双方、辛うじて
グローイヤの一撃は、地面に大きな穴を穿つ程に強力だった!
その動きも決して愚鈍ではなく、その年齢とレベルには見合わないほど、すでに力と速さを併せ持った戦士と言って過言じゃあない。
「はぁっ!」
戦斧を振り下ろした直後で硬直しているグローイヤの側面から気合い一閃、カミーラが攻撃を仕掛ける!
それでもグローイヤは即座に戦斧を持ち上げて、その一撃を受け止めた!
戦闘へと入った2人を前に、マリーシェは自分はどうすべきなのか躊躇していた。
今のマリーシェならば、レベル10であるグローイヤの攻撃も何とか躱す事が出来る。
本来はレベル7である彼女が、グローイヤの攻撃を躱す事は困難な筈だ。
でも、今の彼女はレベル9相当の能力を出す事が出来ている筈だった。
―――アクセサリーの効果によって。
俺が彼女達に貸し与えた武器や防具。
これらは攻撃力や防御力を底上げする物であっても、
力や体力、瞬発力や動体視力、反応力等は、あくまでもレベルから付与されるものだ。
こればっかりは、武器や防具では向上させる事は出来ない。
しかし非常に希少ではあるが、そんなステータスに働きかける装備が世の中にはある。
それが……特殊効果を持つアクセサリーだ。
彼女達がお目に掛かるのはまだまだ先だろうが、俺はそんなアクセサリーも入手していた。
そして彼女達に貸し与え、装備させていたんだ。
それによって、今現在の彼女達の能力は一部だけだがそれぞれ2レベル上乗せしたステータスとなっている。
それでもグローイヤの運動能力は、彼女本来のレベル10を軽く凌駕している。
そう思わせるに十分な身体能力だった。
そんな動きを見せられ……そう感じ取ってしまえば、戦士の端くれでもあるマリーシェが戸惑うのも無理のない事だった。
「わっ……ちょっ……何っ!?」
そんなマリーシェを横目に、素早さを底上げしているカミーラの斬撃がグローイヤへと襲い掛かる!
同じレベル10であるにも拘らず素早さで圧倒される攻撃に、グローイヤも捌くので手一杯と言った様相だ。
寧ろ、自身のステータスだけでカミーラの動きに対応しているグローイヤが驚くべき反応速度を発揮していると言って良かった。
流石はアマゾネス族だな―――……。
その時、剣を交える彼女達の近くで、大きな音と共に閃光が走った!
グローイヤへの援護射撃なのだろう、シラヌスが作り出しカミーラへと放たれた複数の雷球を、同じ威力と数量でサリシュが作り出した雷球が迎撃し相殺する!
まさかレベル7の魔法使いに、自身の魔法が防がれると思っていなかったシラヌスの表情が驚愕に歪む!
動きの止まったシラヌスの元へ、マリーシェが攻撃を加える為に素早く近づいた!
逡巡していたマリーシェだったが、先ほどの攻撃で自分のすべき事が明確となったんだろう。
グローイヤの相手をカミーラに任せて、マリーシェはシラヌスを相手にすると決めたようだった。
彼女の攻撃を避ける為にシラヌスは一気に間合いを開ける必要があり、グローイヤへの援護射撃どころではなくなっていた。
「くうっ!」
防戦一方に追いやられたグローイヤの防御をカミーラの攻撃が抜け、鋭い突きがグローイヤの頬を掠めた!
形勢不利と判断したのだろう、グローイヤが大きく後退する。
それと入れ替わる様に、マリーシェもシラヌスへの追撃を諦めて一旦後退し合流した。
図らずも、再び相対する形となったのだった。
「何だよ、こいつら……? レベルを誤魔化してんじゃないのか……?」
頬に浮かんだ一筋の切り傷を手の甲で拭い、グローイヤが驚きの表情を浮かべてそう呟いた。
だけど同じ事を、直接剣を交えたカミーラは感じているようだった。
戦闘に特化した種族“アマゾネス族”を詳しく知らないカミーラは、同じレベル10であり更にステータスを向上させているにも拘らず、その動きに反応して付いて来るグローイヤから戦慄に近いものを感じている様だった。
そしてそれは、マリーシェも同様の様だ。
シラヌスに肉薄したマリーシェだったが、仕留めるまでには至らなかったんだ。
シラヌスのレベルは10。
そして、ステータスを向上させているマリーシェはレベル9相当。
1レベルの差が確かにあるが、彼女が戦士でシラヌスが魔法使いだと言う事を考えれば、近接戦闘でマリーシェが後れを取るはずはない。
にも拘らず、彼女はシラヌスを仕留めるどころか、手傷を負わす事も出来なかったのだ。
シラヌスは防御……特に回避能力が突出している。
これはレベルから来るものでも、ジョブ特性でもない。
自分の危機に関して兎に角敏感であり、
双方手詰まり感が漂う中、シラヌスがグローイヤへ何事か耳打ちしている。
その姿を見て、俺の脳裏には嫌な予感が過った。
彼がああいった行動を取る時は、碌な事が無かった事を思い出していたんだ。
「……サリシュ」
俺も横に立つサリシュに声を掛けて、彼女の耳に小さく囁きかけた。
そんな俺達の姿も、シラヌスは目ざとく見止めている。
俺はサリシュに、「兎に角防御に徹して、何事にも対応出来る様にしておいてくれ」と声を掛けただけだ。
だがそんな姿を見たシラヌスは、こちらにも何事かの策があると勘違いしているのかもしれない。
実際はそんな事も無いんだけど、悪知恵の働くシラヌスを少しでも惑わせることが出来れば儲けものだと考えた。
「……腹が立つけど……しゃーないねっ! ……うおぉぉぉぉっ!」
話が纏まったのか、シラヌスの囁きに答えたグローイヤが突如大声を上げて気合を溜めだした!
それを見た俺は、これから彼女が何をしようとしているのか即座に理解していた。
……何故なら、俺はこんな光景を幾度も見た事があったからだ!
「マリーシェッ、下がれっ!」
「な……なんでさっ!? 私も……っ!」
「良いから下がれっ!」
俺の出した指示に、マリーシェは反論してその場から動こうとしない。
俺とマリーシェがそんなやり取りをしている最中、異様な気配を察して俺達の口論は打ち切りとなった!
即座に、俺達が気配のする方へと目を向けると……!
グローイヤの身体に異変が生じるのを見止めたんだ!
盛り上がる上腕筋!
膨れ上がる大腿筋!
更に固さを増す腹筋っ!
彼女の筋肉と言う筋肉が、異常な膨張を見せていた!
これこそが“アマゾネス族”の身体的特徴、固有スキルである「
女性上位の種族、アマゾネス族は潜在的身体能力が男性に劣る女性でありながら、それでも男性以上に戦士たり得た理由が此処に在る!
彼女達は、肉体的能力を一時的に底上げする術を持っているのだ。
その効果は年齢や戦士としての熟練度、レベルによって変動するものの、現在のレベルを大きく上回る力を出せる事に変わりはない。
グローイヤもレベルや年齢が低いとは言っても、現状の能力より高い力を手にする事が出来るんだ!
実際、この能力で助けられた事は一度や二度では無い。
「……っ!」
「きゃっ!」
突然、カミーラがマリーシェを強く突き飛ばした!
その直後!
マリーシェのいた場所に恐ろしい威力を纏った戦斧が振り下ろされ、地面へと着弾した巨斧は周囲の土砂を巻き込んで、さながら爆発魔法を引き起こしたようだ!
カミーラに抗議の声を上げようとしたマリーシェだったが、その光景を見て言葉に詰まっていた。
そんなマリーシェを横目に、カミーラとグローイヤは再び交戦状態へと突入していた!
カミーラの判断は正しかった。
もし彼女がマリーシェを突き飛ばさなければ、少なくともマリーシェはグローイヤの直撃を受けていただろう。
その後にカミーラがグローイヤへ攻撃を仕掛けなければ、攻撃の勢いを駆ったグローイヤがマリーシェへと追撃していたかもしれない。
そしてその攻撃を、マリーシェは受け切る事が出来なかっただろう。
今の処グローイヤと渡り合えるのは、アクセサリーで能力の底上げを果たしているレベル10……今は12相当のカミーラだけなんだ。
高速で展開されるその攻防は、今のマリーシェやサリシュでは割って入る事が出来ない。
目にも止まらないカミーラの斬撃をグローイヤは戦斧で捌き、グローイヤの痛烈な一撃をカミーラは倭刀で受け流す!
「ハッ! やっぱりあんた、やるねぇっ!」
「……くっ!」
それでもグローイヤの攻撃を、カミーラは捌くだけで手一杯の様だ。
俺は思わず加勢する事も考えたが、それを何とか思い留まった。
それは秘策でも何でもなく……。
「……グローイヤッ! 時間だっ!」
そう、時間切れと言う意味でだった。
グローイヤの能力は確かに驚異的ではあるものの、その発動時間にはかなりの制限がある。
短時間で決定打を与えようと考えたのだろうが、カミーラは受けに徹して中々崩せないでいる。
攻めきれないでいる内に、グローイヤの持ち時間が切れてしまったと言う事だった。
「……ちっ! あ―――らよっとっ!」
舌打ちしてシラヌスの言葉を了承したグローイヤは、巨斧を大きく振りかぶって渾身の一撃をカミーラへと放った!
カミーラはその攻撃に対して真っ向から受けるでも躱すでもなく、倭刀の上を滑らせる様に受け流した!
この時この場では、最も正解とも言うべき防御だった。
でもグローイヤはそれすら織り込み済みであったように、巨斧が倭刀の刃先を滑るに任せてそのまま振り切りまたも地面へとその攻撃を着弾させた!
再び炸裂魔法が爆発したかのように、着弾した地面が爆ぜる!
直後、カミーラを淡い光の障壁が覆った!
サリシュが準備していた防御魔法が、散弾と化した土砂の直撃からカミーラを護ったのだ。
舞い上がる砂塵に遮られ視界が全く効かず、カミーラとグローイヤの状況が把握出来ない。
そう考えた直後、サリシュの放った風魔法が周囲の砂埃を一掃し、一気に視界が回復した。
そして俺達の眼前には、構えを取ったまま動かないカミーラだけが映り込んでいた。
即座にシラヌスの方へと目をやるも、そこにも彼の姿はない。
「……あんた達……中々やるじゃんっ!」
しかしグローイヤ達の居場所は、彼女自身の声によって明かされた。
その声は、積み上げられた木箱の上から聞こえたんだ。
「なぁ……良かったらあんた等、あたい達と手を組まないかい?」
不敵な笑みを湛えたままで、グローイヤはそう問いかけてきた。
それは彼女が、俺達の力を認めたって事なのだろう。
「ふざけないでっ!」
だがその提案は、マリーシェが即座に拒否して決裂となった。
一切相談なく放たれたマリーシェの回答だったが、俺は勿論、カミーラやサリシュも同じ気持ちの様で二人とも小さく頷いている。
「あれま、残念……。じゃ―――あたい等、ここは退散するから」
シュタッと右手を上げて、グローイヤとシラヌスはこの場からの移動を開始した。
「シラヌスゥ! この街にあんなに強い奴がいるなんて、聞いてないよ!」と、見えなくなったグローイヤの愚痴が周囲に木霊していた。
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