第2話 囚われてアイラブユー

ゆーさんがあまりに好きすぎるので彼女を監禁するごっこをしようと思った。窓の外は雪、ぱちぱちと薪が燃える音が部屋の中に響いている。ボクに囚われの身となったゆーさんは大人しくベッドの上にいて、白い毛布をまとってもこもこになっていた。

「ボク、ゆーさんを閉じ込めてるんですよ」

「うん」

「嫌じゃないんですか」

「別に」

張り合いがないな……と思った。どれだけ好きでもこれじゃだめじゃんとも思った。男として全然意識されてなくないか、ボク。

「ボクが何か変なことするかも」

「例えば?」

「えーあー……あつあつココア一気飲みさせるとか……」

「何それ」

新手のSM?とゆーさんがちょっと笑ったので、ボクも釣られて笑った。……おかしいなあ、監禁してるはずなんだけど。そう思いながら、ボクはおもむろにかけてあった赤いコートを手に取る。ゆーさんはベッドの上で、相変わらずもこもこに包まれたまま動かずに言った。不精だなあ、ゆーさんも。

「……リリ。どこ行くの」

「お昼ご飯を買いに行こうかと」

「わたしも」

「だめですよ、ゆーさんは部屋にいてくれなきゃ」

「そう……」

そう、ボクはゆーさんを監禁しているので、外には一歩も出さないのだ。ぱちぱちと炎の揺れる部屋の中、彼女を閉じ込めたまま外に出る。雪の街は、ふわっと白い息が凝るようだ。

人通りの多い賑やかな表通りを歩いていくと、商店街に出る。淡い粉雪が降りしきる、砂糖のかかったような露店を幾つか回って、あつあつの缶入りシチューや、アップルパイを買い込んだ。ゆーさんは甘いものが大好きなのだ。

「おやあんた」

不意に声をかけられて、ボクは振り返った。露天商の太ったおばさんがボクのことを真っ直ぐに見ていた。なんだろう。背中がちょっと寒くなる。どうしよう、ボクが美人を一人監禁していることがバレたんだろうか。やばいやばい。バレたかな。夜な夜なゆーさんのベッドに潜り込んで文句を言われてることとか、それでもひんやりしたすべすべの肌にどうしたってくっついちゃうこととか。

「……あんた、あそこの宿に美人な娘さんと二人で泊まってる子だろう?二人分じゃ一缶じゃ足りなくないかねえ」

おまけだよ、と硬めのパンを投げ渡された。

「あ、……ありがとうこざいます!」

「いやいや、いいんだよ。二人でお食べ」

ボクは笑顔でパンとシチューとアップルパイを持って宿へと戻る。そうか、バレてないんだ。監禁してるなんてこと、誰も知らない。ゆーさんはボクだけのものだ。

という、ただのごっこなんだけど。


ボクは部屋に帰った。ゆーさんは相変わらずベッドの上にいて、ボクが帰ってくると言った。

「おかえりなさい、リリ」

「ただいま、ゆーさん。アップルパイと、パンと、シチューを買ってきたよ」

「……ありがとう」

ゆーさんは微かに微笑んだようだった。


ボクはベッドに座って、ちょっとため息を吐いた。おもむろにベッドの上のゆーさんに向かって足を振り下ろした。激しく踏んだ。蹴った。

「なに、やめて、」

「うるさいよ」

ベッドから蹴り落とす。小さくゆーさんが悲鳴をあげた。宿に置かれていた花瓶を持ち上げて、容赦なく頭に、振り下ろした。


すると、ゆーさんそっくりだったボクの作った魔導人形はパリンと硝子みたいに砕けて消えてしまった。


「……違うんだよなあ、ゆーさんはそうじゃない」

ボクは呟いた。違う、違う。こんなんじゃない。これはゆーさんじゃない、代わりにもならない。

「もっと素っ気なく、だけどちょっと照れてありがとうってはにかんでくれなきゃ……」

やっぱりあの笑顔は、本人にしかできないものなんだ。


ボクは壁にかけられたカレンダーを見る。この雪の街から、ゆーさんが肉を仕入れると出ていってもう三日。一週間はここで待機だ。人形遊びはもう飽きちゃったのに。ボクは誰もいないベッドに横たわって目を閉じる。今ここにいないゆーさんのことを、ずっとずっと、考えている。


本当に『囚われ』ているのはどちらなのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る