自分で考えろたわけ

 朔夜と遥が正気に戻るまで時間がかかりそうだったため、今日の朝食は俺が作った。作ったと言っても二人ほど手の込んだものじゃないけどな。

 トースト、生野菜サラダ、焼きソーセージにスクランブルエッグ。そしてコーヒー。


「アキヒロよ、随分やつれて見えるのじゃがどうした? 昨日ぬしに言われたゆえ、朝、体液を提供してやったというのに」


 そう。俺も誤解していた。アレは修行ではなく、単なる体液提供だったのだ。しかもご丁寧に、物足りなくなってきた汗ではなく、唾液を直接提供してくれた。おかげで大変なことになったのだが、吸血欲求はこの上なく満たされた。


「それはありがたいんだけど、方法がな」

「唾液を保存し提供することもできたのじゃが、まだ人間的感性が残るぬしにそれは酷かと思ってのう。気を利かせて直飲みさせてやったのじゃ。他意はないぞ! 決して!」

「お、おう」


 遥が朔夜をジト目で眺めている。何をそんなに疑っているんだか。


「しかし、まさかぬしにしてやられるとは。実戦の中でこの我を優に越えおった。才能がないとはいえ、それでも幼き頃より鍛錬を積んだ我にじゃ。後半、あまりに上手であたし、ドキドキしちゃった(ハート)」

「じー」

「ごふん。あー、ドキドキしたぞ。これからどんな怪物に育つのか、期待に胸が高鳴ったという意味でな! 他意はない!」

「じー」

「その疑わしげな目をやめるのじゃハルカ!」


 さっきから何のやりとりをしてるんだ朔夜と遥は。


「あっくん、さっきはごめんね? 痛くなかった?」

「あの時は痛かったけど今は全然」

「そっか。よかった」

「いや、朝からあんな光景見せちゃった俺が悪いんだし」

「そんなに唾液って美味しいの?」

「それはもう。汗よりよっぽど」

「ふぅん。わ、私もドナーとして、覚悟を決めておかないとね」


 頬杖をついて明後日の方向を見ている遥。え、それって。


「いやいやいやいやいや、しないってあんなこと!」

「しないの?」

「しない!」

「……ふーん」

「なんで若干不機嫌になってるんだよ。遥も嫌だろ?」


 好きでもない異性と大人のキスなんてできない。朔夜は例外だけど。


「そりゃあ舐めることしか考えられない欲望に素直なあっくんにされるのはね」

「言い方に悪意があると思います。そういうのよくないと思います」

「さって、朝ご飯食べちゃったし、片づけようかな。美味しかったよあっくん。ごちそうさまでした」

「なんでそんな不機嫌オーラのまま会話を切ろうとするの!」

「知らないよーだ」


 遥は手際よく食器を洗って、先に出て行ってしまった。


「なぁ、朔夜。俺のどこに落ち度があったと思う?」

「自分で考えろたわけ」


 脛に蹴りが炸裂していくぅ!

 先ほどまでの上機嫌から一転、ゴミムシでも見るかのような目でにらまれている。あ、なんか興奮してきたかも。 


「辛辣だなオイ」

「ぬしはもっと人の機微に敏感になれ。人の、というより女の、か」

「うーん。それは難しいな。彼女とかあんまり欲しいって思わないし」

「むーん。これは中々手厳しいな……」

「手厳しいって?」

「ぬしもはよう登校せい。時間が迫っとるぞ」

「あ、ほんとだ」


 朔夜に言われ、慌てて準備する。

 遥の怒り度、俺の見立てだと小、多くて中程度くらいだから、次顔合わせた時はもう気にしていないだろう。

 家を出る前に、用を足そうとトイレへ向かう。

 ん、なんだこの張り紙。

 検尿忘れずに!

 そうだ。今日は検尿集める日だった。忘れてた。ってか俺保健委員だから朝クラス全員の集めて保健室持ってかなきゃいけなかったんだ。遥のやつ、だから早めに出たんだな。

 言い忘れていたが、俺と遥は二人とも保健委員だ。示し合わせたわけではなく、偶然そうなってしまった。育った環境が似てると行動や嗜好も似てくるのだろうか。

 学校で配られた検尿用のプラスチック試験管に採尿し、トイレに用意されていたビニール袋へ入れる。 

 走って遥に追いつかねば!

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