おとり調査

 ――手っ取り早くおびき出そう。


 そう言ったエイジャの提案にタキシードを除く全員がうなずいた。


 タキシードが自分自身を収監するケージを咥えて果肉亭に戻ると、既に全員が食事完了。すぐさま南バミューダの街に繰り出すこととなった。ライチが言うには、その男は普段見かけない顔で、紫水晶アメシスト通りの近くで声を掛けられたとのことだ。そういったことで、ただいま一同、きゃっきゃきゃっきゃとかしましく紫水晶アメシスト通りに向かって行進中。


「どんなやつなん、その男?」


 エイジャがぶら下げて歩くケージの中から、タキシードが肝心な事を聞いた。


「えーっとね、明るい色のドレッドヘアをオールバックにしてて、身体は細めなんだけど、骨太で背は高いね」


「まぁ、ドレッドにオールバックは珍しいな……」


「――あぁ、あと顔が包帯でぐるぐる巻きになってて、目も口も包帯で隠れて見えなかったんだけど、その上から丸眼鏡を掛けてたかな……あと、全身に宝石ぶら下げて、それから足がピカピカ光ってた」


「えぇ……なにそいつ……そんな怪しい奴についていくなや、っていうか髪とか体格よりそっちの特徴の方が先やろ。完全に不審者やんか」


 軽く慄然りつぜんとなるタキシード。男もやばそうだが、そんなやからとお茶をOKするライチもやばい。


「あたしだって、初めは興味なかったけど、あまりにも熱心だったからさぁ……骨格はしっかりしてそうだったんだよね」


「あはは、男は見た目より中身のライチらしいね」


「人の中身ってそういう話やっ……たっけ?」


 さも当然そうに言うエイジャに納得いかないタキシード。そうこうしているうちに、三人とケージに入った一人は紫水晶アメシスト通りに到着した。


「それじゃあ早速、私とライチで手分けして近くを歩いてみよう。ミシェルちゃんはここで待っててくれる? 兄ぃはミシェルちゃんをお願いね。ミシェルちゃんが声かけられたら兄ぃが対応するんだよ」


「おう。変な奴っぽいから、エイジャも気をつけ」


 エイジャは去り際にケージを開けて、タキシードのひたいをカリカリして行った。残されたミシェルが道のベンチに腰を掛け、隣にタキシード入りのケージを置いてひと息つく。


「――綺麗な人ですね、エイジャさん……憧れます」


「ん? ああ、中身はちょっとあれなとこあるけどな」


 エイジャのよくしなる肉体美は、十人中九人の男の目を引く。残りの一人はかなり特殊な性癖の持ち主だろう。今日はノン探偵モードなので、軽快な服装がそこに更なる暴力的な破壊力を与えていた。正直なところ、最近、近所のガキどもが色気付いてきているのは、エイジャのせいなのではないかとタキシードは疑っている。


 だが事務所でタキシードと居る時のエイジャは、まだまだ子供だ。


「中身、ですか?」


「おお。エイジャはな、ああ見えてやんちゃな性格しとるからな」


「ふふっ、まさかぁ」


 ミシェルは口に手を当てて笑った。タキシードの話を冗談だと思ったようだ。


外面そとづらはしっかり者のお姉さん風味やから、エイジャのわんぱくなところを説明しづらい……っ⁉)


「タキシードさんとエイジャさんは、兄妹なんですよね?」


「――ああ、そこな。信じられへんと思うけど、事実らしいで」


「らしいって、どういうことですか?」


 ミシェルが不思議そうに首をかしげた。


「だって、ほら。自分やって生まれた瞬間覚えとらんやろ……ああ、その前にな、ワシら双子やねん」


「……ええっ⁉」


「せやからな、一緒に出てきたらしい、っていうことしか聞かされてないわけや。まぁ、そもそもの話、ワシが人の腹から出てきたのが信じられへんやろ。遡源アタヴィズムっちゅーのは、ほんまヘンテコなもんやで。……でな、スフィンクス族ってな、ペディグリオンではエルフに次いで閉鎖的な里なんや。そんでもって普通のスフィンクスの見た目はな――」


 しばらくミシェルとお互いの身の上話などをしていると、二人が別々の道から戻ってきた。どちらも浮かない顔だ。


「どうだった、ライチ?」


「いんやー、いない。エイジャは?」


「見つかんないよ~」


「……いやそれが、やな……お二人。実はそこにおるっぽいで」


 タキシードが顎でしゃくった方に全員の視線が向くと、そこにはライチの証言と一致するすこぶる怪しい人物が、遠くのベンチでごく自然に座っていた。見ると、確かに道行く女性を物色しているように見えるが、特に声を掛けている様子ではなかった。


「危なそうやったから、ミシェルに近づかん限りっとこうと思ってな」


 そう言いつつタキシードがケージから飛び出した。


「そしたらエイジャも戻ってきたし、行ってみよか」


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