ベイサルナイツ
「――ってな感じやった」
タキシードとエイジャはその足でアメリの家に行き、対戦相手の情報を彼女に伝えた。ハンクには後でアメリが伝えてくれるそうだ。
「私も、兄ぃと同意見。アメリさんならいけますよ……でも油断しないでくださいね。本番は別の武器を出してくる可能性もありますから」
「ふふふっ。ありがとうエイジャさん……でも、そう来なくては面白くありませんわ。せっかくの機会ですもの。全部踏み潰してみせますわ」
そう言ったアメリが、凶暴そうに口角をつり上げていた。
「ところで、エイジャさんも良い身体をしていますわね。素敵。どう? 今度わたくしと一戦。試しに――」
「あああーっとぉー⁉ そういえばー!」
タキシードは慌てて別の話題をぶっ込んでいく。アメリとエイジャ、結構良い勝負になりそうで困る。妹に万が一があってからは遅い。
「――なんかな、最後に凄いのが来たわ」
「凄いの、といいますと?」
「おお。自分みたいな宝石甲冑を着た女騎士で、それが見たことない宝石でな。髪の毛は桃色と金髪がグラデーションになったポニーテールで……あ、それでな、武器もアメリの
タキシードの説明を聞いたアメリは「まぁ」と唖然となった。
「クラリス様がいらしたの……っ⁉ わ、わたくしも見たかったですわっ!」
すぐにアメリはキーッと悔しそうに歯を食いしばった。それを見たエイジャが「クラリスさんって誰ですか?」と聞くと、アメリが勢いよく立ち上がって両手を広げ、熱弁を始める。
「クラリス・フロリバンダ! 今、ロザリアンのベイサルナイツで最も勢いのある
「クラリス……フロリバンダ……ベイサルナイツやと……」
タキシードは、目の前が一瞬だけ暗くなった気がした。
「クラリスさんは、アメリさんと凄く似た装備をしているんですね」
エイジャがそう言うと、アメリはぴたりと語りを止め、恥ずかしそうに笑った。
「――わたくしが
「そう! あの武器、凄かったんですよ! 見ているだけでお腹いっぱいっていうか。なんなんですか、あれ?」
「クラリス様の武器は〈
そんな二人の会話はタキシードに届いていなかった。タキシードは記憶を辿っていた。あれはしばらく前のこと。季節の変わり目に手紙をもらい、タキシードが実家からの手紙だと思い込んでうっかり開けてしまった後、別の人物宛の手紙だったと判明した。その手紙の本来の宛先が、クラリス・フロリバンダ。
エイジャもろくに確認せずに内容を読み、また、なにを血迷ったのかその送り主に返信をしてしまった。それで終われば良かったものの、今度はエイジャ当てに
手紙の本来の宛先は東バミューダだった。タキシードはまずいと思った。間違いなくクラリス・フロリバンダは騎士団の関係者だったからだ。彼は慌ててイノライダーに掛け合って手紙を再度綺麗に封じてもらい、夜にこっそりと本来の宛先の住所まで届けに行ったのだ。
その時にひょっこり窓から顔を出した人物と、うっかり近くで目が合ってしまったシーンを、今、つぶさに思い出した。手紙を咥えたタキシードを見る瞳――そうだ、確かにその瞳は桃色だった。あの女はクラリス本人だったのだ。その時、彼女は髪を下ろしていたので、今日はひと目で気付けなかったが。
――夜だったし、自分の姿は見えてないと思うが……。
しかもベイサルナイツだったとは。絶対に、絶対に目を付けられてはいけない相手だ。彼女はバミューダの全権を握っていると言っても過言ではない相手。
宛先違いの手紙を届けに行ったこと自体は何の問題もない。感謝されてもいいくらいだろう。
問題は、エイジャがそのクラリスの文通相手と、こっそり文通を始めてしまったところにある。文通相手は男だ。もし……もしも、その文通相手が、クラリスが熱を上げている人物だったとしたら――。
三角関係などと、のほほんとしている場合ではない。マジで生命の危機だ。
「――アメリさんは、宝石に詳しいんですね」
「ええ。わたくしの家は宝石商をしておりますから」
「そうだったんですか。それでそんな宝石甲冑が準備できたってわけなんですね」
「その通りですわ……そうだ! よろしければ珍しい石をお目にかけようかしら。最近入ってきたばかりの宝石があるんですのよ」
「あはは……うちは貧乏なので……」
「ふふふ……見るだけで構わないのよ。わたくし、エイジャさんともっと仲よくなりたいわ。さぁ、ぜひ紹介させて。何か探している宝石はないこと?」
そういってアメリに手を引かれて奥に連れられていくエイジャ。彼女を見送る余裕もないタキシード。
クラリスの、あの視線は偶然だったのか。あるいはタキシードを認識してしまったのか。クラリスは、自分の文通相手に女の影が加わったことに気が付いているのか。そのことと、タキシードを結びつけてはいないだろうか。
タキシードは一人で器用に頭を抱え、そんな答えの出ない推理の数々にひと晩中没頭する羽目になるのだった。
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