第7話 しあわせの居場所

「お前ら、この先は危ないぞ。幽霊が出るって噂があってな、この辺りのもんはみんな近寄らん!」


古い戦場跡が遠く見える。ボクらはそれを見ながら、行商人のおじさんの話に付き合っていた。この辺りの廃屋には何人も人が住んでいるが、皆この先の戦場ーー魔法で動いていた戦車が大量に放置された戦場には、近づきもしないのだという。

それは、危ないからだと彼はため息を吐いた。


「あそこは危ねえんだ、普通に行くと引き込まれるぞ」

「はあ、つまり手付かずだと。つまり、金目のものとかも戦車の中にあるかもしれないんですね?」

「お前らスカベンジャーか?死体漁りが職務じゃないんならやめとけ、やめとけ。あそこは普通の戦場じゃないんだ。あそこで死んだ奴らの死体は普通に見れるもんじゃねえ……子供には刺激が強い……」

「お金が稼げそうな香りがすっごくしますね!ねっ、ゆーさん!」

「これだから最近の若いもんは!」


割腹のいい行商人のおじさんは、がりがりと頭をかいて役者のように大仰に嘆いた。そばを通り過ぎる老人や女性がその様を見てくすくすと笑う。寂れた建物ばっかりだけれど、人通りはそこそこあってこの街は賑やかだな、と思う。

ゆーさんはおじさんに構わずにじっと戦場の方を見ているばかりだ。艶やかな黒髪が風に靡いている。


「……ゆーさん、何か見えます?」

「いや……何もいない」

「へえ……先に魔道士がきて、全部浄化したかな?確か法律でしたよね、ゆーさんの国の。霊を見つけたら即祓うべし」

「さあ。忘れた」

「そんな適当な〜……」


ゆーさんは立ち上がって、それからおじさんを振り返った。ほんの少しだけ目を細めて微笑む。


「ありがとう、色々教えてくれて。やっぱり、行ってみようと思う」

「それはいいが……ったく、何かあっても知らねえからな!……イデア女神の導きを!」

「うん、ありがとう。あなたたちにも、女神の導きがありますよう」


ゆーさんは大きな男物のコートを翻して歩いていく。ボクは頭を下げて、ゆーさんの後を追いかけた。




戦場跡は、寂れた戦車が大量に廃棄された荒れ野だった。草木が伸び放題で、花が咲いていて、蝶がひらひらと舞う。あちこちに錆びた戦車が放置してあって、それから……異様な形で、人が倒れていた。

綺麗なままで。足だけがなかったり、腹に穴が空いていたりするけれど、まるで人形のように、人が倒れている。もう50年も昔の戦場なのに、綺麗なまま。

「これは、いったい……?」

「魔法による保存原則。……魔法の力が強い土地では、植物はより寿命が長く、生物は大きく、強くなる。……この場所はたまたま、高濃度だったんだろう。溶けた蝋の中に、死体を放置したようなもの」

そう言われて、すんと鼻をならすと、空気は確かに粘性をおびている。なんというか、濃いココアを鼻から一気飲みしたみたいな気持ちになる、空気が、くどい、と感じる。

あまり吸わないように注意しながら、ボクは戦車の上へとよじ登り、入り口を開いてみる。中には人が倒れていて、やはり今も生きているようなのに、そこに生命の香りはなかった。


中へ降りる。死んでいる人が掌に握り込んでいた金色のペンダントネックレスを手に取った。よくある話だ。死ぬ直前に、どこか遠くにいる家族の夢を見る。開くと、可愛い女の子と、綺麗な女の人がこちらに手を振っていた。


「リリ、何かあった?」

「……写真ですねえ」

「……それは、売りたくない」

「右に同じく」


ボクは小さく笑って、ペンダントがついたネックレスを元どおり死体に握らせてやる。眠るように死んでいる死体に。

何気なく、その死体の顔を見た。


あっ、と声が漏れた。


「ゆーさん、この人……!」


見覚えのあるおじさんが、そこで眠るように、死んでいた。

ボクは外へ走り出た。錆びた戦車の表面を飛び降りる。赤いコートを翻して、死体の人々の顔を見る。

ああ、この顔も、この顔も、そうだ。この少女も、青年も。


「……あの村にいた、ひとたちは」


ゆーさんは何も言わずに、ただ黙っていた。その横顔だけで気がついた。ああ、わかっていたのだ。ゆーさんは、あれがもう生きていないとわかっていた。わかっていて、生きているものと同じように接し、話をして、何も気がつかないふりをして去った。

ゆーさんの国では、霊は即座に浄化すべきものだという。その規則を、彼女は破ったのだ。あれほど普段は、ルールを守る人なのに。


「……彼ら、笑っていた。幸せそうだった。天国へいくだけが幸せとは限らない」


彼女は小さく言った。


「他人を、わたしたちの尺度で測ることは、ほとんど、正しくないから。自分の居場所くらい、行く場所くらい、自分で決められる、誰だって」


しあわせの形ぐらい、自分で決めたいでしょう、と彼女は呟いて歩み去っていく。ボクは暫く足を止めて、その意味を考えてから後を追いかけた。

「つまりボクと一緒にいるのもゆーさんが選んだしあわせってことですか?」

「……さっさと歩いて」

空が夕暮れに染まっていく。銀色の星が、銀砂でも散りばめたように輝き始める。あの村からも、このうつくしい空は、天国では見えないであろう空は、見えるだろうか。

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