第22話 3日目...4

≪あの連中どこ行きやがった?≫


 いきなり一発当てられて癪に障ったのか、かすり傷にもなっていないくせにファビアーノが息巻いている。だが、疑問そのものはもっともだ。


「逃げ足が早いんだろ。ただ、誰も見かけてないってのは妙ではあるな」


 リカルドはA棟の正門から、ミックは裏門から入り、ファビアーノはB棟の非常口から入って上へ上へと移動している。誰かしらのレーダーの範囲にかすってもよさそうなものだが、見かける赤い点は全て関係ないチームばかりだ。


 今も逃げ損ねた三人組をリカルドは暇つぶしに追っていた。軽いジョギングのつもりで弾をばら撒きながら近づく。最初は反撃を試みようとしていたようだが、やがてそれが通じないことが分かると泡を食って逃げだした。


 浮足立って階段をばたばたと下へ逃げようとする三人組。リカルドはそれを撃ちながら追い立てる。あまりに無茶な飛び方をしたため、三人のうちの一人が着地で足をくじいて踊り場の上を滑った。


 リカルドがゆっくりと近づく。髪を短く切りそろえて真っ赤に染め上げた女は、倒れて赤ん坊のように丸くなったまま両手を組んで命乞いをする。


 残りの二人が、仲間がこけたことにようやく気付いた。振り返って足を止め、大の男がみっともないほど辺りをきょろきょろと見回している。どこか物陰から自分たちを救いに来てくれるヒーローが現れることを期待しているのだろうか。リカルドは気まぐれで狼狽える男たちに一つの提案をした。


「どっちかが代わりに殺されるっていうんなら、彼女を見逃してやるよ」


 二人はすぐに答えを出した。背を向けて全力で走り去っていく。リカルドが肩をすくめる。女の震えが地震にでも遭っているかのように大きくなる。「助けて……助けて……」


 予想通りの結末──無表情に女を撃ち殺してから考えた。自分は本当に約束を守るつもりがあったのだろうか。分からない。反故にして全員を殺したのではないかとも思えてくる。もしかすると、あの二人の判断はもっとも冴えたものだったのかもしれない。分からない。


≪おい、さぼるなよリカルド≫ミックからの通信。

「とはいっても俺のスキルもお前のスキルも直接戦闘用だし、ファビアーノのスキルでも見つからないんだろう? だったらどうしようもないさ」


 ファビアーノの【レーダー】は通常半径30m程度しかない敵味方の表示を短時間だけ10倍にすることができる。自分たちがいま居るビルを2棟ともすっぽりと覆える距離だ。


≪それなんだが≫会話を聞いていたファビアーノからの通信が入る。≪今さっき、変な動きをしてた連中がいた。どうもビルの外を移動して下に降りたように見えたんだが≫

「外だって?」


 リカルドが窓を開けて左右に首を振る。怪しい人影は見えない。


≪リカルド、下だ。あの野郎、ふざけやがって──≫


 SNSのアドレスが送られてくる。ビルに突入する前にミックが張り付けた画像に返信があった。


〝脳みそがまだ原始時代をうろついている間抜けなサルども〟


 ビルのスクリーンショット。ちょうど自分が窓から顔を出して首を振っているところが撮られている。追加のコメント──〝どうやら自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす知能はあるらしいが勇気が足りずに身投げに踏み切れないらしい〟


 視線を下に向ける。ジャージの上着を肩にかけた日本人が手を振っている。距離があって表情は分からないが──間違いなく嗤っている。


「ミック、金にはまだ余裕があるだろ?」

≪おいおい、無駄遣いはダメなんじゃ──≫

「さっさとまた賞金をかけろ」


 ミックが小声でぶつくさと言いながら言われた通りにする。いてもたってもいられなくなったリカルドは取って返してビルの外へ。神経質に道路を踵で蹴りながら二人がやってくるのを待つ。


「さっそく何件か入った」息を荒げてやってきたファビアーノが言った。「連中、どうも散らばって逃げてるらしい。どうする?」

「好都合だ。あの日本人を見つけたやつに金を払って、そのまま追跡しろと伝えろ。まずはあいつからだ」


 ようやくやってきたミックが指示を出すリカルドの肩を揺さぶって諫めようとする。


「待てよ、何かおかしいとは思わないか? こうあからさまに俺たちを挑発してあいつに何の得がある? こいつは──」

「罠だって言うんだろう? ああ、そうだろうとも」リカルドはミックの手を掴んで自分の肩から引きはがした。「だからって何がどうなる? 俺達には無尽蔵のライフがある。プレイヤーを無条件に即死させるなんてスキルがないことはルールにも明記されている。つまり、俺たちに危害を加える手段はないってことだ。俺をゲームに引き込む際にお前が言ったセリフだ。なにか間違ってるか?」


 ミックは掴まれた痕の残る腕をさすって1歩下がった。


「いいや。君の言った通りだ。ただ、俺が忠告したってことだけは忘れないでくれよ」


 尾行者の情報に金を払い続けて日本人を追う。ビルのある通りを北東に上って島の中央部に近づく。


 海岸線の開放的な雰囲気は一気に薄れ、景色は倉庫とコンテナ、アスファルトの道路が四通八達した工業地帯に早変わりする。リゾートで失敗し、土地を持て余した所有者が化学工場を建てたはいいが、潮流の関係から輸送できる物資の量が芳しくなく、法律の変更により有害物質の廃棄に関して規制が厳しくなったせいで完全に採算が合わなくなって売り払われた島。


 リカルドたちは追跡者により逐一報告される情報を頼りに跡を追った。どうやら日本人は工業地帯の外周をぐるりと回っている。追いつけない距離ではない。


「急ぐぞ」

「まだ走るのか。少し休憩した方がいいんじゃないか?」


 ミックが言った。泣き言ではない。事実、彼の息は上がっていない。流す程度のスピードで走っていたし、自分も他の二人もこの程度でばてるほどやわな鍛え方はしていなかったが、確かにミックの言う通りここでわざわざ焦る必要もない──ただ一つの懸念を除いて。


 リカルドは金を払ってシステムから残りの人数について購入する。


 生存者数:27人。勝利条件未達の人数:1人。


「なに、くそ、まずい」


 いきなり駆け出したリカルドにミックとファビアーノが追いかける。


「おい、いきなりどうしたんだ?」

「ゲームが終わりそうだ! 3人を殺せてないのが残り1人しかいない! このまま獲り逃がすなんて絶対にごめんだぞ──」


 面白半分に道中殺して回ったのがあだになった。リカルドは全力で走りながら日本人を追跡しているはずのプレイヤーに直接通話して居場所を尋ねる。


「おい、聞こえるか!? 日本人の座標を教えろ!」

≪藪から棒だな。あんたは?≫

「お前の金づるだ! さっさと言え!」

≪X50:Y816。追加の料金を──≫

 リカルドは通信を打ち切って叫んだ。「近いぞ!」


 やや下り坂になった運搬道路を全力疾走する。錆びた標識が二つ並んだカーブを曲がったところでジャージを肩に担いだ後ろ姿が目に入る。


 リカルドはトリガーを引きっぱなしにしながら駆け寄った。有り余る金のお陰で弾切れの心配はない。リカルドたちの接近に気付いた日本人は道路脇のコンクリート擁壁を上り、頭を低くしながら雑草で覆いつくされた土手を駆け上がる。


 リカルドたちもそれを追う。雑草は背が低く、弾除けの体をなしていない。三人がかりで撃ちまくっている光弾が頭や肩に命中し、日本人のライフが着々と削れていく。


「おい、なんか見覚えが無いか?」ミックが苦々しい顔で言った。

「そうだな。お前が奴らを取り逃がした工場だ」


 二日目、自分たちが食料があるという情報を流し、あの日本人どもと最初に遭遇した工場だ。リカルドはさすがに違和感を覚える──ここに何かあるのか? 奴には、ここに来る理由が?


 一足先に丘の頂上にたどり着いた日本人は、ネットフェンスを乗り越えて工場の敷地内へと降り立った。考えていては逃げられてしまう。そうしたら、あの男はまたしたり顔をしてSNSで煽ってくるに違いない。


 リカルドは半開きになったネットフェンスのドアを思い切り蹴りつけ、自分も工場の敷地内に入ろうとした。ところが、鍵が外れているはずのドアに、勢いよく足が跳ね返された。坂道の途中でのけ反ったリカルドは、そのまま土手を無様に転がって擁壁まで戻される。


「おい、何やってんだリカルド!」ミックの慌てた視線が土まみれのリカルドと工場内に逃げ込む日本人の間を行き来する。

「いや、違う、そこのドアが──」

「ドア? ドアなんかどこにもないぞ?」

「……なに?」


 リカルドは口に入った土を何度も吐き捨てながらフェンスまで戻った。確かに、そこにドアはある。先ほどと同様に鍵はかかってない。リカルドはそろそろと手を伸ばす。


 半開きのドアに届く前、何もないはずの空間で、何かが手に触れる。目に映っているものと触っているものの形が違う。慌てて嵌めていたゴーグルを外すと、そこには他と変わりないただのネットフェンスがあった。


「あの糞野郎!」


 リカルドが手に持ったゴーグルでフェンスを殴りつける。何が起こっているのか理解できない二人は困惑した表情で顔を見合わせる。


「あのニホンザルはどこに行った!」

「ああ……あそこだ、工場内に逃げ込んだ。なあ、さすがにこれは妙だろ?」

「ファビアーノ!」なだめようとするミックを遮ってリカルドは叫んだ。「【レーダー】の回数はまだ残ってるんだろ!?」

 ファビアーノが頷いた。「さっきから発動してる。奴はまだ工場の中だ、裏口から逃げたりはしていない。リカルド、ミックの言う通りだ、いったん落ち着いて──」


 三人に宛てて直通で添付ファイルのあるメッセージが届く。リカルドは嫌な予感を覚えながら添付の画像ファイルを開いた。


 フェンスを蹴ってすっころぶ寸前のワンショット。大口を開け、間抜けな顔で手をばたつかせているのは、誰を隠そう毎日鏡で顔を見ている男だった。


〝個性的なダンスだ。地球のものじゃないよな? いったいどこの星からやってきたんだ?〟


 リカルドは無言でフェンスに手をかけた。放出する熱でいまにも煙が出そうなほどその顔は赤い。もう耳を貸す気がないことを悟ったミックとファビアーノが渋々それに付き従う。


 冷めやらぬ怒りのまま弾を四方八方に撒き散らしながら工場に向けて駐車場を真っすぐ横切る。


 工場入り口のフェンスは開きっぱなしだった。リカルドは工場内に踏み入りながら手当たり次第に撃ちまくって背後を振り返る。


「おい、奴はまだここに──」


 頭に血が上ったリカルド・ダンヌンツィオは、入り口に一番近い位置にあるタンクから漏れる甘い香りに気付かなかった。そのタンクの僅かに開いたバルブにテープで導線が張り付けられていることにも、最後まで気づかなかった。


 火花が散る。揮発性のガスが燃え上がり、その真っ只中にいた三人の体が炎に包まれる。


 一瞬で真っ赤になった眼前。リカルドは一瞬、これがゲームの演出だと思った。


 違う。自分はいまゴーグルを手に持っている。それに、全身が刃物で刺されたように痛い。


 絶叫が迸る。三人分の断末魔の声。どれが誰の叫び声か分からない。炎で息ができない。火だるまになった三人が工場の床をごろごろと転がりまわる。燃える服を脱ぎ棄てようと上着の裾にかけた手が繊維に引っ付いた。


 手が剥がれない。服が脱げない。髪に燃え移った炎がどうやっても消せない。リカルドは心の底から叫んだ。


「父さん! 父さん! 助けて!」

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