短編集・ツイスミ不動産
鮎風遊
第1話 豹猫島(ひょうねこじま)洋館
長い旅路の果てにきっとある、
あなたの居場所。
これからの残された人生は穏やかに、
そして好きなように暮らして行きたい。
そんな
あなたはお探しではありませんか?
お任せください、ツイスミ不動産に。
あなたのご要望に応え、
最高にご満足いただける物件を
ご紹介致します。
こんな宣伝文句に乗せられたのか、今日も1組のシニアカップルFさんがツイスミ不動産の自動扉の前に立った。
ドアは軽やかに開き、二人は吸い込まれるように中へと。
するとカウンターの向こうから黒縁眼鏡の女性が「さあ、こちらにお座りください」と笑顔を向けてくる。
この女性はやり手の営業課長、名前は
本人は格調高く英国風にキャサリン(Catherine)と呼べと事ある毎に強要するが……。
「クワガタ、お客さまにお茶を出して」
カサリンは、背後でPC画面にのめり込み資料作成している営業員、
なかなかのイケメンだ。
そのためかカサリンはこいつが付け上がらないように、業務指導の一環のつもりでクワガタと呼んでいる。
紺王子はある日、この呼び方が気に食わず、それ止めてくださいよと文句を付けた。
「だってお前は紺王子宙太のコンチュウ(紺宙)だろ、だからクワガタ。とにかく昆虫の中でも上等なんだから喜べ。さあ、まだ青臭い王子、お仕事頑張ちゃって、早く王様クワガタになりよしね」と熟女カサリンにさらりといなされてしまった。
それはそれとして、「ようこそ、どうぞ」
紺王子がお茶をカウンター上に置くと、笠鳥課長は「お客さま、このクワガタ、いえ紺王子宙太が担当させてもらいます」と宣言し、一応美人ではあるが、やけくそぎみに塗りたくった白っぽい面を突き出した。
そしてかなりブルーな瞼をパチクリとし、「ご希望は?」と。
このトントン拍子の展開に夫婦はポカーン。
しかしクワガタと呼ばれた担当者が意外にも好青年、夫人からそこはかとなく笑みがこぼれる。
これに、さすが長年苦労を掛けたと罪悪感がしこってるFダンナ、カミさんの機嫌が良い内にと、「探して欲しい終の棲家は、そう、猫です。猫たちと一緒に残された時間を生きて行きたいのです」と言い放った。
されども、この男一徹の気合いは危険だ。
「奥さまは同意されているのですね」と責任者のカサリンが妻の顔を覗き込む。
が!
こんな大事な場面で無神経にも、クワガタ野郎は「私は犬派、ワンちゃんの方が可愛っすよ」とほざきよる。
もちろんカサリンはヒールの先で強烈キック。
だが不思議なものだ、紺王子の「イテッ!」の叫びを掻き消し、奥さまは「猫まみれの終の棲家、@%ですわ」と。
うーん、肝心な@%単語は聞き取れなかった。
だが微かに頷いた……ようだ。
こうしてF夫妻向けのツイスミ探しが始動した。
これをラッキーと言うべきなのか、1週間後に「ご期待の終の棲家、
F夫妻はこの勢いに負け、気が付けば日に2便しかない連絡船に乗船。
そして今、茫洋とした大海が望めるトンガリ帽子の洋館にいる。
確かにここでは誰に遠慮もなく猫ちゃんと暮らして行ける。
その上に島の案内人が「ほら、あそこの枝で、豹猫が休んでますよ」と背後の森に向けて指を差した。
これに促されて持参した双眼鏡でF夫婦が交互に覗く。
「あらららら、豹柄の猫が、えっ、あの子たち、ベンガルヤマネコ?」
思わず驚きの声を上げた夫人に、「多分、この島生存の家猫のDNAから古代豹猫が蘇ったのでしょう。その後私たちの努力の甲斐ありまして、今は野生化し、数10匹が森で暮らしてます」と島の案内人が胸を張った。
素晴らしい、豹猫がいる島で暮らせるなんて、と興奮する夫妻に、カサリンは伝えておかなければならないことがある。
「敷地内では、豹猫の生き餌となるネズミを飼育して、森に放ってくださいね」
さらに案内人がシレッと「それが島民の役目です」とダメ押しをする。
これにギョッと眼を剥いたシニアカップルが深い沈黙の1分後、「ところで、お値段は?」と一番肝心な質問を投げ付けてきた。
ご一同様に緊張が走る。
しかし、ここに役割分担がある。
価格発表は紺王子宙太の役目だ。
一拍後、恐い上司をチラ見し、辺り一帯に猫語を轟かせたのだった。
「お値段は、800ニャン円で~す!」
さてさてみな様、F夫妻が望む終の棲家、豹猫島洋館を800万円でお買い上げされたかどうかは、個人情報に当たるとか。
つまりツイスミ不動産としては公表できないようです。
したがって想像にお任せします。
それにしても残りの人生、野生化した豹猫とともに生きるのも案外面白いかも……、ね!
が、――、が、――、が、――、みな様なら買いますか?
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