第13話 物理学漫才!?
「ありがとう。本は自分で仕舞うから、そのままでいいよ」
「はい」
それは有り難い申し出だが、また本棚を崩壊させないか心配だ。出来れば本棚を壊すのは予算に余裕がある時にしてもらいたい。それならば業者が全部やってくれるというのに。
部屋の中には他にも二つの本棚があり、それは壊れた本棚の反対側の壁にあった。そちらもぎゅうぎゅうに本が詰まっていて、崩壊することが危ぶまれる状態だった。しかも右側に異様に本が詰め込まれている。バランスが悪い。部屋の外に放り出された本の数々といい、慶太郎は何かと本を溜め込むタイプであるようだ。
「それにしても相変わらずだな。研究熱心なのはいいが、ちょっとは片付けろよ。しかし素粒子は今、ダークマターに掛かり切りだろ。大変だな」
「それはお前のところだろ。俺はダークマターを研究していない」
部屋の中に散らばる本を拾い上げてそんなことを言う翼に、慶太郎はそればっかりではないと否定する。専門家になればなるほど、他の人の研究を解っていないものだ。この二人も友人同士であるくせに例外ではないらしい。
「素粒子の標準模型に修正が必要なことは、ニュートリノ振動が観測された段階で解っていることだ。そのあたりで大変なんだよ」
超対称性粒子、それが慶太郎の現在の研究だ。たしかにそれは翼の指摘する通り、ダークマターの候補でもある。が、そのためだけに考えているのではないと主張しているのだ。
ちなみにニュートリノ振動は、あの梶田隆章氏がノーベル賞を受賞することになった、素粒子研究にとっては大事件となったものである。それまで質量がないと考えられていたニュートリノに質量があったことが証明された。今までとは異なる発見がある。これぞ科学の醍醐味である。
「しかし、あれは実験でまだ見つかっていないからな。宇宙空間で発見されるとダークマターの可能性は大きくなる」
「そこから離れろ。俺をお前の研究に巻き込むな」
どこまでもマイペースに自分の話を続ける翼に、のんびりと突っ込む慶太郎。何だろう、この図。自分と翼の会話を客観的に見せられている気がしてくる。
「おいおい。手伝ってくれたお礼に研究を紹介してあげるんじゃなかったのか」
延々と漫才のような会話を続けようとする二人に、理志が苦笑しながら止めた。このままでは、手伝っただけで終わることになりかねない。
「ああ、そうだった。月岡の弟が素粒子に興味があるとはね。ただし、うちの研究室はその月岡のところと並ぶくらいに競争率が高いからね。忖度は出来ないよ」
ははっと笑い飛ばす慶太郎には一切悪気がないのだろうが、昴の心にはグサッとくる一言だ。ちょっと有利になるかと思った自分が恥ずかしい。
「そう言いつつも義理堅いところがあるからな。実力を証明すればいいんだよ」
「いや、義理堅いと繋がってないよ」
翼のずれた意見に突っ込む理志。ううん、今日は突っ込んでくれる人が多いなと、昴は別の意味で感心していた。翼の学生時代もこんな感じだったのだろう。多くの人に多大な迷惑を掛けている気がする。実は頭脳だけが完璧なのでは。昴もようやく翼の正体に気づき始める。が、友人一同が凄い人ばかりで、翼のずれなんて気にならないんだろうとも思っていた。
「まあまあ。ともかく、早い段階から自分のやりたい分野を見つけるというのは大切なことだ。とはいえ、学部生でやる内容と院に進んでからの内容は歴然と違うからな。そこは覚悟しておいてもらわないと」
そう語る慶太郎の顔は非常に真剣だ。お遊びで進学するな。何だかそう言われたようで、昴も自然と姿勢を正す。
「ま、これは月岡の弟には無駄な注意だな。じゃあ、そっちに座ってくれ」
慶太郎はそう言うと、まだ床にへたり込んでいた昴に椅子を勧めた。そして、それはもう十分過ぎるほどの講義を聴くことになるのだった。
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