第二章『七月六日(二回目)』その0

 ──それは、とてもしあわせなユメの記憶。

 笑っているのが、よく見えた。ほかの誰でもなく、この僕の笑顔が、僕に見えた。

 それは世界を俯瞰しているみたいな、肩の後ろから自分を覗き込んでいるかのような、曖昧であり得ない三人称の夢の視点。映画を、作中から眺めているような気分になる。

 僕は楽しそうに笑っていた。

 あまりにも幸福そうで、それが自分であるとは思えないくらいで、けれど確かに間違いなく、そいつは冬月伊織の姿で。違いはひとつ──彼は、まだ中学生の姿をしていた。

 周囲には多くの人がいる。

 そのひとりひとりが、誰なのかはわからない。きっと知っている人間なのだと思うが、輪郭は曖昧で表情は掴めない。ただなぜか、何気ない風景なのだという確信があった。

 そう思った直後、まるで霧が晴れていくみたいに、視界がどこか明るんでいく。

「──楽しいね……!」

 誰かが言った。僕に対して。

 周囲にいる誰かのうちのひとりだろう。誰かはわからないが、聞き覚えのある声だ。

「楽しいね」

 と、僕が答える。

 そこに見えている中学生の僕が。

「こんな時間が、ずーっと続けばいいのにね」

「そうだね」

「ほかのものなんて、なんにもいらないのにね」

「そうだね」

「なのに」

 ──なのにどうして、夢を壊してしまおうとするの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る