光に導かれるまま

 全ての力をこの一撃に注ぐサリシュは、額から玉の様な汗を幾つも流し鼻からは血が滴っている。

 目を見開き、全身の苦痛に耐え、それでも集中力を切らさずに術の行使に全てを注ぎ込んでいた!

 そして……そこまでして、ようやく必要となる魔法力の充填を果たす事が出来たんだ!


「ラ……雷轟ライトニング・ロアー―――ッ!」


「グワア―――ッ!」


 サリシュの宣言に呼応して魔術師の杖に埋め込まれた宝珠が光を放つと同時に、「人型」の頭上に雷光が出現し、そこから発した無数の雷撃が「人型」を呑み込んだ!

 今の俺達では到底放つ事の出来ない攻撃だが、それでも「人型」には足止め程度にしかならないだろう。

 全くダメージがない訳でもないだろうが、それでも倒すまでには至らない。

 せいぜい、数秒動きを止める程度だ。

 全ての力を使い果たしたサリシュが床に倒れ込む音が後方で聞こえたが、すでに「人型」との距離が至近となっている俺達に彼女の身を案じている暇はない!




 ―――そして、奴に近づく事が出来たなら……これを使う!


 ―――……これは?


 ―――これは、普通なら地下深いダンジョンや高い塔から、一瞬で脱出が出来るアイテム「異界の札」だ。


 ―――脱出っ!? 隙を作って、ここから逃げるって言うの!?


 ―――いや……今は使用条件を満たせてない。それにこのままここを脱出しても、奴は追って来る可能性が高い。下手に逃げれば、関係ない人達まで巻き込んでしまうかもしれない。


 ―――……それやったら、どないするん?




 僅かに動きを止めた「人型」だったが、予想通りその効果は一瞬だった。

 だがそれで、俺とマリーシェはもう「人型」に手の届く所まで接近出来た!


「オ……オノレッ!」


 怒りの感情を露わとした「人型」が、右手の指を俺達に向けて放った!

 思った通り……と言うか俺の願望通り、抵抗する俺達に予想外の攻撃を受けた奴は冷静さを欠き、やはりこちらの注文通りの攻撃を繰り出して来てくれたんだ!

 瞬時に伸びるその指はカミーラを捉えているロープの様に柔軟なものでは無く、明らかに殺傷を目的とした槍の様な形状をしている!

 広範囲を巻き込む攻撃やら魔法を使われていたらこちらが終わっていた処だが、この辺りの心理は人間に近いらしい。


 鋭く伸びた指は、俺とマリーシェの幻影を2体ずつ貫いた! 

 だがその指もまた虚しく空を切り、後方の床へと突き刺さる!

「人型」からは、焦りとも怒りともつかない雰囲気が一気に湧きあがる。中には苛立ちも含まれていたかも知れないな。


「こっちよっ、ばぁかっ!」


 そして更に、奴の神経を逆撫でする言葉と「攻撃」がマリーシェによって繰り出された!

 全ての幻影が消え失せた代わりに本物のマリーシェが出現し、彼女の繰り出した掌底が「人型」の胸に! 

 その手には、俺がさっき渡した「異界の札」が握られていた!

 標的に張り付いた札は、その発動を促す若干の魔力を彼女から吸収し、淡い光を湛えている!




 ―――この「異界の札」は、戦闘中以外の時に使えば、そこから脱出できる……。でも戦闘中の敵に使えば、その敵を異空間へと消し去る事が出来るんだ。


 ―――へぇ―――っ! そんな便利なアイテム、初めて聞いたよ!


 ―――……そしたら、アレクかマリーシェのどっちかがその札をあいつに張ったらええって事……?


 ―――いや……この札だって、そんな万能なんかじゃない。相手とのレベル差が開けば、その発動確率も急激に下がる……。


 ―――じゃあ……!


 ―――その代り、複数張れば確率も上がる。俺の見立てだと、3枚も張れば奴を異空間へと放り込む事が出来る……と思う。


 ―――なんか、行き当たりばったりね―――……ふふっ。




「コノ……ゴミガ―――ッ!」


 攻撃を受けた「人型」は、即座にマリーシェの方へと顔を向けた!

 そしてそのまま、その右手で彼女を血祭りにあげるつもりだったんだろうが。


「グフッ!?」


「人型」が彼女を攻撃する前に、俺は奴の顔面に札を張り付けたんだ!

 いきなり顔面を遮られた「人型」は、マリーシェに攻撃する手を止めて注意を俺の方へと向けた!

 よしっ! ここまでは完全に俺の思惑通りだ!


 如何に作戦とは言え女性にこんな危険な役回りを任せるのも、後で回復させるとは言え傷つかせるのも俺の趣味じゃあない。

 どうせ成功率は五分五分なら危険な役目は俺に引き付けた方が、後々俺の気持ちが良いに決まってるからな!


「これで……消えっちまえ―――っ!」


「人型」が体をこちらへと向けながら剣と化した右手を俺に突き刺すのと、俺が奴の身体に「異界の札」を張り付けるのは殆ど同時だった!


「ごふっ!」


 俺の受けた傷……これは間違いなく致命傷だ。

 如何に今持つ「最上級回復薬エクス・ポーション」を使ったとしても、恐らくは間に合わないだろう事が俺には分かった。


 だが……これも計算の内だって……お前には分かったかよ?


 俺に怒りをぶつける余り、その攻撃は俺の身体に深々と突き刺さった。

 そのせいで奴は次の行動を取るのがワンテンポ遅れてしまう結果となったんだ。

 そしてそのお蔭で、返す刀でマリーシェが襲われる事も無くなり、意識が途切れるまでのほんの一瞬でこの行動を取る事が出来たんだ!


「コ……コレハッ!?」


 奴の身体に、三枚目の札が張り付けられる!

 それと同時に、奴の身体から漆黒の球体が出現し「人型」を瞬時に呑み込んだ! 

 奴の身体が黒球に呑み込まれると、カミーラを縛っていた「人型」の左手も俺を貫いていた右手も消え失せた。

 そして自由となったカミーラと……俺はその場に倒れ込んだんだ。


「ア……アレクッ!? ちょっと、アレク―――ッ!」


 急激に遠のくマリーシェの声を聴きながら、それでも俺はこの作戦が成功した事に満足を覚えていた……。




「……で? 漸くここに戻って来たって訳ね?」


 俺の目の前では、浮遊する半球体ワーキング・デスクの中で頬杖をついて不満そうなフィーナがこちらを半眼で見つめながらそうぼやいた。


「は……はは……まあな」


 それに対して俺は、頭を掻きながらそう答えるしかなかった。

 確かに俺は、彼女に「早く死ぬように」と言われていた。

 それが1日たっても2日過ぎても来ないのだから、彼女が不機嫌なのも分からない話じゃない。


「それで? もうやり残しは無いの?」


 彼女は以前、「記録セーブ」を無償でしておいてくれると言っていた。

 つまり彼女の言葉は、早速「記録場所セーブ・ポイント」に戻しても良いかと言う問い掛けだった。

 それは数日前と同じ場所であり……恐らくは違う世界でもあるのだろう。

 寸分の狂いもなく同じタイミングで同じ動きをし、一言一句間違える事無く前回と同じ会話を行える者は、恐らくはいない。

 何がどんなきっかけでその後に影響を与えるのか分からない以上、今回と同じ出会いや結末を迎える事は出来ないと考えた方が良い。

 それを考えれば、やり残した事や言い忘れていた事なんかは山ほどある。

 もっとも、今回はそんな事を思案する必要も無いんだがな。


「いや……それが……その……」


 フィーナの問い掛けに対する俺の返答がハッキリしないのを聞いて、彼女が不機嫌そうな顔を向ける。


「なぁに? まさかまた、『以前のレベルと装備で―――』なんて言うんじゃないでしょうね? 言っとくけど、あんたが30歳でレベル85だった時の記録なんて残って無いし、如何に女神だと言ってもあんたを勝手にそこへ戻す事なんて出来ないんだから―――……」


 どうやら彼女には随分と警戒されているらしい。

 まぁそれも、仕方ないと言えばそうなんだけどな。

 だけど、今回はそう言った理由じゃあないんだ。

 フィーナが全ての言葉を言い終える前に、その言葉を押し留める様に俺の身体から光が発せられた。

 内側から発する光は、どこか暖かく優しさを感じるものだった。


「ちょ、アレックス!? あんた、まさか……!?」


 俺に起こった現象がどういったものなのか悟ったフィーナが、俺を引き留めるかのように声を掛けてきた。


「まぁ、そういう事なんで。あの話はまた今度な」


 俺は、俺から発する光の赴くままに身を委ねた。

 その光は更に強さを増し、俺の全身を完全に包み込んで行く。


「ちょっ、アレックスッ! 待ちなさいよっ! スキルはどうするのよ―――っ!」


 光の中で聞いたフィーナの声は、それで最後だった……。




 ―――この作戦が上手くいっても、誰も傷つかない……死なないって保証はどこにもない。


 ―――そりゃあ……そうよね……。


 ―――だから、もし誰かが倒れる様な事になったら……これを使う事。


 ―――アレク……。これって……もしかして……?


 ―――ああ……これは蘇生薬「聖王の雫」だ。これを使えば、まず生き返らせる事が出来る。もし誰かが死んだら、必ずこれを使うんだ……いいな?


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