ウエディング・ヘル(その13)

 瓦礫の上で寝ていたペケ子を抱え、絨毯の上に移し終えた死神が、窓の枠に腰掛ける。

 開け放たれた窓の向こうには、裏庭で荷物を運搬しているシャドウエルフ達の姿が見えた。


「おい、貢物がまた届いてるぞ。中確認して倉庫に放り込んどけ!」


 かがり火の焚かれた裏庭から、シャドウエルフの声が聞こえる。

 裏庭の警備をしていた衛兵が指を差す先には転移魔法陣が地面に浮かび上がっており、その中心にはいくつもの木箱が積み上げられていた。


 魔王国の紋章が焼き込まれている木箱は、結婚式を祝うための貢物として魔王城より送り届けられたものである。

 ミスライル製の鎧に身を固めた上級衛兵に呼ばれ、簡素な皮の鎧に身を包んだ一般兵たちが木箱を抱えて運び出す。


 ふと、涼やかな風が庭を抜け、かがり火の炎が揺れた。

 地底を抜ける風は、大規模な大気循環魔法によるものだ。

 巧みな召喚術で地上の一部と大気を繋げ循環させているこの大魔法は、流石は卓越した魔法技術を持つエルフ達の国と言った所だろうか。

 この大魔法のおかげで地底であるにもかかわらず、空気が淀むことは無い。


「くっそぉ! 目が痛てぇ! 砂でも入ったかな」


 荷物を運ぶ一般兵の一人が眉間にしわを寄せ、目を閉じる。

 目じりの端には涙が浮かんでいた。


「砂じゃなくて胞子だろ? 今はツキアカリダケの最盛期だからな」


 同じく木箱を抱えて運搬作業にあたっていたシャドウエルフの兵士が、空を見上げて呟いた。

 もちろん、地底世界には空など無い。

 だが見上げて目にする光景は、地上で見る満天の星空と見まごうばかりに幻想的な灯りに包まれていた。


 天井に生えるツキアカリダケは、シャドウエルフが言った通り今が最盛期だ。

 キイロツキアカリダケ、ルビーアイシメジ、ソライロヒカリガサ、エメラルドイロガワリ。

 ツキアカリタケ属のキノコには、その名の関する通り様々な色に光り輝く物が数多くある。

 これらのキノコはもちろん年中生えているわけでは無いのだが、年間通して入れ替わり立ち替わり何かしらの種類のツキアカリダケ属のキノコが生えており、地底世界を照らす明かりとなっている。


 そして今の時期は、そのキノコ群がとりわけ多くの種類が生え揃うのだ。

 この色とりどりに輝く地底の夜空の幻想さは、地上では拝む事は出来ないだろう。

 だがその幻想的な光景にも弊害がある。

 それが大量に放出される胞子が引き起こすアレルギーだ。


 長く地底世界に住むシャドウエルフ達の中には、今の時期キノコから一層大量に撒かれる胞子によって、アレルギー反応を起こし目の痒みや痛み、くしゃみ、鼻水に苦しめられる者もいるのだ。


「それにしてもめんどくせえなぁ。魔王国の連中、一回でまとめて送ってくれればいいのによ、何回も何回も送り付けやがって。仕事増やしてんじゃねーよまったく」


 集まったエルフの一般兵達が自分達の運ぶ荷物にぼやき出すのを、上級衛兵がたしなめる。


「いいから中身は何か確認しろ。特に危険は無いか?」


「ありませんよ。なんか変な魚の干物と、イカの干物と、干し肉と、あと酒ですかこりゃ」


 一般兵からの報告を上級衛兵が鼻で笑う。


「ふん、どこの酔っ払いのチョイスだ。よし、問題が無いようなら運び出せ!」


「へーい、わかりました。うおっと!?」


 木箱を抱えた一般兵が、足元に転がる小石につまづきよろけた。


「くそ、ちゃんと仕事してんのか庭師の野郎! こんな邪魔な石ころは捨てとけっての!」


 城館の窓べりから裏庭のエルフ達のやり取りを見ていた死神が、肩を落とした。


「魔王様よぉー。結婚式の貢物ってもうちょっとなんかセンス良いの無かったのかよ。スルメだ酒だ干し肉だって、ゴブリンとかと同じようなチョイスなんじゃねえの」


「えーダメか? おいしいじゃん、おつまみ」


 落ちてきたシャンデリアにより壊されたテーブルの残骸から、盛りつけられていたフルーツを拾い食いしていた魔王が口をモゴモゴさせながら答えた。


ウエディング・ヘル(その13)……END

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