隣のキミであたまがいっぱい。

城崎/MF文庫J編集部

プロローグ

「おはよう!」

「おはよう。新学期の朝から元気いっぱいだね」

「新学期だからこそだよ! っていうかウチら、二年生でも同じクラスだといいよね!」

「そうだねー。もう表貼られてるっぽいし、早く見に行こうよ」

(どうしてアンタなんかと二年連続で同じクラスにならないといけないのよ。こっちから願い下げだわ! ああ、神がいるのでしたら、どうか、どうかコイツと違うクラスでありますように!)


(うわ、如月きさらぎさんだ。えぇ、今も考えていることを読まれているのかな。そんな超常現象じみていることは信じないほうがいいんだろうけど、学校中で噂されるくらいだもんなぁ。やっぱり本当なのかも知れないし……)


 下駄箱前に貼られているクラス替えの表から、私の名前を見つけます。如月の名字を持つ人はこの学年にはほかにおらず、簡単に見つかりました。何人かとは去年から引き続き同じクラスであることを確認し、指定されたクラスへと向かいます。

「あっ、やったね。二年生でも同じクラスみたいだよ俺たち。嬉しいなぁ」

「は? 別に。同じクラスだからなんだよ」

(良かった。コイツと違うクラスだったらどうしようかと春休みから気が気じゃなかったんだが、どうやら杞憂だったみたいだな。今年も色々と世話になるぜ)


(今日も美しいな如月さん……様々な噂があって近寄りがたい雰囲気があるけれど、それがまた良い!)


(全然知らない人ばかりのクラスだった……もう既に知り合い同士でグループが出来上がっているだろうし、新しく友人を作るのは難しそうだ。休み時間とかは、ほかのクラスに行くしかないかなぁ)


(ずっと好きだった人と同じクラスになれた! めちゃくちゃ嬉しいから、今年は色々と頑張ろう!)


 教室の扉を開けると、その音で中にいた生徒が一斉にこちらへと振り返ります。しかし皆、一様に『なにも見なかったかのように』視線を元に戻しました。

(あの如月さんも、同じクラスなんだ)


(じゃあつまり、一年間なにを考えているか読まれ続けるってわけか? うへぇ、幸先の悪い話だな)


(相変わらずの美人だけど、きれいなバラには棘がある、を体現しているような人よね)


 いえ、皆ではありませんでした。一人の男子生徒が、まだ視線をこちらへと移したままです。彼の思考はこちらまで届かず、なにを考えているのか分かりません。もっとも、なにを言われたところでいつも通りなので、気にしないでおこうと、黒板に書かれている自身の席を確認しました。私の席は、どうやら先ほどの男子生徒の向こうにあるようです。再びそちらのほうを向けば、男子生徒は既に本へと視線を戻していました。当然のことだと言えます。私はその横を通ろうと、足を進めました。

 ふと、頭の中が静かになります。今まで聞こえていた有象無象の思考が途切れ、脳内があり得ないほどにクリアです。それはまるで、誰の思考も聞こえていないような状態でした。しかし、すぐに誰かのため息が聞こえ始めます。すぐそばには、先ほどこちらから視線を逸らすのが少し遅れた男子生徒。

(こんなにきれいな人が、同じ学年にいたのか。俺の好みじゃないけど、きっと人気があるんだろうな)


 脳内に響き渡るのは、ただ一人の思考。その人は私のことを一切知らないかのように、そんな感想を溢したのでした。

 未だかつて味わったことのない感覚は、自らの席へつく頃には元に戻っていました。

 気のせいでは済ますことは出来ず、世界が変わったといっても過言ではないくらいの感覚です。あれほどまでの静けさは、一体どのようにして発生したのでしょうか。いえ、なんとなく原因の目星はついています。前にいる、引き続き本を読んでいる男子生徒のせいでしょう。そうです、きっとそうに違いないと、私の第六感が訴えかけてきます。すぐにでも確かめたいと思いましたが、あまりフラフラしていては不審だろうと考え、いそいそと席につきました。溢れるため息の深さでも、自らの動揺がうかがえます。

 驚きで速くなる鼓動はまるで噂に聞く『恋心』のようで、思わず『この感覚が誰にも伝わってしまいませんように!』なんてことを考えてしまうのでした。


 ○


 その後、私のことを知らなかった男子生徒の名前が宇佐美うさみ北斗ほくとであること、彼の趣味が読書であることを知るのと同じく、『彼の近くにいることで、彼自身の思考以外が流れてくることを遮断してくれる存在』であることが判明しました。一介の男子高校生がそんな貴重な存在だと知ってしまった私は、好奇心から彼に近づくことを決めたのです。

「宇佐美北斗さん」

 放課後。教室内で一人、黙々と読書に勤しんでいる彼に声をかけます。彼は、『ライトノベル』と呼ばれる本からゆっくりと顔を上げました。彼がこのところ読んでいるシリーズの内の一巻です。物語の内容は、とある能力を持ったヒロインと、それを無効化することの出来る主人公が冒険を繰り広げながら絆を深めていくというもの。そのような内容であると彼の思考を通して知ったとき、まるで自分たちのようだと思って、思わず胸が高鳴りました。人の思考を読むことが出来る私と、彼以外の思考を読めなくする北斗さん。自分でいうのもなんですが、ライトノベルの中の二人のように良い関係を築けていけるのではないかと、期待してしまいます。

「……はい?」

「私は、あなたの思考を読むことが出来ます」

 彼は無言で、『なにを言っているんだこの人は』と問いかけてきます。それでもめげずに視線を送り続けると、私が立ち去る気配のないことを察して、彼は口を開きました。

「……じゃあ、俺が今から考えることを当てられるんだな?」

「もちろん。どんな長尺でも構いませんよ」

「分かった。それなら……」

 そうして紡がれた彼の思考は、なかなかに読み応えのある面白さを持っていました。どこが面白いのかを具体的に言うのは難しいのですが、とにかく興味深いのです。

 しばらくの間になるかもしれないけれど、私は、彼が主人公である人生という名の物語のヒロインになることを決意しました。彼は不服でしょうが、優しそうに見えるので、そんなに強く否定されることもないでしょう。きっと大丈夫だと信じています。

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