幕間『双原流希』

「──流れ星を拾いに行こう!」

 最初にそんなことを言い出したのは、さて、誰だっただろう。

 流希だったような気もするし、僕が自分から言い出したような気もした。

 小学生と絡んでいる、と知られるだけでご父兄諸氏に顔をしかめられかねない、全身不審者のナナさんから教わった《星の涙》の伝説。この話が、僕は好きだった。

 古来から《願いをかなえる万能の道具》の話は枚挙にいとまがないが、そのハードルも相応に高いのがお約束だ。魔人が出てくるランプは砂漠の迷宮にあるはずだし、七つのボールを集めようと思えばそれこそ世界中を巡らなければならない。

 その点、空から降ってくる流れ星が、自分の住む街に落ちたというなら話は楽だった。冒険が近所で済むのなら、元手もまったくかからない。

 降っている間なら願いを三回唱えるだけで叶えてくれるはずが、落ちてしまうとなぜか交換条件を要求してくるのは困ったものだが、その辺りは星側にも言い分があるだろう。

 そもそも。僕には別段、叶えたい願いがあったわけじゃない。

 小学生の僕にとって、ななかわ公園の丘は冒険の終着点として格好の場所だったのだ。最後には《星の涙》というご褒美まで待っている。ひと夏のおもとして、これ以上はない。

 ──ただ、《流れ星をみんなで拾いに行った》という過程が欲しかっただけ。そういうことだったのだ。

 だから、僕は流希とふたりで星を探しに行った。僕の記憶では、そうなっている。

「悪いことをするなら夜に限る。お天道様が見てない夜こそ、悪事を働くチャンスだぜ」

 流希からそんな言葉を聞いたのは、そのときだっただろうか。

 よく覚えていない。当時のことを思い出そうとすると、今でも頭にもやがかかる。

「でも、太陽の代わりに星が見てるぞ。俺たちが悪いことしてるの、バレてるじゃんか」

 確か僕は、そんなふうに答えたのだったか。

 天邪鬼あまのじやくな性格は、実のところ、あの頃とあまり変わっていない。

「だからいいんじゃない」

 そんなふうに、流希は言っていた。

 あのときの僕には、その言葉の意味なんてわからなかった。

「──だって。それでも誰かは見てくれている。いいところも悪いところも。それって、素敵なことじゃない? きっとわたしたちは、誰かが見てくれてないとダメだからさ」

「そういうものかな」

「そうだよ。少なくともわたしは、おりくんが見ててくれたら楽しいし! 最近はあまりいっしょにいられないけど、だからこそ、今までよりもそう思うな」

 ああ。そういえば、そんな会話をしたのだったか。

 徐々に記憶が想起されていく。脳の、あるいは心の奥深く、鍵をかけて封じられていた思い出が解かれるように。と、まるで誰かに告げられるような。

 だから僕は、これが《夢》だと自覚した。

 僕の頭はぐちゃぐちゃだ。自分で星の涙を使ったのは一度きりだし、そもそも二度目はないけれど、星の涙が関係する事件に関わったのは一度だけではないのだから。そいつが関わっている以上、きっとどこかで思い出がゆがんでいる。

 が、僕を記憶していないように。

 とうが、りゆうであると認識されているように。

 僕が、どうしても思い出せないものがある。

 こいつはきっと、夢の中だけで許されたおとぎばなしみたいなもの。起きればその記憶をまた失う、どこかで空に返してしまった──大事だったはずの、何かなのだ。

「これが、友情のあかしだよ!」

 夢の中で流希が言う。

 その笑顔を。僕はもう二度と見ることができないのだと思い知らされてしまう。

 けれど、それは当然のこと。

「使わずに取っておく、友情の証。大人になっても、いつまでも! 星の涙を持っている限り、友達でいようって誓えるでしょ? だって友達でいることなんて──お星様に頼むことじゃないんだから! わたしたちには必要ないってもんだぜ、そうでしょ?」

 その約束を、僕は破った。

 星の涙に頼ってしまった。

「ね、おりくん! 伊織くんは、わたしの初めてのお友達だから。だからさ」

 そうだ。ふたはら流希は、僕にとって初めてできた友達だった。

 いちばん大切な友達だった。

 なのに──。


 ──次に会うときも、きっとまたわたしと、友達でいてね──。

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