第8話 俺は現実を知った


 バザーを巡りついでに近くにあった軽食屋で昼食を取る。当たり前のようにメルに払ってもらったがもう今更気にしたりはしない。今日は罪悪感に苛まされる一日にすると決めたのだ。

 

 てか、もうこれ普通にデートだわ。

 

 流石に手を繋いだりはしないけど、すんごい美味しい経験をさせてもらってる自覚はある。

 

 まあ、さっきの神父が脳裏にチラつくから変なこと考えたりはしないけど……

 

 そういえば、街中で冒険者ギルドなるものを見つけた。メル曰くこの世界には冒険者という職業があって、モンスターを倒して素材を売ったり財宝を見つけてそれを売ったりして生計を立てているのだそうだ。

 

 そんな説明をメルから受けていると、街の往来で泣きじゃくる一人の子供を見つける。

 

 気になって声をかけてみれば母親とはぐれたとのこと。 ほっとけなかったので慰めながら一緒に憲兵の預り所へ向かった。

 

 すると、ちょうど子供を探しに来ていた母親と運良く出会えたので子供を返して一件落着。

 

 余計な時間を使わせてごめんとメルに謝ると、何故か彼女は今日一番の上機嫌でいいですよと言ってきた。

 

 その反応が少しだけ気になっていると、役場の掲示板に貼られた一つの貼り紙に目が止まる。

 

 「剣闘技大会……?」

 

 そこにはでかでかと、グレイルド剣闘技大会開催! 参加者募る! と書かれていた。

 

 開催日時は四日後、優勝賞品が馬一頭ねぇ。

 

 なんというか、今一つ魅力に欠けるようなそうでもないような……

 

 そういえばさっきメルがここら辺は馬飼いも盛んとか言ってたっけ。 なんでもレンタルが旅人に人気だとかなんとか。

 

 「どうかされたんですか?」

 

 「ん? ああいや、ちょっとこれが目についてね 」

 

 「ああ! 街の剣闘技大会ですね!」

 

 「あれ? これってそんなに有名なの?」

 

 「ものすごく有名ですよ! ずっと昔から定期的に開催され続けていて、最初は町起こしのためにはじめたらしいんですけど、今じゃ国中から強い人達が腕自慢のために参加しにくるんです!」

 

 「へぇ……」

 

 「トートさん参加されるんですか?」

 

 「いや、いいや。それよりも午後からはどうするの?」

 

 「あ、えっと、午後は武器屋さんを見て回ろうかなって!」

 

 「おっいいね、ちょうど色んな剣を見てみたいと考えていたんだ」


 「それじゃあさっそく行きましょう!」

 

 

 剣闘技大会のことは忘れて今日一番の軽い足取りで武器屋へと向かう。そうして様々な剣を見てみるわけだが、一つだけはっきりしたことがある。

 

 やはりメルはすごい。正直街に売っている剣はどれも彼女の打ったそれとは比較にならない程の性能差がある。

 

 しかもそれが同じエメテル鉄をベースにして作られているというのだから驚きだ。

 

 

 「どうしましたトートさん?」

 

 「いや、やっぱりメルはスゴいなって」

 

 「ふぇ!? そそそ、そんな! 私なんてまだまだです!」

 

 顔を紅潮させ必死に両手をわたわたさせるメル。 彼女は決して自分の実力を褒められても否定するわけだが、どうやらそれはただの謙遜ではないようである。

 

 どういうわけか彼女の打った剣は一般人には扱いきれないらしく、だからこそ彼女は俺を頼ろうとしているとのことだが、いったい扱いきれないとはどういうことなのだろうか? 気になるな。

 

 「ねえメル。昨日言ってたよね? 君の剣は普通の人には使えないって。

 実際に他の人が使っているところを見てみたいだけど……」

 

 「ふぇ? わ、わかりました。 ちょうどダガーを一本持ってきてますし、店の中のお客さんに振ってみてもらいましょうか」

 

 メルは渋々ではあるが俺の頼みを聞いてくれて、近くにいたシーフ風の女に声をかけては自前のナイフを渡した。

 

 女は首を傾げつつも俺達と外に出てくれる。

 

 

 「で、私はいったい何をすればいいの?」

 

 「あっ……そしたらえっとこの落ち葉をワッとするのでそれを斬ってみてください」

 

 「OK」

 

 ちょうど店の外には街路樹の落ち葉が何枚か落ちている。 それを見つけたメルは数枚拾って高く舞い上がらせた。

 

 「ハッ!」

 

 女は一呼吸の内にナイフを4回切りつけて、同じ数だけ葉が切り裂かれる。

 

 「……これでいい?」

 

 「は、はい! ありがとうございました!」

 

 「あんまりこういうこと言いたくないけど平凡なナイフね。お嬢さんもう少し精進した方がいいわよ」

 

 ナイフを返し、そんなことを告げて女が店の中に戻っていく。俺達はそれを見送った後に話を再開させた。

 

 「とまあ、こんな感じなんですけど……」

 

 「……ああなるほど、そういうことだったんだね」

 

 一見、女は達人級の見事な剣技を見せたように見える。しかし俺から言わせてしまえば、あれではメルの剣の性能を全然活かせていない。

 

 刃筋通ってなさすぎ無駄な力入りすぎ。

 

 メルのナイフは丁寧に研いでいて凄まじい切れ味を誇るのだから、葉を斬るくらいならほとんど力を要する必要はないのだ。

 

 俺だったら倍の数の葉を三枚に分けることだって出来るはず。

 

 あの女はメルのナイフを批難したが、悪く言われるのはむしろ彼女の実力の方だ。

 

 いや、それはあまりに彼女がかわいそうというものか。きっとこの世界ではプロでもあれくらいの実力が普通なのだろう。

 

 つまりは、使う側の実力がメルの作る剣に追いついていないのだ。

 

 「ねえメル。君も自分で打った剣を売って商売しているんだよね? 例えばこのナイフはどれくらいの値段で売っているの?」

 

 「え、えーっと、材料費、製作時間、諸々を込みして二万カトラスです……」

 

 この国の通貨、カトラス。メルが食材を買ったりしているところを見た限りその価値はおおよそ日本円と大差がないようだった。

 

 つまり二万カトラスイコール二万円。

 

 ちなみに、ピンきりではあるが今日見た限りこの世界のナイフの相場がおおよそ五千カトラス。

 

 そんな中で、一般人には平凡な性能でしかないナイフに二万払う奴がどれだけいるのだろうか。

 

 「もしかして、もしかしてなんだけど。 メルの工房って経営難だったりする……?」

 

 「あっ、えっ、あっあっあっ。……じ、実は、はい……」

 

 「オーマイガー……」

 

 いやね? 薄々気づいてはいたんだよ? メル一人で砥石を採りに行ったり他に従業員がいないとか言ってたし、普通の会社じゃないとは言え、そんなことあり得ないだろうって疑ってはいたんだよ。

 

 それが蓋を開けてみたらどうだ。すべての答えが単純に商品が売れなくて金が無いからだったなんて、ちょっとハードモード過ぎませんかねぇ……

 

 そんなふうに心の中で溜め息を吐いていたそのときだった。

 

 「あっ! メルちゃん! こんなところで会うなんて珍しいね!」

 

 護衛らしきふたりを付けた、いかにもお坊っちゃま風の少年。歳はメルよりも一回り上といったところか? いったい誰だろう。

 

 「あっ、オズワールさん……」

 

 相手に苦手意識でもあるのか、メルは俺の後ろにそっと隠れてオズワールと少年の名を呼んだ。

 

 すると少年の機嫌が途端に悪くなる。何事かと身構えると、彼は俺を激しく睨み付けてはこう言った。

 

 「だ、誰だおまえ! なんでメルちゃんと一緒にいる!」

 

 「お、俺は谷山十斗だけど……」

 

 「トートぉ? 聞いたことないぞそんな名前! っていうかその口の効き方はなんだ!? ボクチンをオズワール商会の御曹子と知っての狼藉か!?」

 

 不機嫌そのままに少年は俺に因縁をつけてきた。こんなガキになんで敬語なんざ使わんといかんのだと思いもしたが、状況からしてあんまり失礼な態度を取るとメルに迷惑がかかりそうな気もした。

 

 「す、すみませんでした。 謝りますからその、あんまり怒鳴るのはやめて頂けませんか……? ほら、メルも怖がっていますし……」

 

 俺の服の裾を掴むメルの手が震えているのが伝わってくる。俺がそう言うと相手もそれは良くないと考えたのかトーンダウンして話を再開させた。

 

 「なんかその余裕ぶってる感じも好きじゃないな…… ま、まあボクチンは将来パパみたいなビッグな男になるからメルちゃんが他の男と一緒に街を歩いているくらい気にしないさ。ところでメルちゃん、今月分の支払いまだ貰ってないんだけど?」

 

 「あっ…… えっとすみません。もう少しだけ待ってもらえませんか……?」

 

 「はぁ~、またそれかい? 先代さんが亡くなってからずっとそうだよね?

 あんまりこういうこと言いたくないんだけどさ、こっちも商売だから、流石にボクチンがパパに口利きするのにも限度ってものがあるんだよ」

 

 「そ、それは本当に申し訳ないと思ってます……」

 

 「いや、別に謝ってほしいわけじゃないんだよ。前も言ったけどさ、経営の目処が立たないならボクチンが提案したとおり質重視の鍛造からコストパフォーマンス重視した鋳造の大量生産に切り替えるのも考えてくれないかい?」

 

 「そ、それだけは絶対に出来ません……! 今のやり方は爺ちゃんが守ってきた大事な技法ですから……! それに鋳造はどれだけ安く短時間で仕上げられるとしても品質は鋳造より数段劣ってしまいますし腕が鈍ります。私は鋳造なんて絶対嫌です……!」

 

 「じゃあどうするの? 今のやり方でやっていけるの?」

 

 「そ、それは……」

 

 「メルちゃんの夢は知ってるよ? でも世の中甘くないんだから夢ばかりじゃなくて現実も見た方がいい。

 例えばそう! 鍛治師は諦めてボクチンの、お、おおおおお嫁さんになるとか、ねっ!」

 

 「……っ」

 

 うわぁ、なんだか複雑な事情だなぁ。

 

 経営だとかコスパだとか、こんなファンタジー世界では聞きたくなかったなぁ。

 

 多分今月の支払いって組合費とかそんなのだろ? 商会とか言ってたし、払わないとここら辺じゃ商売出来ないとかそんなことに違いない。

 

 何がタチ悪いって、相手の言い分も間違ってないってところなんだよな。契約があってそれに従わないっていうのは高校生の俺でもわかるくらいにはビジネスの世界じゃ御法度だ。

 

 ……まあ、流石に最後のは気持ち悪過ぎるが。プロポーズの言葉としてはベリーベリーナンセンスだ。

 

 さあどうする。世話になった女の子がこんな状況に追い込まれていて見過ごす程俺も薄情者ではない。ここは一つ動いてみますか。

 

 「なあメル、その組合費っていうのは何カトラスなんだ?」

 

 「えっ? えと、五万カトラスですが……」

 

 「それじゃあ例えばこの間のモンスター、マイティスネークを倒したらどれくらいの金になる?」

 

 「そ、素材を全て売却するとして、幼体なら一万カトラス。 成体ならその十倍の十万カトラスくらいにはなるでしょうか……」

 

 「ん、了解。 ……えーっとオズワールさんだっけ?」

 

 「なんだ」

 

 「その組合費っていうのは俺が払います。 ちょっとモンスター狩ってきますから、あと三日だけ待ってくれませんか?」

 

 「ふーん? いいよ、君みたいなヒョロい男にマイティスネークを倒せるとも思えないけどね。三日だ、三日だけ待ってやる」

 

 ということで話がつくことになった。

 

 なんだかお節介を焼いてしまったような気もするが俺も男だ二言はない。

 

 さあ、急いで狩りに出る準備をしよう。

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