第2話

 龍騎様は江戸っ子の英雄となられました。

 徳川贔屓の江戸っ子は、会津士族出身の龍騎様の境遇にいたく同情して、新聞で大々的に広め、募金を集め支援しようとしたのです。

 幕臣出身の父上様はこの好機を逃されませんでした。


 伝手を使って明治天皇陛下に奏上したのです。

 龍騎様の父母弟妹を、私の教育係として引き取りたいと。

 父上様は明治天皇陛下のお気に入りですから、即座に許されました。

 なんと言っても父上様は、幕末四舟の一人涼華刀舟の孫であり、明治天皇陛下の侍従を務められた、山岡鉄舟閣下の最高の弟子・涼華厳舟の嫡男なのです。


 父上様が龍騎様の父母弟妹を引き取られたのは、長州を警戒しての事だそうです。

 大きく削がれたとは言っても、長州の力はまだまだ強大だそうです。

 私の誘拐事件に女衒と巡査が選ばれた点からも明らかですが、長州は陸軍だけでなく、暗黒街にも警察にも隠然たる勢力を持っているのだそうです。

 その力を使って、貧民街に住んでおられる龍騎様の家族を害する可能性があったそうです。


 ですが私には長州の事などどうでもよいのです。

 父母弟妹が私の教育係に選ばれた事で、龍騎様が毎週末屋敷に来られるようになられたのです。

 常に勉学と教練で忙しい龍騎様ですが、週末に父母弟妹に会いに来られない事は一度もありませんでした。


「御嬢様。

 御尊顔を拝し奉り、恐悦至極でございます」


「龍騎様も御機嫌うるわしゅう」


 私、勉強はあまり好きではありませんでした。

 男爵家の家柄ですから、何となく同じ男爵家に嫁ぐのだと思っていました。

 幼心に、長州に対抗するために、薩州系の男爵家の嫁ぐのだと思っていました。

 ですが、龍騎様に助けられ、そんな考えは吹き飛びました。


 なんとしてでも龍騎様に嫁ぎます。

 その為の努力は惜しみません。

 龍騎様は貧しい職業軍人だと聞きました。

 ならば私は、職業婦人にならなければなりません。


 女の細腕で夫を養える仕事は限られております。

 ばあやに聞いた話では、昔は髪結いだったそうですが、今では無理だそうです。

 男爵令嬢が、結婚して女給などできるはずもありません。

 家にいながらできて、家名を傷つけない仕事。


 与謝野晶子さんのような、女流歌人や女流作家。

 野口小蘋さんや野口小蕙さんのような、女流画家。

 女性が家を支えるほどの仕事はそれ位しか思いつきません。

 その為にも、今は勉学に励まなければなりません。


 私の学業が振るわないと、教育係として屋敷に来て頂いた、龍騎様の御両親や弟妹が肩身の狭い思いをします。

 父上様や大叔父様達から学ぶ護身術でクタクタですが、弱音など口にできません。

 陸軍士官学校に入学された龍騎様の方が遥かに大変なのですから!

 

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