PVP⑥:決着

 ナスターチウムが『デテリオレーション』を使ったのを中継映像で見て、魔法カード使いでもあるステンレスは驚きの声を上げた。

 

「まさかあのカードを使うなんて」


 一緒に中継を見ているクロスポイントのメンバーたちも同様だろう。

 

「で、でも、かえってピジョンブラッドに有利じゃないの? 装備や技能の効果がなくても、彼女は本物の剣術を使える」


 白桃の声は友の勝敗を心配するかのようにかすかに震えている。

 対して権兵衛は年長者らしく冷静だ。

 

「それならばナスターチウムも同じだ。素人の視点だが、彼女はフェンシングの選手だと思う。わざわざ武器以外の有利となるものを全部捨て、自分の腕だけで勝ちたいと思うからには、相当な自信を持っているはずだ」


 権兵衛の言葉に誰かが「それでも」と言った。

 もちろんスティールフィストだ。

 権兵衛、ハイカラ、ステンレス、白桃、グラント。メンバーたちの視線が集まる。

 

「それでも」


 スティールフィストはもう一度言った。彼は何度でも言うだろう。決着が付くその瞬間まで。

 

「勝つのはピジョンブラッドだ」


 そう断言するのは彼がピジョンブラッドの恋人ゆえだろう。だが、心から愛している者の勝利を、最後まで信じ抜くのは当然だ。

 


 先手は初戦と同様にナスターチウムだった。鋭く、疾く、二つ名通り電光石火の刺突だ。

 ピジョンブラットは正眼の構えから必要最低限の動きで攻撃を弾いた。

 すかさずピジョンブラッドは刃を返して袈裟斬りを繰り出すが、ナスターチウムはすでに下がっており、ほんの数ミリ届かなかった。

 

「見事よ。よく私の一撃をしのいだわね」

「同じ攻撃に二度も負けない」

「思ったとおりね。ピジョンブラッド、あなたは最初の勝負の時点で私の動きを読んでいたのね?」

「ええ」


 ナスターチウムは恋人から花束を贈られたかのような笑みを浮かべる。

 姿勢や視線、剣の角度からピジョンブラッドはナスターチウムの動きを読んでいた。それも常人を超える精度で。

 

「決着をつけるわよ。私はこの日が来るのを10年待った!」


 ナスターチウムが繰り出した攻撃をピジョンブラッドはしのぎ、反撃する。あるいはピジョンブラッドの攻撃をナスターチウムが弾く。

 一合打ち合うたびに、ナスターチウムの心が蘇る。

 それまで見ていた世界に彩りはなかった。赤は赤、青は青と正常に認識していながらも、しかし美しいとも醜いとも感じることはなく、全てが灰色になったも同然だった。


 それが今はどうだろうか? 蘇った心で見る世界は、それがコンピュータの作り上げた偽物の世界であってもなお、鮮やかにうつった。

 瑞々しい草木、燃え盛る溶岩、ピジョンブラッドが握るブルーセーバー。人が目にするものは、その全てが彩りに満ちているのだと改めて知る。

 二人の打ち合いは続く。二つのマジックセーバーがぶつかりあい、火花を散らす。

 

「せいっ!」


 短い気合の発声とともにピジョンブラッドが繰り出すのは上段からの振り下ろし。速度を重視してセーバーをコンパクトに振るっている。

 ナスターチウムはそれを横へ弾くためにセーバーを振るった。

 二人のセーバーが触れた瞬間、ピジョンブラッドはすぐさま刃を引いて首を狙った水平斬りを繰り出した。太刀筋の切り替えが恐ろしく早い。

 

 ナスターチウムはとっさに体をのけぞらせ、紙一重で回避する。レーザー刃の熱が彼女の喉を撫でる。

 すかさず流水のような斬撃をナスターチウムは連続で繰り出す。

 並の剣士が相手なら、その一つ一つが必殺であったが、ピジョンブラッドはことごとく防御する。


 再びピジョンブラッドの反撃がきた。ナスターチウムは紙一重で回避しようとせず、大きく後退して間合いをとった。

 自分から攻めるのを重視していたナスターチウムはここに来て様子見に回る。ピジョンブラッドを相手に先手必勝という言葉は意味を持たない。

 激しい打ち合いから一転、今の二人は互いの隙きを伺う。


(やはりピジョンブラッドは今までの相手と違う)


 剣術とフェンシングという流派の違いではない。もっと単純かつ原始的で、心の奥底にある違いだ。

 過去のフェンシングの試合において、ナスターチウムは相手の心を感じ取ることがあった。ピジョンブラッドの心は今までにないものだった。

 

(私は剣がなければ生きていけない。)


 ナスターチウムが剣を振るうのは唯一つ。そうしなければ人らしく生きられないからだ。好敵手との切磋琢磨がなければ、人のふりをした人形に成り果てる


(ピジョンブラッドも同じはずなのに、何か違う)


 ナスターチウムは注意深く観察し、攻め入る場所を探す。

 

(見つからない。なんて隙きのない相手なの)


 ピジョンブラッドの防御は完璧だ。ナスターチウムの攻めをことごとく防ぐ。

 

(あなたにとって、剣とは護身のためのようね)


 かつての赤木鳩美ピジョンブラッドはありもしない他人の殺意に怯えていた。育ての父に殺されかけた経験が、彼女に心の傷を負わせ、誰かに殺されないよう必死に鍛錬を積み重ねていた。

 もちろんナスターチウムはそれを知らないが、しかしこれまでの打ち合いによって、ピジョンブラッドの剣は自らの命を守るために練り上げられたものと、なんとなく感じ取った。


(ピジョンブラッドの守りを崩すのは相当難しいわね)


 だからこそピジョンブラッドは好敵手に値する。全力と最善を尽くしてようやく倒せる相手との真剣勝負こそが、ナスターチウムの人生に価値を与える。


(今度はあなたが攻めてきなさい)


 ナスターチウムは相手の攻撃を待ち構える姿勢をとった。

 

(守っているだけじゃ勝てないと分かっているでしょう?)


 すでに戦いが始まって15分を超えている。致命的弱点の仕様があるプラネットソーサラーオンラインは、本来対人戦は長続きしない。それほど二人の実力が拮抗しているのだ。

 ピジョンブラッドが両腕を上げた大上段の構えをとる。そこから繰り出される攻撃は強烈だが対処されやすい。

 

(それで私を仕留める自信があるのね。それでこそ私の好敵手よ)


 ナスターチウムは全神経を集中させる。大振りな攻撃を繰り出そうとしても、相手はピジョンブラッドなのだ。その一撃で勝負が決まってもおかしくない。

 二人が動く。驚くべきことにそれは全く同時だ。ナスターチウムはピジョンブラッドがどのタイミングで動き出すか完全に読みきったのだ!

 ナスターチウムは体をわずかに横に動かす。これでピジョンブラッドの攻撃を紙一重で回避できるだろう。

 

(そんな!)


 刹那の瞬間のなか、ナスターチウムは驚愕する。ピジョンブラッドの刃は彼女を完全に捉えていたのだ。

 そう!

 ピジョンブラッドはナスターチウムが回避する先を狙ってブルーセーバーを振り下ろしていたのだ!


 もしナスターチウムが回避しようとしなかったら、ピジョンブラッドの攻撃は空を切っていただろう。

 ピジョンブラッドは確信していたのだ! ナスターチウムが自分の攻撃タイミングを完全に読み切り! 回避すると!

 ブルーセーバーが袈裟懸けにナスターチウムを切り裂く!


「見事よ」


 ナスターチウムは好敵手を称賛し、地に倒れた。



「ああっ! そんな、嘘よ!」


 ピジョンブラッドに敗北した後、パラードは選手控え室で試合の様子を見ていた。

 パラードは膝から崩れ落ちる。

 

「あの人が負ける姿なんて見たくなかった……うううっ!」


 もし現実ならば涙を流していただろう。

 パラードとて、常勝不敗は不可能と分かっている。人はいつか誰かに負けるものだと。

 今日の敗北ですら、ナスターチウムが体験したうちの一つでしか無い。

 それでも。パラードはナスターチウムが敗北するのを忌避した。自分の心に燦然と輝く一番星に影がさすのを恐れた。


「こんなことなら、私がピジョンブラッドよりも先にあの人を倒すべきだった!」


 せめて教え子に倒されるのであれば、どこぞの誰かに敗北するよりはナスターチウムの名誉は守らえる。

 

「もう誰にもコーチは渡さない。あの人がまた負けるときが来たとしても、その時の勝者は私よ」


 長い時を経て、パラードはようやくナスターチウムを倒す意思を宿したのだ。



 ギルドホームに戻ると、仲間たちがピジョンブラッドを祝ってくれた。


「夏大会のMVPに続いてPVP大会に優勝するなんて、すごいじゃない」


 親友の白桃がまるで自分のことのように喜んでくれた。他の仲間達も同じようにピジョンブラッドの優勝を祝ってくれた。

 

「今度も祝賀会を兼ねたオフ会を開こうか。お店は前と同じでいいかな?」


 権兵衛が主役のピジョンブラッドに尋ねる。


「ええ、良い店だったので、そこでお願いします」

「わかった。じゃあ皆の予定がはっきりしたら予約を入れておこう」


 夏のレイド攻略大会の祝賀会で使った店は、店内の雰囲気も料理もとても良かった。それにスティールフィストと交際を始めた思い出の場所でもある。


「ピジョンブラッド」


 スティールフィストが耳元でささやいてきた。

 

「ログアウトしたら、そっちに行っても良いか?」

「ええ、もちろんよ。でもどうしたの?」

「それは現実に戻ってから話すよ。部屋で待っていてくれ」


 この場で言えないことだろうか? 何れにせよ悪い話ではないのは確かだ。スティールフィストは自分にそんな事をしない。

 それからPVP大会の優勝トロフィーをギルドホームの玄関に飾った後、ピジョンブラッドはゲームからログアウトし、現実の赤木鳩美へと戻る。

 

 しばらくすると、同じくログアウトしてスティールフィストから黒井鋼治へと戻った彼が、訪ねてきた。彼は隣に住んでいるのですぐだった。

 

「俺だ、開けてくれ」

「少し待ってください」


 玄関を開けた鳩美の視界に飛び込んできたのは、色とりどりの花だった。

 

「優勝、おめでとう」


 鋼治が花束を差し出す。愛する男からの祝辞と、柔らかな花の香りが鳩美の心を優しく包み込んだ。

 

「まあ! ありがとうございます」


 予め祝の花束を用意していたということは、鋼治は鳩美が優勝することを心から信じていたのだろう。

 鳩美は鋼治がますます愛しくなった。

 


 花絵はその日、日本フェンシング協会の会長に呼び出された。

 場所は秋葉原の喫茶ミストという店だった。店員がメイド姿だが、これは単に土地柄に合わせただけだろう。店自体は純喫茶という感じだった。

 

「お久しぶりです会長」

「薫子で良いわよ。今は昔のように接しましょう」


 彼女は学生時代の友人で、ともにフェンシング部に所属していた仲だった。

 薫子はフェンシングの腕前は特筆するものはなく、花絵の好敵手には及ばなかったが、組織や集団を動かす才能は見事だった。当時は部長を立派に務めていたし、今ではフェンシング協会会長の椅子におさまっている。

 

「それで話というのは?」

「まあ慌てずに。まず何か注文しましょう。ここのコーヒー、とても良いのよ」


 二人は「赤木」と名札をつけた店員に注文した。

 

「話というのはね、次のオリンピックから、フェンシングに新しい年齢区分が追加されるわ。16歳から70歳までが参加可能な全世代部門よ」


 薫子がニヤリと笑う。


「面白いと思わない? 若い才能と老練した技術がぶつかりあい、誰が最強か分かるのよ」


 火の入ったエンジンのように花絵の心が燃えた。

 店員がコーヒーを持ってきたので、花絵はそれを一口飲む。コーヒーの香りが、彼女の興奮を鎮める。

 

「それに合わせて、オリンピックに出す選手を選ぶため、日本の全国大会にも全世代部門を追加するわ。あなたにはそれに出場してほしいの」

「私に現役復帰しろと?」

「ええそう。実のところ、あなたの復活を望む声はかなり多いのよ」

「でも私が望む好敵手なんて……」


 真の最強を決める戦いが用意されると聞いて興奮したが、冷静になって考えてみると果たして出る価値があるのか疑問に思った。

 現実の世界には戦うに値する者はいない。ピジョンブラッドという新しい好敵手はサイバースペースでしか出会えないのだ。

 

「それに関しては心配しないで。来月行われるフランスとの合同練習に参加すれば、あなたは現役に復帰したくなるわ。絶対にね」

「どういうこと?」

「それは参加してからのお楽しみよ」


 薫子は確信を持った顔でいった。仮にもいち組織をまとめる女だ。きちんとした根拠があるのだろう。

 それから合同練習当日となり、花絵は守江とともに参加する。

 この合同練習は日仏交流を目的としているが、実際にはそれほど穏やかなものではない。2050年の今、日本とフランスはフェンシングの強豪国で、お互いをライバル視している。ようは交流を名目に敵情視察しようという腹づもりなのだ。


 参加している選手たちはそれぞれ相手国の選手に練習試合を申し込む。

 一番人気があるのは守江だった。彼女はメダル獲得が有力視されており、フランス側としても絶対に勝つべき選手だからだ。

 一方で、花絵に練習試合を申し込む者はほとんどいない。鍛錬を欠かしていないとはいえ、すでに前線から退いている。フランス側の現役世代からすればすでに過去の選手だろう。

 

「手合わせ、いいですか?」


 そんななか、花絵に練習試合を申し込む者がいた。殆どのフランス側選手が通訳を介しているのに対し、彼女だけはきちんと日本語で話しかけてきた。

 

「あなたは?」


 初対面のはずなのに、彼女はどこか見覚えがあった。

 

「名乗るのは練習試合が終わった後にします。今は名もない選手として手合わせしてください」

「……いいわよ」


 花絵と彼女が対峙すると、周囲の空気が変わった。練習試合をしていない選手たちが一斉に二人を見る。

 日本側は花絵の戦いが見られるからあろう。だがフランス側は? もしかすると今だ名乗らない彼女になにか秘密があるのかもしれない。


「守江、審判役をお願い」

「分かりました」


 守江は快く了承した。


アン・ガルド構え!」


 守江に従い花絵と彼女が構える

 

アレ始め!」


 試合が始まった瞬間、二人が動く。

 先に攻撃を命中させたのは花絵では無く、彼女の方だった。

 日本側がどよめく。

 

「そんな、コーチが先に獲られるなんて」


 守江が思わず審判の役割を忘れて驚愕する。

 とはいえ、まだ敗北ではない。フェンシングのルールでは、決められたポイントを先取したほうが勝ちとなる。

 試合は続く。二人は互いにポイントを取り合う。その白熱ぶりは、単なる練習の域を超えていた。

 結果は、花絵の勝利となった。しかし点差はわずか2ポイント。ここまでの接戦は、アネット以来だ。

 

「それで、あなたの名前を教えてくれるかしら?」


 マスクを脱いだ花絵が相手に問う。

 

「ええ、もちろん」


 彼女もマスクを脱ぐ。改めて見るその顔は、どこかかつての好敵手に似ていた。

 

「私はアンナ・ヴィレール。あなたの好敵手だった、アネットの娘です」


 アンナは挑戦的な目を花絵に向ける。


「亡くなる前、母は私に言いました。頂点に立ちたければ、あなたを倒せと」


 アンナから心地よい闘志が向けられる。

 

「待ちなさい」


 その時、守江が割り込んできた。

 

「コーチを超えて頂点に立つのはあなたじゃない、この私よ」


 守江が花絵を見る。今までと違い、そこには明確に花絵に勝とうとする意思が宿っていた。

 

「会長からコーチが現役復帰されると聞きました。今までは指導いただく立場でしたが、これからは一人の選手として勝負したいと考えています」


 守江はアンナを睨みつけながら宣言する。

 

「仮にコーチを倒す人がいるとしたら、それはアンナではありません。この私です」


 なんと素晴らしいことか! 花絵の心は幸福で満たされた。

 ついに、ついに守江が好敵手としての心に目覚めてくれたのだ!

 

「良いわよ。アンナも守江も、私が倒してあげる。まだまだ若い子達に負けないことを教えてあげるわ」


 花絵は神かあるいは運勢に関わる全ての存在に感謝した。自分にこんなにも多くの素晴らしき好敵手を与えてくれたことを。

 

PVP編 終

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