魔王様の少子化対策(その4)

「うんうん、そうだよな。彼女とか本当は5人、10人欲しいよな。たくさんセ〇クスしたいよな。このデソジとかいう主人公、まっすぐで心に沁みるわぁ。今日は晩飯にジャムパン100枚くらい食うか」


 いつもの玉座に座る魔王が、異世界から取り寄せた漫画を片手にしきりに頷いている。

 本来なら玉座のある大広間は、何かしらの公務の時にだけ使うのが世の習わしだ。

 しかし、こと魔王にとってはくたびれたおっさんが酒飲んでくだを巻く自室が如くだ。

 現に玉座の足元には木の実の食べかすや酒瓶がすっ転がっており床を汚している。

 それをメイド服を着たゴブリンがやってきては、定期的に清掃していた。


 コロコロと酒瓶が転がる床に魔法陣が浮かび、中から牛の頭蓋骨さながらの頭部を持つ魔族が表れる。

 いつものタキシードを着こみ、白手袋を嵌めた参謀の姿がそこにはあった。

 胸に手を当て、玉座に座る魔王へと参謀が一礼をする。


「魔王様、悪魔を殺して回る漫画に夢中なところ誠に申し訳ないのですが、ご報告があります」


「あー、なんだよ。俺は今、異世界の文化を学ぶのに忙しいんだ。後にしろ後に。それからジャムパン買ってこい!」


 しっしっと参謀を手で追い払い、ついでにパシらせようとする魔王だったが、引き下がる事無く参謀は話を続ける。


「先日魔王様も参加された、大ゴブリン共和国の少子化対策会議の結果についてなのですが」


「あー? あーあれか!」


 案の定、話を聞くまですっかり忘れていたようで、思い出した魔王が漫画をパタンと閉じた。


「ふふん、ああいう問題はだな参謀。うわべだけのたわ言に耳を貸さず、本質を見極める事が大事なのだ」


 何故か得意げに目を閉じ、自分の采配を思い出して満足そうに魔王が頷く。


「少子化なんてのはな。結局のところファックすりゃあ増えるって単純な話なんだ。産まねーのはメスの怠慢。オスがヤリたがってるならヤらせりゃいーんだよ。戦でも何でもな、ヤる気のある奴にチャンスを与える。そんなメリハリつけた人事的判断が大切なのだ。参謀も学んでおけよな、この魔王様の本質を見抜く目というものを」


 意気揚々と足を組み、人を使う事の何たるかを説く魔王に参謀が現状を報告する。


「現在大ゴブリン共和国はメスのホブゴブリン達が国外に逃げ出して、少子化どころか人口そのものが激減していっております。放置された田畑や鉱山を野良のゴブリン達が見よう見まねで耕したり掘ったりしてますが、マトモな収穫は期待できないでしょう。早急に手を打たねば大ゴブリン共和国は崩壊、税収もゼロになります。遠からず魔王様のおつまみのグレードも下げる事になるでしょうね」


「な、な!? なんで! ふっざけんなよクソアマども! 逃げるとか無責任すぎるだろ!」


 ガン、と魔王が手すりを叩く。

 例によってブラックミスライル製の手すりが砕け、床に散らばった。

 メイド服を着た二匹のゴブリンがささっと駆けより、残骸となった手すりを片付け始める。

 一匹が箒と塵取りで砕けた手すりのかけらをかき集め、もう一匹が壊れた手すりを手早く新しい物と交換した。

 テキパキと作業を行うゴブリンのコンビを尻目に、参謀がいつもと変わらぬ無表情で反論する。


「いや、当たり前でしょう。ホブゴブリンはコボルトやオークと並んで魔界中で暮らしているポピュラーな魔族なわけですし。自分たちの住む国がおかしくなって生存権まで剝奪されて、犬猫ゴブリン同然に扱われるようになったら他所へ行きますよ。人間の国にすら普通に住んでるくらい生息域広いんですから彼ら」

 

「ふ、ふざけやがって! こうなったら大ゴブリン共和国だけでなく、魔王連合国全土でホブゴブリンのメスから全ての権利をはく奪して……」


 自分の思い通りの結果にならなかった事にいら立った魔王が、物騒かつ何の解決にもならない案を呟き始める。


「そんな事をしたらホブゴブリンの女達はまとめて人間国家に逃げ込んで、人間どもの勢力強めることになりますよ。それに他の国に住むホブゴブリン達からも魔王がホブゴブリンを迫害してるとのそしりを受けて、支持も大きく失うでしょうね。各所で暴動等の抗議活動も激増するかと思います」


 参謀の当たり前な指摘に、魔王が歯ぎしりをして命令した。


「ぐぬぬぬ! くっそおおお! 仕方ない。もっかいホブゴブリン共を集めてこい! アイツらはこの魔王が直々に喝を入れなおして、今度こそネズミ算式に人口増やしてやる!」


 ガン、と魔王が八つ当たり気味に叩いた手すりが、また砕けて床に散らばった。




魔王様の少子化対策(その4)……END

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