悩みの種

「才能があるから、唯勇流以外の剣術を使う許可を出して欲しい、と学院に申し出たのだと思います。その申し出は断られて、げきこうしてしまい、退学を命じられました。私が見た光景の大筋は、このようなものです」


 シスコンな雰囲気を感じるあの人らしいと言えば、らしい。容易に光景を想像出来る。


 寝不足かつ寝起きで働かない頭を、頑張ってどうさせてアトラの話を理解し、しぼり出した感想がこれだ。話を聞くに相応ふさわしい状態かと問われると、どう考えてもそんなわけが無いと即答出来る状態なのは確かだが、せっかくアトラが話してくれたのだ。内容の一パーセントでも多く理解せねば。


「……その結果、ラプロトスティさんは貴族学院を退学して、アトラは唯勇流を使い続けることを選んだ」


 乾燥と雑菌の繁殖から来る寝起き特有の口の中の気持ち悪さで顔をしかめないように気を張りながら、アトラの話の続きを簡潔にまとめる。もちろん、アトラにならって他二人を起こさないように小声で。


「はい。ただ、ずっと迷いはありました。本当にこのままでいいのか、お姉様と、わたくし自身の思いを無視したままでいいのか、と。無自覚ではありますが、お姉様になることが私の願いだと思い込むことで、この迷いを忘れようとしていたのかもしれません」


 迷うことは、物理的なエネルギーの消費も多ければ、精神的な負担も大きい。だから、人間はなるべく迷わないようにしようとする。勉強もその方法の一つだ。前もって答えや解法を知っておくことで、いざと言う時に迷って余計なエネルギーを使わないようにするため。まあ、これは勉強をする理由の一側面でしかないが。


 とはいえ、人間の迷わないためのアプローチは様々だ。前もって準備をすることで回避しようとする人もいるし、アトラのように思い込むことでおおかくそうとする人もいる。理由は何であれ、迷いたくないからだ。特に、今回はアトラにとって、迷う議題による精神負荷が大きいため、無意識に忘れようとしたのだろう。


「……どうしてでしょうね。あなたには、ずっと隠してきたことをつい話してしまいます。一か月前のカルミナさんとイセリーさんも、このような気持ちだったのでしょうか」


「主人公せいかな」


「……ちょっと何を言っているか、分かりかねますわ」


 そりゃそうだ。


「冗談は置いといて……アトラは、ボクに期待してるんじゃないかな。もしかしたら、ずっと抱えていた迷いを晴らしてくれるかもしれないって。だから、その糸口を作るために話している……とか」


「だとしたら、それはあなたが日々、私達のためにじんりょくしてくれていることを知っているから、でしょうね。眠っているお二人の件もありますし」


「信頼してくれて嬉しいよ」


「……信頼、させ続けてくださいね?」


 あんに、今回の件で信頼を損なうようなことはしないでくださいね、と言っていることは確実だろう。アトラにとっては、初めて自分で作った友達がプロティアなのだ。その友達を信じ続けたいし、失いたくないと思っているのだろう。ボクだって、出来ればその思いには応えたい。前世で友達がおらず、こうして転生して初めて友達という存在を作ることが出来たのだ。アトラの気持ちは痛いほど理解出来る。


「大丈夫、何とかするから」


 そう。どう転ぶとしても、何とかしなければならない。ボクが最後まで関わりたいし、既にこの件に頭どころか上半身くらいは突っ込んでしまっているから、今更引き返せない。


 いつの間にかそれなりに時間が経っていたのか、窓の外から明かりが部屋の中に入ってくる。


「朝の鍛錬はいいのですか?」


「今日はちょっと寝不足だから、無理はしないでおくよ」


「私が起こしてしまったせいでしょうか? もしそうでしたら、すみません」


「ううん。勝手に目が覚めただけだから」


 実際のところ、物音と気配で起きたのだから、アトラに起こされたと言って過言ではないのだが。まあ、気にしていないし、わざわざアトラに責任を感じさせる理由もない。このまま黙っていよう。


「さて、ちょっと早いけど準備始めますかね」


「そうですね」


 大きく伸びをしてから、着替えを取り出しにロッカーへと向かう。


 アトラの過去と本心は本人の口から聞くことが出来た。問題は、ここからどうやってアトラに唯勇流をやめさせるかだ。最終的にはフォギプトスとラプロトスティさんに任せるつもりだが、それまでに少しでもアトラの気持ちを揺らがせる必要がある。その役割は、間違いなくボクのものだ。さて、どうしたものか……


 ……そう頭を悩ませて、気付けば放課後になっていた。もちろん授業は真面目に聞いていたし、鍛錬もしっかりと行ったが、頭の片隅ではずっとこのことを考えていたことは否定出来ない。そして、何も進展はなかった。


「はぁ……どうしよう。何もいい方法が思い付かねぇ」


 疲れと何も思い付かないことに対する若干のいらちからか、男時代の調ちょうが久々に口をつく。


 アトラ達には先に屋内修練場に向かってもらっており、ボクは一度頭を休ませるために、野外修練場に降りる階段に座っていた。


 論理的な事は大体伝えたし、後は何をすればいいと言うのだろうか。唯勇流よりこっちの方がいいよ、使おうよ、と言い続ければいいのだろうか。絶対嫌われる。


「おい、平民」


 ここはもう、変に動かずにいるべきか? でも、それだとアトラが唯勇流をやめる可能性を上げられないし。かと言って、下手に動けば逆効果になるかもしれないし。あーもー、どうすりゃいいんだよ!


「無視をするな!」


 信頼を失えばそこまでだ。今は唯勇流を使うことを前提に、使わなくなった場合でも無駄にならないトレーニングを組む方がいいか。受けつつ隙を狙う持久戦が得意なわけだし、まずは体力増強だろう。筋力もあって損は無いから、筋トレも入れて、反応速度を今以上に上げるために良さそうなトレーニングも──


「おい!」


「何!」


 ただでさえ苛立っているのに、考え事を邪魔されたせいでつい強く返してしまう。話し掛けて来た当の男子生徒は、予想外の反応をされたせいか、驚いて一歩あと退ずさっている。だが、すぐに直立しこちらに威圧感たっぷりの視線を向けてくる。歳の割にしっかりと鍛えられている筋骨隆々の体格を見るに、クラスメイトの一人だろう。恐らく、午後の鍛錬後に立っている生徒のうちの一人だ。


「貴族に向かっての口の利き方を知らないようだな」


「……一昨日おとといあれだけの大口叩いたんだし、今更じゃないですか?」


「……そうかもな」


 簡単に納得してしまった。それでいいのか。


「それで、要件は?」


「貴様が言ったのだろう、いつでも戦いを受けると」


「あー……」


 そういえばそうだった。アトラのことばかり考えてて、完全に忘れてた。


 しかしまあ、気晴らしにはちょうどいいかもしれない。この生徒はクラスメイトの中でもエニアスに次ぐ実力を持っているはずだし、今のAクラスの実力の最大値を測れるいい機会だ。


「分かった、やろっか」


 階段から立ち上がり、スカートに着いた汚れを払い落として、修練場に置きっぱなしにしてある木剣入れの中からいつもの木剣を取り出す。


「どれを使うんですか?」


「一番重い剣だ」


 言われた通り、一番重い木剣を手に取る。右手に持つ自分が使う木剣とは違い、ずしりと左手に重さが加わる。重さは二キロは超えているだろう。色は褐色で刀身は長さ一メートル、幅十五センチほどか。木剣だから斬ることは出来ないが、これだけの重さがあれば充分鈍器になり得る。


「そういえば、君の名前を聞いてなかったね。ボクはプロティア、君は?」


 刀身を持って持ち手を向けて渡しながら、名前を尋ねる。


「私はリーダラスリュだ」


 グリップを握りながら、そう返答が来た。


「リーダラスリュ……エニアスとはどっちが強いの?」


 聞くまでもないが、一応聞いてみることにする。が、げきりんにでも触れてしまったのか、顔に血管がビッと浮き上がった。


「奴の話はするな。名前を聞くだけで腹が立つ」


「お、おう……」


 よっぽど嫌っているようだ。刺激をするつもりもないし、この話は終わりにして試合をするために位置に向かう。


 アトラと試合をした時と同じ位置に立ち、向かいにリーダラスリュが移動を終えるのを待つ。向かい合い、互いに剣を構える。貴族という事もあってか、両手で持った剣を正面に構える唯勇流の初期姿勢と思われる体勢だ。対するボクは、右手だけで持った剣を正面に、左半身を引いて軽く腰を落とす。初めは守りにてっして実力を測り、癖を見抜くつもりだ。それには、柔軟に動きやすいこの構えがボクには合っていた。


「いつでもいいよ」


 審判がいないので、相手のタイミングで初めて貰えるようそう伝える。少し煽りっぽくなってしまったが、精神をさかでしたとしてもそれも判断材料になるからちょうどいい、と自分を納得させる。


 二秒ほどの間が空き、リーダラスリュが膝を曲げ、軽く前傾姿勢になる。直後、地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。剣はボクから見て右側。剣の傾きはほぼ水平。水平斬りと見て後ろに下がる。予想通り、ほぼ水平に先程までボクがいた場所を木剣が通り過ぎる。


 ほぼ間隔もなく、次の攻撃が来る。体を右にかたむけてかわす。


 その後も、ラプロトスティさんには及ばないが、見た目の割に速く、見た目通りに重い、ものによっては一撃必殺にもなり得る攻撃が次々とおそってくる。少なくともアトラよりは唯勇流の適性は高いのだが、どうもりきみ過ぎなように思える。剣も腕だけで振っているし、体の使い方がまだ身に付いていないようだ。


「しっ」


 一度距離を開け、短く息を吐いて距離を詰め、担ぐように構えた剣をリーダラスリュへと叩き付ける。カーンと木剣がぶつかる子気味のいい音が空へと消えていく。跳ねた勢いを利用して左へ流した剣を、右へと振るう。それもギリギリのところでふせがれる。


 その後も、斬撃と刺突をぜた連撃を、ステップで移動しながら叩き込む。反撃の隙も与えぬまま、六発目の攻撃で鍔迫り合いに持ち込む。一見、力自慢であろうリーダラスリュに有利な盤面にも見えるかもしれないが、ゾーンに入って出力を限界まで上げてしまえば、ボクの筋力でもこの年齢の男子ならば上に立てる。


 右手だけで持った剣を、リーダラスリュが両手で持つ剣に押し込む。ボクが上を取っている上、体格差で向こうは少し無理のある体勢であるため、押し返すどころか押されている状況に、信じられないとでも言いたげに歯を食いしばり、よんはくがんになるほど目を開いている。


「らあぁ!」


 たけびと共に込める力を強め、体勢を崩させる。前方への勢いそのまま後ろに下がるリーダラスリュとの距離を維持し、左に振り切った剣を右上がりに振るい、しゅちゅうの剣を弾き飛ばす。先程よりも軽やかな音が響き渡り、ざんきょうかすかに聞こえる中、剣を弾いた際に更にバランスを悪くしたか、リーダラスリュが尻餅を付く。


「ふぅ……」


 決着が付いたため、少し荒れた呼吸を整える。


 集中を解くと、いつの間にか集まっていたオーディエンスの会話が聞こえてくる。見回してみるが、大半が見知らぬ顔だ。放課後ということもあって、クラスメイト以外も観戦していたのだろう。目立つのはあまり好きではないから、内心うへぇ……と項垂うなだれる。表には出さないが。


 放っておけば散るだろうと観客達は無視して、放心しているリーダラスリュに近寄る。負けたことが受け入れられないのか、視界の中にはボクが近付いたことが見えていただろうに、ピクリとも動かない。流石に、小柄な女子に力負けさせたのはやり過ぎだったかもしれない。ごめん。


「えっと……対戦ありがとう。気は済んだ?」


 スカートを押さえながら屈み、話し掛ける。やっと現実に意識が戻ってきたのか、こちらに目線を向ける。表情に変わりは無いが。


「……負けた、のか」


「そうだね」


 現実を見てもらうために、隙もなく答える。視線が下に落ちる。やはり貴族、平民であるボクに負けたことが、余程こたえているのだろう。しかし、その程度で折れてもらっては困る。強くなって、自分で自分を守れるくらいにはなってもらわなければならないのだから。


「まず、君は力み過ぎだ。あんなに力んでちゃ、柔軟な動きなんて出来ない。唯勇流が一撃を重んじ、攻撃主体であることは理解しているけど、それじゃあ攻守が入れ替わった時点で負けが確定しちゃうよ」


「……何のつもりだ」


「ん? アドバイスしてるだけだよ」


「お前は我々にとって敵だ。命を狙っている相手に、何故剣を説かれなければならんのだと聞いている!」


「そんなの、君達に死んで欲しくないからに決まってる。君達のことは、そりゃムカつくし関わらなくていいなら関わりたくないよ」


「それなら──」


「でも、ボクと君達は今、クラスメイトだ。仲間とは言えないけど、少なくとも敵じゃなくて知り合いだとは思っている。君達にとっては違うかもしれないけど、ボクにとっては、例えムカつく相手でも、死んだなんて聞かされたら気持ちよくない。だから、少しでも強くなってもらって、死ぬ可能性を下げようとしてるだけだよ」


「……その結果、お前が私に殺される可能性も出てくるのだぞ?」


「その時はその時さ。まあ、今の君達じゃボクに勝つことは百年経っても無理だけどね。それに、首を落とされでもしない限り、回復魔法でどうとでもなる。だから、そんなこと気にする必要はない」


 まあ、アトラや、実力はまだ不明だがエニアスが百年特訓すれば、今のボクの首を取る事など容易たやすいだろうが。


 リーダラスリュも決して弱くは無い。力んでいると言えど、ボクの攻撃を何度かは防いで見せた。パワー系ではあるのだが、スピードがてんでダメという訳ではないのだ。少し体の使い方を改善すれば、きっとゾーンに入っていないボクとならばいい試合を出来るだろう。


 でも、やはりアトラやエニアスは頭一つ抜けているように思える。勿論、アトラは適した剣術を使った場合のみだし、エニアスも戦ったことがないから実際は分からないが。競馬風に言うならば、あの二人は朝日杯FフューチュリティS《ステークス》や阪神JジュベナイルF《フィリーズ》で勝って、ホープフルSステークスで先着争いをしているようなところだろう。年が明ければ、牡馬と牝馬でそれぞれ三冠を取る可能性が最も高い二人であろう。分からない? それはごめん。


「ボクに指示されることが気に食わないことは重々承知だ。でも、本気でボクを殺したいのなら、一考の余地はあると思うよ」


「……そこまでお前が死にたいと言うのなら、聞いてやろう」


「任せて。人を待たせてるから、今日は手短にね」


 力まないこと、力を込めなくても全身を使って充分に威力を出せること、力で戦いたいなら重量系の武器を使ってみることをオススメして、リーダラスリュへの指導を終えるのだった。

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