2000年3月11日
キャンベラに到着してすぐにシドニーのサキに連絡を入れた。彼女はあっけらかんと「意外と早かったね」と言ったが、バスに乗りっぱなしの1週間は途方もなく長かった。
ロサンゼルス~ニューヨーク間4,000キロの倍近い7,800キロ。日に10時間以上をバスの中で過ごしたことになる。そのほとんどを荒涼としたアウトバック(砂漠地帯)を眺めて過ごしてきた。しかしその道中は思い出し笑いをさせてくれる出会いに満ちていた。
観光案内所でもらったキャンベラの市街地図の欄外には、街のレストランや商業施設の広告と並んで、流し目で胸を半分露出させた若い女たちが載っていた。その豊かな胸にかかる形で「HOT NIGHT」と書かれている。”特に見どころもない町ですが、ささやかながら夜のお楽しみもご用意しております”という意地のつもりだろうか。
たしかにキャンベラ観光で見るものといえば国会議事堂ぐらいで、他にいくつか博物館などはあるもののシドニーやメルボルンの比ではない。無料観光案内にああいう広告でも出さないと、俺のように朝来て午後にはここを去ってしまう観光客がほとんどなのだろう。
キャンベラの歴史に興味があった。
「オーストラリアの首都は?」というクイズにおいて、「シドニー!」という間違えの後に大きな失望をもって迎えられるのがこの街の名である。後天的に首都機能だけ移転させたと思われがちだが、ついでながらそれも間違っている。
1901年イギリスからの独立前から、当時ただの原野に近かったここキャンベラが首都として内定していた。実際には独立後の10年間はメルボルンが行政首都を担っていたが、そもそもこの遮蔽物ひとつない野原が首都として選ばれた理由は、シドニーとメルボルンという二大都市が独立後の首都の地位をめぐって長い間争っていたことが原因とされている。そうしたシナリオの折衷案としてこの片田舎が新国家の首都として選ばれることになった。
同じくごく最近までイギリス領として管理されていたカナダにも似たような経緯がある。1858年外交権や司法権以外の自治権をイギリスから与えられた際、トロントやケベック、モントリオールなどといった大都市が首都として名乗りを上げた。しかしエリザベス女王の一声により、都市というよりも当時寒村であったオタワが首都に選ばれた。
「首都候補争いをおさめたエリザベス女王の英断」と表現をする本もあるが、どうも活字通りに受け取れない。大英帝国にとって産業を背景に栄えた自治領の都市がそのまま首都に昇格し、今まで以上に勢いづくことは非常に好ましくなかったのである。
何もない原野を「首都にする」となれば、まず土地の造成工事からとなり、イギリスはその莫大な費用の債権者として引き続き支配権を維持できる。独立や自治権承諾に前向きな姿勢を見せつつも、巧みにその内政に一枚噛んでおく。いかにも老獪なイギリス紳士が考え付きそうなシナリオである。事実その後オーストラリアは隣のニュージーランドと共に、2つの大戦においてイギリスに振り回され続けた。
キャピタルヒルズ中心にある国会議事堂を歩いていると、遠くから「ハワードだ!」という声が聞こえた。鼓笛隊に囲まれ閣僚らしき列のさらに一段高いところにずんぐりした背広姿があった。第25代オーストラリア連邦首相ジョン・ハワードその人であった。行き過ぎた白豪主義者であり、また日本人を含むアジア系移民への差別的発言で知られた人物である。アボリジニとの歴史清算ついても「現政権が謝罪すべき問題ではない」と対話を拒み、アボリジニ先住権申請の手続きをわざわざ複雑化させたのもこの男である。(※アボリジニ同化政策については、2008年に次期首相であるケビン・ラット氏が公式に謝罪した)
今なおオーストラリア国旗の4分の1を占めるユニオンジャックについて、なぜ現在もそれを継承しているのか答えてくれる資料は見つからなかった。(※ 2016年にオーストラリアで行われた世論調査によれば、約65%が「国旗変更」を支持した)
アボリジニ問題や白豪主義という過去について、イギリス自治領時代にすべてを被せるのはあまりにも都合が良すぎる。平和な時代だからこそ好まれる極端な辛さというものが存在する。結果小さなヘイトクライムが大規模な暴動に発展するケースなどアメリカの例を挙げるまでもない。
我々は過去から一体何を預かっているのか立ち止まって考えるべきである。そこに重大な過ちが含まれているのなら、まずはそれを構造的に理解しておけばいい。か細いアイデンティティを補強するために、臆面もなくヘイトスピーチを繰り返すリーダーを選べば、短期的には自信を取り戻せるかもしれないが、前提として常に憎しみを燃料として走り続けなければならない。
キャンベラの国会議事堂の正門には、頭上高くカンガルーとエミューが向かい合うオブジェクトが飾られていた。後退することができないこの2つの動物に、「前進あるのみ」というオーストラリアの気概を重ねた国章である。
前進よりも歩んできた道のりを振り返る必要はないのかという揶揄はやめておこう。アメリカに次ぐ移民国家として、この広々とした大地を持つ国家のこれからに注目していきたい。
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