれば、今すぐにあの場を任せた人達に伝えなければならない。そう思ったルフは急いで元いた場所へと走り出した。
「まさか、あの気味悪さが魔力波を放つ前兆だったとはな……」
魔力波とは、その名の通り魔力の波を起こすことだ。その波は軽いものではなく、この辺り一帯を地面ごと抉るほどの爆発的なものだ。人がまともにそれに当たれば、魔力の波に巻き込まれて体ごと吹き飛ぶ。もし仮に生きていたとしても、腕の一本や二本は持っていかれる。
そんな魔力波が起こるとなると、急いでこの場を離れなければならない。
「お前ら、急いでこの場を離れろ!」
「はい?」
元いた妖の場所に戻ってくるとすぐにそう言った。その言葉に困惑しているが、それでも構わずに攻撃を再開する人も出てくる。
「聞いているのか!?」
「聞いてますよ。でも、ついに動かなくなった妖です。今攻撃せずしていつ攻撃するんですか!」
「違う、それは──」
その瞬間、妖から突然何かを吸い込むような音が聞こえる。これは空気中に漂う魔力を吸い込んでいる時の音だ。そして、恐らく魔法を受けても微動だにしていたかったのはその魔法を吸収していたからだ。避ける必要も無いし吸収することから傷もつかない。そしてそれだけの魔力を吸収し、さらに空気中の魔力を吸い込んでいることはつまり……、
「っ……『
「何してるんですか?」
「お前らも、早く防御魔法を展開しろ! もう間に合わな──」
──その瞬間、魔力を溜めすぎたのか膨張し始めた妖はその魔力を吐き出した。そしてそれは爆発の如くの破壊力を持ち、衝撃と爆風から地面を抉り集落自体を吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
「ル、ルフさん……!」
防御魔法を展開していたことで多少の衝撃と爆風を軽減することはできたが、まだまだ魔力波には終わらない。
防御魔法は半円型のバリアのように展開できるものと前方のみにバリアを張るものがある。そして今回の場合、ルフがしたのは半円型の防御魔法だ。これは偶然近くにいた一人の猫族を一緒に守るためにした行為だ。
しかし防御魔法にもそれぞれ欠点がある。前方のみの場合は後ろががら空きになるという欠点がある。そして半円型の場合は全方位を守れるが前方のみの場合よりも防御壁が破壊されやすい。
「ちょいと後ろが柔らかいが、許してくれよ!」
ルフは最低限の魔力を後ろ側へと回し、後の魔力は全て衝撃と爆風をガードするために前方のみに集中させる。しかし、魔力波の破壊力はそんな防御壁に軽々ヒビを割るほどに強かった。
「チッ、なんつー破壊力だ……!」
「自分も手伝います!」
「余計なことはするな!」
一緒にいた猫族が加勢しようとするが、ルフはそれを断った。
「いいか、ここであったことは必ず大エルフ様……いや、三種族の長達に伝えろ」
「そんな……まるで死ぬみたいな言い方じゃないですか!」
「実際そうなんだよ。俺の魔力も少々無くなりかけてきている。だから、残りの魔力を使って万全な状態なお前を全力で守る」
「ルフさん!」
「後は、任せたぞ」
その瞬間、ルフは自身を守っていた防御壁の魔力を全て猫族の方へと回し、自身への守りをなくした。そしてそのまま爆発と衝撃を受けて吹き飛んだ。
やっとの事で魔力波の爆発が終わり、猫族は辺りを見渡す。そこは先程までいた自分達の集落の姿はなく、まるで巨人にでも殴られたのかと思うほどのクレーターができていた。
「なんで、こんな……」
猫族はこの場を見てショックを受けて膝をつく。しかし、すぐに立ち上がる。
「ここで絶望しても妖に食われるだけだ。伝えなきゃならないんだ。それが僕のやるべき事だ!」
そしてそのまま三種族の長達が集まるというこの森唯一の大きな集落に向けて足を進める。
「ルフさん、ありがとございます」
最後にそう言い残し、猫族はこの場を後にした。
****
「なんと言う惨状じゃ……」
突然爆発音と突風が起きたかと思えば、まさかこんなクレーターになる程の爆発が起きているとはの。この森には人間のような兵器はない。つまりこれは何者かによる魔力波が原因じゃの。
しかし、一体ここで何があったんじゃ。何も無くて魔力波なんて起きるはずは無いし。
「誰か、いないのかー!?」
こんな場所に誰かがいるとは思いはしないが、一応探しては見る。しかし、やはり何も気配を感じない。
「原因が妖だとしても、どうやってここまでの魔力を……?」
探しながらそんなことを考える。空気中の魔力を吸い取ったとしても、ここまで大規模な程の爆発は起こせない。ということは、何者かの魔力を吸収したのか、それとも何者かの魔法を吸収したかのどちらかじゃの。
別の場所に行こうと足の向きを変えた瞬間、突然ゴソゴソという音が木の欠片などが散乱している場所から聞こえる。
「誰かいるのか!?」
すぐさま音のする方に走り寄り、散乱している瓦礫を退けていく。すると瓦礫に血がついているものが出てくる。まだ乾いてないことから新しいものじゃ。
そしてそのまま掘り起こすと、そこには両腕両足が吹き飛んでおり辛うじて生きている大エルフの神子であるルフがいた。
「あなた、は、せんこ、さま?」
「おぬしは、ルフではないか! ここで何があったんじゃ!?」
「まりょくは、です。あやかし、による」
「………」
「その、あやかしは、おそらく、例のあやかし、です」
「……そうか」
この重症から、ルフが助かる術は少なくともわしは持ってはいない。もしも大エルフならば何とかなったかもしれんが、残念ながらここにいるのはわしじゃ。今から呼んでも絶対に間に合いはしない。
だがらわしは、できる限りの情報を聞く。そしてそれを皆に伝える。そのつもりじゃ。
「それと、もうひとつ」
「なんじゃ?」
「あやかしのほかに、もうひとり、あやかしの味方をするものが、います」
「妖の味方じゃと?」
「そしてそのものは、たんけんをつかう、くろいようこ、です」
「短剣を使う、黒い妖狐……」
心当たりはないことも無い。じゃが、あやつはもうこの世界にはいないはずじゃ。あやつな訳はない。
「せんこ、さま」
「なんじゃ」
「だいエルフさまに、『ありがとうございました』と、つたえてください」
「……わかった」
ルフはそう言うと微笑んだ後に目を閉じて息を引き取った。
「早く、これ以上被害が増える前に止めないと……」
じゃが、それはつまりわしの神子を……。わしは一体、どうすればいいんじゃ。もう、覚悟を決めるしかないのか。でも、これではまるで
わしはルフの墓を作った後に、結局最終的な結論は決められないまま、神子がいるわしの家へと歩き始めた。
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