2.嵌められて、戻されて
セーブでセーフッ!
急激に意識が覚醒させられる。
その印象は、「なんて嫌な感覚なんだ……」これに尽きる。
微睡んでいた意識が、ぼやけていた視界が、鈍っていた体感が、全て一斉に形を成して戻されるんだ。これほど嫌な感覚は無い。
朝、ベッドで目覚める様に、徐々に覚醒してゆくんなら兎も角……。
もしくはその逆で、夜、ベッドで眠りにつく様に、ゆっくりと溶けて行く様な……全てが霧散してゆく感覚なら、きっとそれは気持ちの良いものだろう。
それは、清々しい気分で一日を迎える事に似ている。
または疲れた体を横たえて、眠る時の様に似ているだろう。
そんな感覚だったら、「今日も一日頑張ろうっ!」と飛び起きれるだろうし、「極楽極楽」なんて零しながら夢の世界へと旅立って行ったに違いない。
でも今、俺の身体に起こってるのはその逆だ。
瞬く間に覚醒した俺だが、自分が今何処に居るのか、何故そこに居るのかをすぐに理解出来ていた。
俺は魔王の間で……死んだ。
魔王の攻撃魔法「
本当なら俺達の冒険はそこで終わり。
死んだ人間の魂がどうなるかなんて、宗教の教義でぐらいしか聞いた事が無かったけれど、多分あの世だとか極楽地獄、兎も角俺達の住む世界とは違う所に飛ばされるんだろうな。
でも今俺が居る所は、その何処でもない。
俺は今、「
―――セーブ・ポイント……。
これは「蘇生」と並んで、ゴッデウス教団が世界に名だたる宗教となった理由の一つだった。
死者を蘇らせる事の出来る魔法や
だが、そのどれもが確実に……と言う訳にはいかなかった。
もっとも、自然の摂理に反する行いをしようってんだ、早々簡単にって訳にはいかないんだろうな。
でもこのゴッデウス教団の奇跡、「
「蘇生」についてはその名の通り、死者を生き返らせる奇跡だ。
クッソ高いお布施を納める事で、殆ど失敗無く蘇生を行う事が出来る。
ただ、その場合には幾つか条件があり、その最たるものが「蘇生対象の肉体を、神殿へと持って来なければならない」だった。
まぁ、良く考えなくてもそれは当然だよな。
肉体も無しに、生き返る事なんか出来ないんだから。
そしてさっきまでの俺達に、この条件を満たす事は殆ど不可能だった。
魔王の眼前で全滅を喰らったんだ、誰が俺達の肉体を回収して、わざわざゴッデウス教団の神殿へと運んでくれるって言うんだ。
想像もしたくないが、俺達の肉体は既に消し炭となって跡形もないか、魔王城に住み着く魔獣の餌にでもなってるだろうな……。
それでもまだ、希望を持つ事が出来るんだ。
それがゴッデウス教団もう一つの売り、「
ゴッデウス教団の崇める女神フェスティスは、死と再生を象徴しているのだそうだ。
死をコントロールし、再び生を与えるのに、場所や時間は関係ないらしい。
その女神さまの恩恵を洩らす事無く引き出す事に成功した教団は、生き返らせる事もさることながら、「記録」した場所からの再生をも可能としていたんだ。
「蘇生」よりも更にクソ高いお布施を必要とするお蔭で、その「
でも教団の高僧で俺達パーティのメンバーであるスークァヌの話だと、その効果は間違いなく絶大だと言う事だった。
教団神殿が建てられている場所で「記録」して貰えば、旅先で全滅してもその場所から冒険を再開する事が出来ると言う優れものらしい。
なんでも、持ち物やステータス、日時まで「記録」した時まで戻ると言う事だ。
それまでに得たアイテムやら武器防具、もし「
それでも、命と秤に掛ける様な事でも無い。
死んで終わりの筈だった人生を、やり直す事が出来るんだからな。
ただお布施が高額過ぎて、おいそれと「記録」をする事なんて出来ない。
実際、今回記録するのだって、パーティ内で随分と話が割れて口論となったものだ。
でも、今回ばかりはこのシステムを活用しておいて正解だったな。
経験やアイテムなんかは手元に残らないけれど、記憶だけは持ち越せるって話だから、戻ったらゆっくりとレベル上げしながら、魔王攻略の糸口を考えないといけないな。
俺が今、どう呼ばれる存在なのかは考えるのも面倒臭い。
ただ俺の周囲は、まるで洞窟の様なトンネル状になっていて、遥か前方には小さく光が見えた。
本来ならその光の先へと行ってしまうと、あの世だか天国地獄に行ってしまうとビビってしまうとこだけど、今の俺にはあの場所が何なのか何となく分かっていたんだ。
俺は迷う事無く、その光へと目指して歩を進め出した。
長く暗いトンネル……。
どれだけ歩を進めたのか、どれくらい時間が経ったのかは分からないが、俺は漸くその終着点に辿り着こうとしていた。
麦粒の様に小さかった光も、今はすぐ目の前で俺を照らして迎えてくれている様だった。
どうやら光の中は、大きな空間になっている様だ。
俺は迷う事も無くトンネルを抜けて、光の中へと身を投じた。
……そこは巨大な……巨大な空間だった。
相変わらず周囲の壁や床は真っ黒で、それが何で出来ているのかは見当もつかなかった。
土では無い様だが石でもない。
柔らかい感触の様であり、固く感じてもいる。
そんな不思議な物質が、それこそ一つの街がスッポリと入りそうな大きさで空間を作り出していた。
だだっ広い空間であっても、俺は何処へと行けば良いか分からないと言う事は無かった。
何故ならその中央と思われる場所に、これまた巨大な光の円が作り出されていたからだ。
その光はこの部屋全体を照らしている様で、トンネルから見た光の光源であり、この部屋を隅々まで灯している源だった。
他に目印と思われるような所も無く、俺はその光円へと向かって歩みを進めた。
中心へと近づくにつれ、その円が巨大な魔法陣である事が分かって来た。
その大きさは桁外れで、一つの城がスッポリと入ってしまうくらいはあるんじゃなかろうか……?
更に驚きなのは、その魔法陣には普通に手紙を書くよりも遥かに小さい文字がびっしりと刻まれていたんだ。
もしこれを人の手で造り出したとしたなら、一体どれほどの時間と労力を要したのか、想像もつかない程だった。
その光る魔法陣の中央に、不思議な浮遊体が存在している。
俺は魔法陣を踏み越えて、どんどんとその中心に在る浮遊体へと近づいて行った。
兎も角この空間を出ない事には、俺の人生は「
中心へと近づくにつれて、その浮遊物がおかしな形状だと言う事に気付いた。
遠くから見た限りでは球体だと思ったんだけど、実際は少し違っていた。
その浮遊体は球体を横一文字にぶった切った、半球体をしている様だった。
遠目から見た限りだが、その半球体もやっぱり黒い謎の物質で出来ている様だ。
そしてそこには、一人の女性が埋まっていた。
いや、違うな……。
その半球の中身をくり貫いて居住スペースを確保し、その女性がスッポリとそこへ収まっていたんだ。
美しい金髪は、周囲の魔法陣が発する光を受けてキラキラと煌めいている。
長過ぎる髪は綺麗に縦巻きしており、半球体の中に納まりきらずに溢れだし、床にまで届いてその裾野を広げていた。
その金髪に埋もれるかのように、精緻なデザインに煌めく宝石を埋め込んだティアラが覗き見える。
息を呑む程の美貌は、背けようとしても俺の目を奪って離さず、彼女の方も俺を暖かい瞳で見つめていた。
「ようこそいらっしゃいました。心よりお待ちしておりましたよ……アレックス様」
艶美に魅入って言葉の出せない俺に、目の前の女性は優しくそう声を掛けてきた。
「あ……ああ」
それに対して、俺は曖昧な返事しか出来なかった。
待っていた……と言われても、それ程驚く様な事じゃない。
ここは以前に行った記録を基に、その記録した場所へと俺を戻してくれる場所なんだ。
そうなる様にしていたんだし、逆にそうならないと困るって話だ。
でも、待っているのがこんな美人だなんて聞いてなかった。
こんな絶世の美女に目の前で微笑みかけられたら、大抵の男性諸君は俺みたいにキョドってしまうに間違いはない。
でもその時、ちょっとした違和感に気付いたんだ。
「あ……あれ? 君……何で俺の名前知ってるんだ?」
そう、俺はここに来て、まだ彼女に名乗っていない。
それどころか、まともに会話すらしていないんだ。
「ふふふ……当然です。此方に来られる方々は、事前に登録を済ませておられると言う事。あなたがここに訪れると言う事は、既に私の元にも知らせられているのですから」
でもそんな俺の疑問を、彼女は嫋やかに微笑んでそう答えた。
「そ……そう……でしたか? そう……ですよね―――……。はは……ははは」
彼女の笑顔に釣られて、俺もそう答えて引き攣った笑いを返した。
確かに記録を行ったからこそ、俺は死んだにも関わらずここに来る事が出来ているんだが……。
―――……あれ? そうだったっけ?
当の本人である俺はと言えば、そんな事をしたかどうかの記憶がスッポリと抜け落ちていた。
確かに俺は、魔王城攻略前に「記録」を行ったんだろう。
俺が今ここに居る事が何よりの証拠だ。
でもその記録を行った際、何がどうなったかの記憶が全く……ない!
俺は眉間に力を込めて、数日前の記憶を必死で呼び起こしていた。
―――……確か……メンバーと記録するかどうかで揉めて。
―――……結局大枚叩いて記録するって事で皆納得して。
―――……それでもまだメンバーの雰囲気が悪かったから、まずは前祝にと飲みに行って。
―――……それから?
そこからの記憶が曖昧になって来た。
行きつけの酒場にみんなで乗り込み、暗い雰囲気のメンバー (金に汚いグローイヤとシラヌスだけどな)に呑ませながら俺も呑んで……。
そこからは完全に記憶が無くなっていたんだ。
次に思い出せるのは翌朝からで、肝心の「記録」した時の事が思い出せなかった。
ただ、翌日の不機嫌丸だしなグローイヤとシラヌスの態度とその時交わした会話で、俺達が記録を済ませている事だけは確認済みだったが。
「もう皆さんは先に来て、既に先日記録した場所へと戻られています。あなたもすぐに戻る為の手続きを行いますか?」
考え込む俺に、目の前の女性は優しくそう問いかけてきた。
とは言え、答えとしては一つしか無い。
ここで拒否した所で、待っているのは本当の“死”だけだしな。
「……ああ、頼むよ」
俺は、出来るだけ平静を装ってそう答えた。
兎にも角にも、「記録」は済ませているんだ。
俺が内容を覚えていようといまいが、後は手続きに則って「
「それでは、早速手続きへと入らせていただきます。まずは『承認』を頂きますので、お名前をフルネームでお願いします」
「……アレックス=レンブランド」
「はい、『アレックス=レンブランド』様ですね」
俺の名前を聞いた彼女は、視線を落として何か手元を動かし始めた。
彼女がその動作を行い出すと同時に、彼女の入り込んでいる半球体に光の線が浮かび上がり出した。
今までは、表面が磨き上げられている様にしか見えなかったけれど、まるで光にそって継ぎ目がある様に、その線に沿って七色の光が洩れ出す。
それに呼応するかのように、足元の巨大な魔法陣も光の色を変えだした。
「……はい。魂認証による本人確認は完了したしました」
何をどうしてそんな事が分かったのか俺にはさっぱりだけど、とりあえず確認は取れたって事で問題ない様だ。
俺は内心ホッとしていた。
「それでは登録に基づきまして、あなた様を15年前に転送いたします」
でも、そんな気持ちも束の間、次に紡がれた彼女の言葉で、俺の動きは完全に凍結させられてしまったんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます