垣間見る宿命

「お前……フィーナか?」


 俺は、声の方へと振り向きながらそう問いかけた。

 振り向いた先には、頭を抱えたフィーナが愕然とした表情で俺を見つめている。

 そこには、あれほど嫌がっていた「お前」というフレーズを気にかけている様子など微塵もなかった。


「しまった―――……。一足遅かったのね―――……」


 そして次の瞬間には、両肩をガックリと落として項垂れてしまった。

 フィーナが何を言っているのか理解出来なかった俺は、彼女に何と声を掛ければ良いのか分からずにいた。

 でも、このままそんな時間を過ごす訳にもいかない。

 俺は意を決して、出したり引っ込めたりしてワキワキしていた手を彼女の肩に掛けた。


「おい……大丈夫か? 何があったんだよ?」


 俺はフィーナにそう声を掛けながら、二、三度彼女の肩をゆすった。

 すると……彼女の頭がゆっくりと……それはもうゆっくりと持ち上がった。

 フィーナの顔は、正面に立つ俺の方へと向いている。

 しかしその視線は右下方向へと向いており、決して俺の方を見ようとはしなかった。


「……あの―――……ですね―――……。本当は、そんな義理も無いと思うのですが―――……」


 そして彼女は、その重い口をゆっくりと開きだした。


「……そもそも……こんな事は今までになかった訳で―――……。例え私じゃなくっても、多少のミスを侵す事は確定的に明らかな訳でして―――……」


 ただフィーナの口にする事は、俺の聞きたい事では無かった。

 どちらかと言えば、言い訳とか自己弁護とかの類ばかりだ。

 ……結局彼女は、何が言いたいんだ?


「……そりゃ―――……ね? 実際に間違ったのは私だし―――……。だから、今後何かの裁定が下っても、甘んじて受けるしかない訳ですよ―――……」


「……おい。さっきから何を言って……っ!」


 フィーナの誰に向けてなのか分からない懺悔は、延々に続くかと思われた。

 だから彼女の言葉を遮って、俺は少しだけ強くそう問いかけたんだ。


 ―――でも、どうやらそれがスイッチになったようだ……。変な……と言う意味で……。


「だからねっ? この失態は、私だけが咎められるべき事じゃあないと思うのよっ! 遠因としては寧ろ、あの場でゴチャゴチャと女々しい態度を取ったあんたにあると思うんですがどうでしょうっ!? ここは是非とも当事者であるアレックス、あんたの意見を聞きたい処ですっ! そして謝罪してくださいっ、私の代わりにっ! いえ、寧ろもう一度死んでくださいっ! そして、あの時からやり直してくださいっ! 何だったら今回に限り、登録を無料でして差し上げますがどうでしょうっ!? って言うか登録しろっ! そしてもう一回死ねっ!」


 ギアが切り替わったフィーナは、顔を俺に引っ付くくらい近づけたかと思うと、矢継ぎ早に言葉を捲くし立ててきた!

 今度は俺の目を確りと見ているんだが、その瞳は焦点が合っておらずどこか狂喜の色が浮かび上がっておりどうにも……怖い!


「ちょ……ちょっと待てっ! 落ち着けっ、なっ!?」


 俺は最接近して来たフィーナを引き剥がすと、何とか落ち着けようとそう声に出した。

 そこまでされて漸く我に返ったフィーナは、ハッとなって数歩下がり恥ずかしそうに俯いた。


「う―――……。ゴメン……」


 そして漸くそれだけを口にして、再び黙ってしまったんだ。


 フィーナのその姿からどこか落ち込んでいる様に見えた俺は、再び訪れるだろう沈黙の時間を想像して彼女に何かを話し掛けようと口を開いた。

 でもそれより先に、フィーナの方から話し始めたんだ。


「……実はね……あんたに与えたスキルの事なんだ……。本当は『ファクルタース』ってスキルを付与する筈だったんだけど……私、うっかりしててね……。間違って『ファタリテート』って言うスキルを与えてしまったの……」


 その声音は絞り出すようで、申し訳ない様なガッカリしている様な、そして恥ずかしがっている様な感情がない交ぜとなったものの様に感じた。


「……『ファクルタース』……と、『ファタリテート』……?」


 フィーナの言い分を踏まえれば、俺に最初から与えられる筈だったスキルは「ファクルタース」の方だったんだろう。

 対象者の冒険者としての近い将来を映し出し、どんなジョブが適正かってのが分かる効果の筈だ。

 これを使えば、冒険を始めるに際してパーティを募るのに誰がどんな成長を遂げるのかを知る事が出来る。

 つまり、理想の構成ってやつを実現する事も不可能じゃない……筈だったんだけど……。


「……ファクルタースはもう……説明したよね? それで……ファタリテートって言うのは、対象者の『宿命』が見えてしまうスキルなの……。本来なら、あんたなんかに……いえ、指示のされていない者に付与して良いスキルじゃないのよ……」


 ……「宿命」!? えらく壮大だな、おい。

 それと、さらと俺を小馬鹿にしやがった、こいつ……。


 でも、「宿命」と「将来」でどう違うって言うんだ? 

 俺にはその違いが分からなかった。

 疑問符を浮かべて首を捻る俺に気付いたのか、フィーナが僅かに笑みを浮かべてその事についての説明を続けた。


「……ファクルタースは、“その人が調、この様な選択が望ましいですよ”と言う“”を映し出す効果があるの……。だけどファタリテートに見えるのは……さっき言ったまま、その人のが見えるの。その人が行き着く先、その人がいずれ辿り着く姿を映し出すのが『ファタリテート』と言う能力なの……」


 彼女の説明を受けても、俺にはすぐに納得できなかった。

「将来」と「宿命」で、そんなに違うものなのか? 

 でも、フィーナの言う「将来」って、「もしもの姿」とも言っていたな? 

 だとしたら「宿命」ってのは……?


「……あんたがさっき覗き見た少女の『宿命』……どうなっていたの?」


 未だ腑に落ちない俺に気付いたのか、フィーナがそう問いかけてきた。

 さっきの少女……。

 彼女に能力を使って視る事の出来た姿は……死だっ!

 少女は頭から夥しい量の血を流して、うつ伏せになって死んでいた!


「あの女の子は、これから、いずれあなたが見た様な死を迎えてしまう。それがあの娘の未来……そして宿命……。そして、そんな人生の大きな転換期を垣間見る事の出来る能力が……ファタリテートなの……」


 その説明を聞いて、俺は愕然としてしまった。

 自分の人生だって儘ならない。

 ただでさえ力も体力も、そしてレベルさえ低くなった姿になっちまったのに、その上他人の人生を垣間見る能力を得て俺にどうしろって言うんだ……。


「……分かったようね。今のあんたに、ファタリテートで見た人の未来を変える事は出来ない……。小さな変化ぐらいなら起こせるかもしれないけれど、大きく修正を加えるなんて出来やしないわ。だからこの能力をあんたに与えてしまったのは、私の誤りなの……。スキルを与えると言う事自体は特例で、感謝される事はあってもこちらが謝罪する必要なんてこれっっっっぽっちも無いんだけど。でも間違ってしまったと言う一点ではこちらにも非があるの……。だから誤っておくね……ごめんなさい」


 そう言ってフィーナは、俺にペコリと頭を下げた。

 もっともその謝罪はどうにも事務的で棒読み……。

 心底俺に対して「悪かった」と思ってる節なんか微塵も感じられなかった。

 まぁ……そんな事は俺としても、どうでもいいんだけどな。

 ただ彼女にそう言われても、俺としては今後どうして良いのか分からない。

 こんな「重すぎる」スキルを持たされても、使い様もないし困るだけだ。


「ちょ……なぁ、フィーナ。このスキルを『ファクルタース』に変える事って出来ないのか?」


 俺としては、いちいち人の生涯を垣間見て一喜一憂する趣味なんてない。

 出来るなら、今すぐにも俺の中にあるスキルをファタリテートからファクルタースに変更して欲しいぐらいだ。

 ……う―――ん……ほんと、紛らわしいな。


「う―――ん……。今すぐスキルの変更を行う事は出来ないわ。一度『転送空間』にて再登録が必要なので、あんたにももう一度あの空間へと来て貰わなければならないんだけど……。その為には……ねぇ?」


 あの空間に行く為には、俺はもう一度死なないといけないって事か……。

 実際、「死んでも生き返れるわよ! えっへへ―――」なんて言われても、おいそれと実行するには躊躇してしまう。

 なんせ死ぬっ! ってのは、死ぬほど苦しまないといけないんだからなっ! 

 いや、マジでっ!


「と……とりあえず、今のあんたの情報を『記録セーブ』しておくわね! 勿論、出血大サービスで無料よ! 準備が整ったら来てね! それじゃあ!」


 それだけ捲くし立てて言い終わると、フィーナはシュタッと右手を上げてそそくさとその場から消え去ってしまった。


「お……おいっ! ちょっと待て……っ!」


 俺は即座に呼び止めようとしたが、既に彼女の姿はそこに居らず返事もなかった。

 そして甲高い金属音が耳に響いたと思うと、再び俺の周囲で雑踏が沸き起こった。

 止まっていた世界が動き出したんだ。


「……ったく。簡単に『死ね』なんて言われて、はいそうですかって実行出来るかよ……」


 俺は思わず、そう不平を口にした。

 だけど、持っていても仕方ない能力スキル……。

 使っても重すぎる能力を考えれば、早々に変えて貰う方が得策だよな……。


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