ピンチ
目覚めた照夫と落ち着いた朔夜が吸血業界について激論を交わし始めたのを尻目に俺は遥の姿を探す。
「加藤。遥はどこだ?」
加藤は熱心にスマホをタップしていた。メモ帳か何かのアプリで文章を打っているのがチラッと見えた。
「あれ、そういえばいないな。さっきまでテル×アキに夢中になってたからいつからいなくなったか検討もつかん」
「オーケー分かったサンキュー」
分かった。加藤が俺と照夫でどんな想像をしていたのか。スマホにどんな文章を打ち込んでいるのか。
小野や甲斐さんにも聞いてみたが、知らないという。
スマホにメッセージは届いていない。電話も出ない。
嫌な予感がした。思い上がりかもしれないが、遥なら、俺と照夫の勝負がついた時、真っ先に駆けつけてくれたはず。それがない上に、連絡もつかない。
嗅覚を鋭敏にさせ、遥の体液のにおいを探る。
吸血鬼になって嗅覚が強化されているのに加え、俺は遥の体液を何度も摂取してきた。においは強烈に焼き付いている。きっと見つけられるはずだ。
校門近くまで歩いたところで、ついに俺の鼻が遥のにおいをとらえた。
敷地外。学校からほど近い雑木林の方面。
真っ直ぐ遥のいる方へ駆ける。
獣道をかきわけていくと、他のにおいも混じっていることが分かった。どこかで嗅いだことのあるにおいだ。
吸血鬼の嗅覚はエサたる異性にのみ働く。つまり遥は複数の女性と一緒にいるってことだ。
「遥、こんなとこで何してんだ」
雑木林の中にぽっかりあいた、小さなスペース。
「あっくん?」
囲まれていた。敵意ある目つきをした他校の女子四人に。
「うわー彼氏的なやつきたー」
「またアタシらの邪魔しにきたの?」
「つかここまで追ってくるとか」
「帰れよ。およびじゃないってーの」
剣呑な雰囲気を放つ女子たちが、一斉に俺を鋭くにらむ。
昨日、アイス・ランドではち合わせた時と同じく、関わってくるなオーラ全開だ。
「お前等、遥をこんなとこに連れ込んで何してた?」
「まだ何もしてねーよ」
全員、美人のはずなのに、ひどく醜悪に見える。
「んじゃそこに落ちてる遥のスマホは何だ?」
遥の近くの木の根本に、画面の割れたスマホが落ちていた。
「そいつがこそこそ誰かに連絡しようとしてたのが悪いんだよ」
「何が悪いんだよ。四人がかりでこんな人気のないとこに連れ出されたら身の危険を感じるのは当然だろうが」
「ごちゃごちゃうっせーな。そいつの彼氏じゃないなら引っ込んでろよ」
昨日も言われた台詞。彼氏じゃないくせに。それ言われると、無性にむかむかするんだよ。
かばうように、遥の前に立つ。スマホを壊されてるんだ。既に被害は出ている。さらなる被害が出る可能性は否めない。
「なんで彼氏じゃなきゃいけないんだよ」
「だってこれ、女同士のコイバナだし。部外者は引っ込んでろっての」
「コイバナ? とてもそんな風には見えないが。それに、部外者じゃない。俺は遥の幼なじみだ」
「幼なじみ? それが? 結局彼氏じゃないんじゃん」
「彼氏じゃないよ。でもな、遥のこと大切に想ってるんだよ」
「それって片想い? ならちゃっちゃとくっついてよ、その方が好都合だし」
「だから! 何で恋愛に結びつけなきゃいけないんだよ! それしか考えられないのか! なんで人を想う気持ちに名前をつけたがるんだよ! 俺と遥の関係は親友に似てるが少し違う。幼なじみとしか言えない。でも、だから何だ? 大切な人を助けたいってのに理由は必要か? お前等が何のつもりで遥をここに連れ込んだか大体分かる、大方、照夫に近づくなだのたぶらかすなだろう。全部見当違いだ。照夫が一方的に遥に一目惚れしただけで、遥側からの接触は一切ない。それに、照夫は今さっき、遥に金輪際近づかないって約束した。お前等の心配事はこれで消えただろ。分かったなら、もう俺たちに関わらないでくれ」
なぜ遥が責められなきゃいけない? おかしいだろ。仮に遥の方から照夫にアプローチがあって、照夫がそれを受け入れたとしても、こいつらにとやかく言われる筋合いはないはずだ。
「は? なに急にべらべら話し出して。引くんですけど。つかテルくんがそんな約束したとか関係ないんですけど。アタシらの腹の虫がおさまらないからそいつシめようかって話なんですけど」
「自分が何言ってるのか、分かってるのか? 気にくわないからってシめるとか、そんな幼稚なことが認められるわけないだろ!」
「正論うっざ。もうおめーごとやるわ」
四人の女子がじりじりと近づいてくる。
俺は身構えた。女子に手を出したくないが、遥が危害を加えられるかもしれないこの状況ならいたしかたない。
「これから動画撮るから。もしおめーが手ぇ出したらSNSにアップするわ。女子生徒に暴力振るった男子生徒ってことで社会的に終わるんでそこんところヨロシク」
四人中一人がやや離れたところでスマホを構えている。
くそ。こうなったら、こいつらの気が済むまでひたすら耐えるしかねえ。
遥に一指たりとも触れさせない。触れさせてなるものか。
先頭、目の前にいた女子が俺の頭めがけて蹴りを放ってくる。
とっさに腕をあげてガード。筋肉に力を込めて踏ん張ったため無防備な状態の時より緩和されているだろうが、やはり、痛い。しかしこんな見事な回し蹴りができるなんて。こんなことよりもっと他の使い道があっただろうに。
次の攻撃に備え、四人それぞれに視線を走らせる。こいつらの思い通りにはさせない。全員疲れ切って動けなくなるまで、余裕の表情で耐えきってやる。
次は逆サイドから同じような回し蹴り。
蹴りと同時にふわりと香る、におい。
照夫選りすぐりのドナーとあってなんと美味そうなにおいだろう。
その時、俺は唐突に天啓を得た。
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