第22話 裏があるはずだ
トリックが解っても、事件が解決しても、何だかもやもやとしたものが残る。それは前回の事件の時もそうだった。たしかに金銭を巡るトラブルだったが、しかし違法なことだったのだ。どうして航平は殺す以外の方法を取らなかったのだろう。経済学部の河合一臣のように、違法だと突っぱねることも、実際に金銭を巻き上げられているのだから、それで被害を訴えることも可能だったはずだ。
そして今回。こちらもたしかに痴情の縺れと言ってしまえばそれまでだが、犯人の供述はどうもそれだけではない印象を受けてしまう。一体何があったのだろう。どうして殺さなければならなかったのだろう。明らかに、犯人の山田信輔はまだ菊池藍を愛していた。
あの後、信輔はあっさりと逮捕された。トリックの説明を受けると、素直に犯行を自供したという。そして申し訳ないことをしたと涙したのだ。しかしどうしてもやらなければならなかった。これは避けられないことだったのだとも言った。被害者も悪いのだとも。
「ううん」
由基を待ちながら学生食堂にいる昴は、ついつい事件のことを考えてしまう。目の前に置かれたラーメンが伸びることも気にしていない。
「どうした。食欲がなくなるほど悩んでいるのか」
「えっ」
急に聞こえた声は、待っていた由基のものではない。というか、もう二度と会いたくないと思っていた人物のものだ。
「か、川島さん。どうしたんですか、その恰好」
「いつもスーツばかり着ているわけではない。というか、ちょっとお前の知恵を借りたくなってな」
現れたのは麻央だった。それも、普段のパンツスーツ姿と異なり、今日はジーンズにシャツとラフだ。まるで大学生に紛れ込むかのような格好。そして知恵を借りたいという奇妙な言葉。昴は自然と身構えてしまった。
「あ、兄貴に相談すればいいじゃないですか。俺の知恵なんて大したことないですよ」
「いやいや。十分だと思うな。それに月岡は、終わった事件をそうやって悩むなんて殊勝なことはしないだろ。これは、事件を繋ぐ何かがあるのではないかと、そう考えての相談だ」
「――」
事件を繋ぐ何か。それは昴のもやもやにも繋がることではないか。それにしても、麻央はよく翼の性格を理解している。相談しても一蹴されると知っているのだ。
「いいか。山田の方はまだ取り調べ中だが、前回の犯人の服部は認めていることだ」
「な、何をです?」
いきなり説明が始まるので、昴はストップと止めることになった。一体何を調べ、何を認めたというのか。
「おや、それに悩んでいるのではなかったのか。奴らと私は断定させてもらうが、研究に関して不正をしていたんだよ」
「えっ」
あまりに予想外の単語に、昴はそのまま固まってしまった。研究不正。それがどうして殺人と関係するのか。
「そしてその証拠を、誰かに握られているはずなんだ。だからどちらも、すんなりとした殺人事件ではなかった。やけに手の込んだ方法だっただろ。そしてそれが恐らく、不正の何かに繋がっているんだ。そうでなければ、大学という限られた空間で、それも二件連続の殺人事件なんて、普通は起こるはずがないことだ。誰かが脅してやらせた。私はそう考えている」
呆然とする昴を無視して、捲くし立てるように推理を喋った麻央は、勝手に昴のアイスコーヒーを飲んでしまった。
「あ、それ」
「ということだ。事件についてはちゃんと覚えているな。後でメールするからメアドを教えろ」
勝手に喋って勝手にコーヒーを飲み、そして勝手にスマホからアドレスを奪って去って行った。まるで台風だ。そしてやっていることが警察官だとは思えない。
「え、でも」
研究に関する不正。それに繋がる何か。そしてそのせいで犯罪。何だかとんでもないキーワードが羅列している。しかし、それは確かに引っ掛かる何かを解決してくれそうだった。
「背後に何かある。でも、一体誰が?」
しかし、もし脅して犯罪をさせて楽しんでいる奴がいるとすれば。そいつは最悪の奴だ。もちろん、航平が研究不正をしていたという事実はある。しかし、それならば正しいやり方で指摘すべきだ。それを利用して、おそらく金銭トラブルを抱えていることも知ったうえで、仕掛けているのだ。許せるものではない。
「しかし、手掛かりがないよな」
使われていたトリックと関係があるか。そんなことを考えていたら、食堂に由基が現れた。
「今度はどうした。また兄貴と何かあったか?」
「え、ううん」
よほど怖い顔をしていたのか。由基がそんなことを訊いてくる。だから昴は否定したものの、麻央から聞いた内容は黙っていた。
「これは、俺への課題だ」
ただし、手掛かりは二つの事件だけ。果たして裏で操っている奴に辿り着けるのか。しかし、あの最後に見た慶太郎の顔。それも気になる要因だ。
「まさかね。だって、最初の事件の服部先輩は工学部だし」
否定しようとしたものの、それを超える不気味さがあの顔にはあった。色々と悩んでいると、不安と不気味さだけが胸に残っていた。
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