第21話

 正直勉強は大変でした。

 近衛騎兵連隊は通常の軍務もとても厳しいのです。

 それに加えて、現役の優秀な中学生以上に勉強しなければいけないのです。

 勉強だけに集中できる中学生に勝る必要があるのです。

 血尿が出るほど大変でした。


「櫻井伍長、御使命だ」


「しかし軍曹殿。

 前回も自分が参加させていただきました。

 こういう事は、公平に全員が参加できるようにするものだと、以前軍曹殿や曹長殿から教えていただいております」


「確かにそう言った。

 だが、物事には表と裏がある。

 護衛する特命全権大使から、強く望まれれば例外もあるのだ」


 誘拐未遂事件とそれに続く一連の騒動で、俺は一躍有名人になってしまいました。

 俺に会いたいと言う、面会依頼が数多く舞い込んできたのはまだいいのですが、特命全権大使から信任状捧呈式に指名されるようになったのには、心から困りました。

 上官や同僚から妬まれてしまったのです。


 まあ、馬鹿にならない金が絡むので仕方がありません。

 特命全権大使が信任状を宮城に届ける時には、大使館から宮城まで馬車でやってきますが、その護衛を近衛騎兵連隊が務めるのです。

 そして護衛を務めた将兵には、特命全権大使から心付けが渡されます。

 役得があるのですから、誰もがこの任務に当たる事を願っています。


 当たっても全て同じと言う訳ではありません。

 特命全権大使が平民か貴族であるかで、護衛の人数が違います。

 当然心付けの金額も変わります。

 貴族でも、男爵か公爵で護衛の人数が違ってきます。

 心付けの額は雲泥の差になります。

 欧州列強の公爵が渡してくれる心付けは、二等兵には年収に匹敵する額なのです。


 公平であるべき利得のある任務に、俺だけが毎回参加するのです。

 妬み嫉みがあって当然です。

 当然なのですが、それでなくても会津出身で敵が多いのです。

 勉強で一杯一杯なのです。

 正直頭を抱えたくなりました。


「まあ、お前は真面目過ぎる。

 もうちょっと融通を利かせろ。

 皆より利得が多いと悩むくらいなら、全部散財してしまえ」


「え?

 どう言う事ですか?」


「もらった心付けを全部使えと言っているんだ。

 何も連隊全員に奢る必要はない。

 自分の中隊か小隊だけでいい。

 もらった心付けを菓子かサイダーに使ってしまえ」


「ありがとうございます、軍曹殿!

 悩みが解決しました。

 相談させて頂いて助かりました!」


「連隊長閣下も心配しておられる。

 もっと世間ずれしろよ」


「了解いたしました!」


 軍曹殿の助言通りに、もらった心付け全部を散財すると、妬み嫉みが少なくなりました。

 特命全権大使によって金額が全然違うし、休日に中隊全員で外に出ることもできないので、任務の帰りにたばこや日本酒、甘納豆やようかんを買って兵舎に戻り、護衛任務に参加できなかった仲間に買って帰りました。

 額が少なく、一袋の甘納豆を分けて食べたり、サイダーや日本酒を回し飲みしたりするのが、逆に連帯感を友情を育んでくれました。

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