HINAMOO

黒巻雷鳴

第1話 619は突然に

「えっ? ウソでしょ? あの……ですから……ホント、無理なんです!」


 受話器の向こうから聞こえてくる言葉の数々は物語のセリフのようで、まったくもって現実味が感じられないし、話にならない。


 次の授業の準備に取り掛かろうと、職員室へ戻った大日向おおひなたのぞむを待ち受けていたのは、テレビ制作会社からの電話だった。

 その要件は、有名人が同級生と再会するという番組企画の出演依頼で、それだけであれば特に断る理由はないように思われるが、問題は、有名人となった同級生のほうである。

 その同級生とは、アメリカのプロレス団体で大活躍している女子レスラーで(つい先日、世界王者になったとスポーツニュースで報道された記憶が新しい)、そんな彼女がリングの上で望と闘いたいと希望しているというのだ。

 もちろん、望にはプロレス経験も格闘技をしていた経歴もない。ただひとつ、しいて言えば、その同級生が女子プロレスラーをめざすということで、週に何度かトレーニングに付き合ってはいた。それだけである。


「ええ、ですから無理なんで……ちょっと! あなた、日本語通じてます!? あっ!」


 強い拒絶の意思もむなしく、電話は一方的に切られてしまった。


「なんなのよ、もう……」


 眉根を寄せた表情の望は、切断音が聴こえる受話器を少しだけ見つめてから、ゆっくりと戻す。

 こちらが承諾していないので、実現はしないだろう。そう考えてすべてを忘れることにする。


 だが、数日後には世界王者となった同級生と再会し、不本意ながらもプロレスデビューすることを、このときは想像もしてはいなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る