お金が欲しければ人を殺そう

@unkman

第1話 1日目...1

『開始15分前ですよ、ミスター・マエシマ。マジでそろそろ起きた方がいいと思うんですが──』


 やる気の感じられない、若い女の声。


 名前を呼ばれたことで前島亮司の意識は覚醒した。空っぽの頭の中へ怒涛の勢いで昨日までの記憶が流し込まれる。脳溢血で倒れた父親の入院費。そのための過剰な労働。堅気の雰囲気ではないバイト先のオーナー。降って湧いたうまい話。三十億円。あからさまな裏。


『このままじゃあ参加すらできずに失格になってしまいますよ。まーそのような退場の仕方はこの催しが始まって以来の快挙ですし、それはそれで大いに盛り上がりそうではあるので、アリかナシかでいえば全然アリなんですけども』


 女に急かされた亮司は頭の中へ消防車から直接放水を食らっているような気分になって、ステンレスパイプの骨組みにマットレスを敷いただけの粗末なベッドから跳ね起きた。


 体を動かそうとして立ち眩みを覚えた。中腰になって壁に手をつき、足元のシーツを蹴り飛ばして目をこする。下地の石膏ボードが剥き出しになった無機質な四角四面の部屋、その隅に置かれたベッドの上に自分が立っていることを認識する。


 昨晩の記憶──灰色の作業着を着たごつい連中に体の自由を奪われ、まるで貨物のような扱いでここまで連れてこられた。


『おお、ようやく目を覚まされたようですね。状況は飲み込めていますか? 私の言葉を理解できているのでしたらチェストを開けて準備に取り掛かってください。迅速にお願いしますよ』


 寝る前には無かったはずの灰色のプラスチックの箱が入り口のドアの近くに置かれていた。亮司は女の声に促されるまま、留め具を外して箱を開ける。箱の中は二つに仕切られていて、片方にはオモチャの銃とヘッドセット、そして肌着が折りたたまれて入っていた。もう片方のエリアには水の入ったペットボトルとパッキングされた携帯食品が詰め込まれている。


『まずはそのインナーの着用をお願いします。それがゲームに参加するための最低条件となっておりますので』

「っていうかよ、俺に色々指示を出しているあんたはどこの誰なんだ?」

『今回のゲームにおける貴方の専属ナビゲーターです。名前はございませんので好きにお呼び下さって結構ですよ。ご用命とあれば24時間いついかなる時でも質問にお答えする所存です。あ、いまのは単なる意気込みってやつで、実際には休憩したり睡眠とったりするわけなんですが』

「どこから覗いてる?」


 亮司は部屋を見回した。この殺風景な空間には自分一人だけで女の姿など見当たらないし、ベッド以外には家具ひとつ無い。


『天井に隠しカメラが設置されておりまして。見えるでしょうか? ちょうどパネル同士の隙間の部分です』


 言われるまま上に顔を向ける。たしかに、注意して観察すれば不自然な点──カメラのレンズ。あらかじめそこに何かがあることが分かっていなければ見つけられないほど小さなものだ。


『まーそのような些細な問題は脇に置いていただくとして、とりあえずは準備の方をお願いしますね。なにせタイムリミットはすぐそこまで迫ってきているわけですから。ああ、インナーは素肌の上にお願いします。その方が通りがいいので。職業柄、裸は見慣れていますので、恥ずかしがらなくても結構ですよ』


 亮司は着ていた私物のジャージとシャツを脱ぎ捨て、箱に入っていたインナーを身につけてその上からジャージを羽織った。インナーの着心地は悪く、肌にがさがさと当たる感触が不快だった。


「この服は何か特別性なのか?」

『他者に与えた、また自分が食らったダメージを現実にフィードバックするためのものです。その服こそがこのゲームをゲームたらしめていると言っても過言ではありません』

「仕組みは何となく分かった。で、この玩具の銃で撃ちあえばいいのか? サバゲーみたいな?」


 亮司は子供が遊ぶための水鉄砲のような丸い形状の銃を手に取った。サイズとしては両手持ちのようだったが、中がスカスカなのではないかと疑ってしまうくらいに軽い。片手でも簡単に振り回すことができた。


『サバゲー……ああ、日本のあれですね、サバイバルゲーム。エアガンで撃ちあう。言ってしまえばそういうことです。他に分かりやすい例えとしてはFPSのガンシューティングでしょうか。ミスター・マエシマは、そういったものを嗜んだことは?』


 友人に誘われるまま自宅のPCにインストールして何度かプレイしたことはある。得意、不得意以前の問題で、すぐに飽きて三日と続かなかった。


 押し黙った亮司をよそにナビゲーターは説明を続ける。『ヘッドセットを忘れないようにして下さい。着用は必須ではないとはいえ、それが無ければ半分目を閉じて戦うようなものですから。さて残り10分、着替えが終わったのであれば身支度を済ませておくことをお勧めしますよ』


 亮司はペットボトルの蓋を開けてミネラルウォーターを半分ほど飲み干し寝起きで乾いた喉を潤した。長方形のアルミ包装に入ったシリアルバーとドライフルーツのパックを残りの半分で一気に片付ける。部屋に備え付けのトイレで用を足し、顔を洗い、ヘッドセットを頭につけてゴーグルを下ろす。視界は良好で、肉眼で見るのとさほど変わりがない。


『残り3分強といったところですね。いやあ、さすがに男性だけあって準備が早い』


 部屋のどこかから発せられていた声は今しがた装着したヘッドセットの耳元のスピーカーから聞こえた。


「その口ぶりだと女の参加者もいるのか?」

『ええ、もちろんいらっしゃいますよ。性差で金銭の価値が揺らぐことはほとんどありませんからね。ではそろそろ今回のゲームのルール説明を行いたいと思うのですが、お聞きになられますか?』

「当たり前だ。大体、なんで事前に教えておかないんだ」


 ゴーグルの視界の端には時刻が表示されていた。09:57:04、05、06。着々と秒数がカウントされていく。


『可能な限り公平を期すためです。直前に伝えられたルールに適応できるかどうかも見所の一つですので。そもそも本来であれば詳細な説明をするのに十分な時間が与えられているはずなのですが、いやー実にぐっすりとお休みなさっていましたね。疲れていたのでしょうか? それとも、朝は苦手であったり? こちらもできるだけ早く目を覚ましていただこうと何度も大音量でアラームや音楽を鳴らしたり冷房を切ったりしてみたのですが』


 ナビゲーターの冷笑──言われてみれば部屋の中は蒸し暑かった。亮司はジャージの前を開いて空気を胸元に入れながら言った。


「さっさと続き」

『それでは気を取り直して──とはいえ、ルールは至って単純。生き残っていただくだけです。先ほどサバゲーと仰っていたので既にお気づきかもしれませんが、今、お手持ちの銃を使って撃ち合いを行っていただきます。通常のサバイバルゲームと大きく違うのは、プラスチック製ではなく電子的な弾丸を用いるという点ですねー』


 ゴーグル越しの視界の端には様々な情報が表示されている。弾丸のアイコンの横にある500。手榴弾のアイコンの横にある4。ハートマークのアイコンの横にある3000。この数字が多いのか少ないのか見当もつかない。


「その電子の弾云々はぴんと来ないが、撃たれるとこのハートが減るってことでいいのか?」

『はい。その銃から出た信号がプレイヤーに着用させたインナーにキャッチされるとそうなります。諸々のデータは別所に用意してあるサーバーで管理されているため不正もできません』

「電波の障害とかは?」

『そればっかりはどうにも。まあ、無数に存在する通信機器とサーバー間で同期をとっているためほぼほぼ有り得ませんが。ちなみに意図的なものでなければ見過ごされますが、故意に通信を妨害するような行為に及んだ場合は、その時点で即時失格となりますのでお含みおきください』

「分かった。で、このハートが0になると……俺は死ぬんだな?」


 ナビゲーターの一瞬の溜め。機器越しの恭しさの演出。


『ええ。完全に。あなたの人生はそこでお終いです。その後は天国でも地獄でもお好きな方へどうぞ。ま、そんなものありはしないと思いますがね。その点においてはここにお連れする前に別のスタッフの方から念入りに説明させていただいたと思います』

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