第10話 兄弟揃って面白い
「ということは、今残っているメンバーは誰も借金していないのか。ある意味で優秀だな」
妙なところに感心する理志だ。やっぱり何かがずれている。
「俺も瀬田さんも、それに広瀬も、一度もそういう話は持ち掛けられていないですね。俺の場合は言うまでもなく、兄貴がここの准教授ですから。発覚を恐れてでしょう。河合は一度持ち掛けられたことがあるらしいですが、そこは腐っても経済学部。逆に訴えるぞとはねのけたようです」
まさかの一臣武勇伝まで付いてきた事件だった。まったく、妙といえば妙な事件だ。実は航平がどうしてあそこまで執拗な殺し方をしたか。そこは全く知らないのだ。あくまで問題になった高利貸しの部分だけ。それは大学から事情聴取を受けたので他の人より詳しいというだけなのだ。
「ははっ。訴えてくれていれば、問題はそこで終わっていたのにね」
「そうですねえ。まあ、訴える云々は酔って気が大きくなっていただけでしょう」
一臣がわざわざ訴える必要はどこにもなく、おそらく圭介も慣れたもので冗談だよとでも言って乗り切っていたはずだ。問題なんてそういうものだ。発覚するまで誰も真相には気づかない。
ただ、航平がかなり苦しんだことは間違いない。大学院進学もあり、経済的に余裕がなかったのは容易に想像できる。そこを強請られたのだから、ああいう殺し方を考えてしまったのかもしれない。
「そういえば、どうして凶器を消したのに、犯行の痕跡は大きく残したんだろうねえ。恨みを晴らす。それしか考えてなかったのかな」
「さあ。どうしてでしょう」
そこで、昴は夢想してしまう。実は航平は何かの実験をしようとしていたのではないかと。それこそ、異星人が人類にやるような、もしくはマッドサイエンティストが行うような、何かとんでもないものを――そもそも、事件のトリックが十分に危ないものだった。体内に溶けた鉄が染み込んでいき、やがてそれが血液と混ざり合って命を奪う。その過程を具に観察する科学者。何ともSFじみた展開ではないか。
しかし夢想は、理志のにやけた顔が視界に入ったことで途切れた。拙い。このままではまた翼の耳に自分の失態が報告されてしまう。
「あの」
「いやあ。兄弟揃って面白いね。うん、観察し甲斐がある」
「――」
嬉しくない一言だ。それって自分もずれていると指摘されているのと変わらない。しかもそこで理志は立ち上がってしまう。昴は当然、思い切り慌てた。何とかイメージを訂正したいというのに、その隙を与えてくれない。
「あの」
「仕事に戻らないと、お前の兄貴に怒られるんだよね」
そう言って颯爽と去って行ってしまった。もう、どうせならば怒られてくれた方がいい。自分も天然ボケと分類されてなるものか。頼むから兄貴、同類だとは認めないでくれ!
「というか、あの兄貴。同僚まで叱り飛ばしているのかよ」
新たな一面の発見。これはこれで面白いな、それで良しとするか。
「ああ。でも、今度からどこで小説を書けば」
しかし同時に新たな問題が発生した。しかもあの翼にばれてしまっている。さらには来年は大学院受験もあるのだ。あまり小説ばかりに時間を掛けてはいられない。もしプロを目指すならば、今年の新人賞がラストだと思っていたのだ。だから気合を入れて書いていたというのに――
「はあ」
事件が終わり、溜め息だけが零れるのだった。
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