第5話 事件解決に乗り出す天然准教授

 事件の捜査は翼を迎えに行っている間に終わっていた。死体は運び出され、濃密な鉄臭さのするプレハブ小屋の窓は開けられていた。入り口には黄色いテープが張られ、立ち入り禁止を示している。そして一人の警察官が、きりっとした姿勢で立っていた。

 昴たちが戻ると、関係者、昴を除いて四人の正式に所属する小説同好会のメンバーの取り調べとなっていた。いわゆるアリバイの確認というやつだ。死亡推定時刻は大雑把だが出たという。集められたメンバーは、事件のあったプレハブ小屋ではなく、別の部が使っているプレハブ小屋の中に集められていた。

「おう、久しぶりだな。ここの准教授とは出世したな」

 翼を連れて行くと、麻央はそう言って笑った。相変わらず喋り方がおっさんっぽいままだ。ちょっとは女性らしくなるかと思ったが、そんなことはないらしい。それは利晴も同じ思いだったようで、二人の顔を奇妙なものを見るように見ていた。美男美女なのにとも思っていることだろう。

「そういう川島も警部か。で、一体何が起こったんだ?」

 結局は何が起こっているか知らないままの翼に、さすがと麻央は笑う。この無関心かつ世間一般からずれた感じに、すでに慣れているという感じだ。

「事件は他殺事件だ。被害者は奈良圭介、二十一歳、この大学の法学部の四年生だ。荒縄でぐるぐる巻きにされた上に、何らかの刃物で刺されたと、今のところ考えられている。死亡推定時刻は昨日の夜十一時から今朝の八時までの間。ちょっと気になる点があって、まだ断定できていない。どうやらすぐに死んだわけでもないようだ。つまり、縛られて部室に転がされ、いたぶられて殺されたというところか。そう考えると、犯行時刻は昨日の夜だと考えていい。夜中から開始し、朝に総てをやり終えたという可能性もあるな。要するに、犯人は長時間にわたって被害者を監禁し、そのうえで殺した。相当な恨みによる犯行だろうと思われる」

 そしてすらすらと捜査情報を漏らしてしまった。まあ、関係者である昴にはいずれ知らされる内容だったのだろうが、果たしていいのだろうか。ちょっと不安になる。

「恨みねえ。そういう感情が解らないから何とも言えないが、随分と面倒かつ手間の掛かることをやったことは理解した」

「――」

 そしてこの、どうして言っちゃうかなという翼の発言。昴はいつもこのずれた感覚と正直すぎる意見に悩まされる。そして、翼が誰かが恨んでいるところは想像できないなとも思っていた。何かとドライなのだ。

「まあ、天才科学者に恨みは不要な感情だろうな。関係者からトラブルに巻き込まれていなかったか聞いていたところだ。な」

 そう言って、ずっと部屋にいて唖然とする小説同好会のメンバーに同意を求める。捜査方法としてこれは正しくないはずだろうと、日頃から推理小説も読むメンバーの顔には困惑があった。

「彼らが関係者か」

「君の弟を含めてね。全員が問題の部室で、小説同好会なるサークルを作っていたんだよ。君の弟に文学的センスがあったとは驚きだ」

 なんか、翼の弟というだけで変なバイアスが掛かっていないか。昴は思わずむっとなってしまう。

「ほう。そう言えば、朝も小説を書いていたな」

 そしてさらっと、大勢の前でそれをばらす翼。止めてくれよ、本当に。昴はもう泣きたくなってきた。いくらメンバーは知っているとはいえ、警察関係者や理志がいるのだ。あまりばらしてほしくない。

 その小説同好会のメンバーは由基と一臣の他、殺された部長の圭介を除くと、正式には一人だけだ。この部唯一の女子にして昴の片思いの人、瀬田悠花だ。もう一人の服部航平は、前部長で、すでに大学院生となって引退した立場だ。しかしOBとしてよく顔を出している。それで呼ばれたらしい。メンバーとしてカウントされるのは以上だった。

「全員のアリバイを確認したところ、夜中とあって誰もアリバイを証明できていない。つまり、この犯行にアリバイは何の考慮もされていないってことだな」

「それなのに不可思議な状況で殺したのは何故か。そういうことだな」

 先ほどまでのずれた意見とは違い、翼はまともな指摘をした。そしてそれに麻央は満足したように頷く。

「そうだ。これに関し、誰も証明できない状態だ。それにあの縄がどうにも気になってな。あれと何かを使えば、この凶器がどこにもない状況も説明できるのではないかと考えている。被害者の体内からすでにアルコールは検出されていて、酔っているところを襲われたのだと思うが、それにしたって、ぐるぐる巻きにして刺し殺すというのは手間が掛かるうえに、リスクがでかい。何か意図があることだろう。そこでお前に声を掛けたってわけだ。突飛な発想はお得意だろ」

 その言葉に、昴だけでなく全員の目が翼に向かった。理志に関してはそんなことが出来るのかと、同僚の意外な一面に期待の目を向けている。他は、不安がないまぜになった目をしていた。特に同好会のメンバーは、変なことを言い出して自分たちの立場が悪くならないか、それを心配しているようだった。

「だ、大丈夫なんですか。この人、物理以外は駄目ですよ」

 仕方なく、身内である昴が進言することになった。こっちだって知り合いに変な疑惑が掛かっては困るのだ。特に悠花に迷惑が掛かるようなことは避けたい。

「問題ない。というより、変な先入観がないからな。こいつ」

 それにさすがの翼も顔を顰めたが

「まあ、大学で起こった事件だ。早期解決に繋がるならば協力しよう」

 と、珍しくそんなことを言い出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る