第79話 師匠と弟子

 俺と神速のダグは、スキル【神速】を発動すると一気にスラグドラゴンの足下に移動した。


「うっ!」


 自分がターゲットと思ったのか、ウォールは【加速】を使って一瞬で後方に引いた。

 そして、そこに立ちはだかるのは、盾と大剣を持った巨体のガシュムドだ。


「甘いぞ! 小僧! 神速のダグ! 俺がいる限り、ここは通さん!」


 スラグドラゴンの太い足とガシュムドの大きな体が、ダンジョンの通路を塞いでいる。

 後方に引いたウォールを仕留める事は出来ない。


 けれど、それは問題じゃない。

 俺と師匠は、ガシュムドにとぼけた声で答える。


「いや、別に通る気ないし」


「そうそう。お相手いただこうかな。いざいざ♪」


「ぬっ!?」


 ガシュムドが眉根を寄せる。

 俺と師匠の言葉が意外だったのだろう。

 だが、今の狙いは、ウォールじゃない。

 ここで戦う事だ。


 師匠の気取った声で話し出した。


「さて、ルーキー! レッースン! ワーン!」


「えっ!? レッスン!?」


 マジで実戦をこなしながら、バトルレッスをするつもりかよ!?

 無茶苦茶だな! 神速のダグ!


 だが、ちょっとワクワクしている自分がいる。

 この状況下で!

 師匠の影響力の強い事、かくの如しだ。


 師匠はガシュムドにラファールの剣を浴びせながら、俺にレクチャーする。


「こう言うパワータイプとは、真っ向から打ち合うな! 短距離の【神速】連続発動だ!」


「はい!」


 スキル【神速】は、物凄いスピードを出せるスキルだが欠点もある。

 スピードが速すぎて、減速、つまりブレーキが難しい。


 遠くから一気に間合いを詰めたり、一気に間合いを取るのには向いたスキルだが、接近戦では小回りが利かない。


 ダンジョンの通路のようなスピードを生かす広いスペースがないと、前後の動きしか出来ない。

 スキルのスペックを100%発揮出来ないのだ。


 そこで、師匠の言う『短距離の【神速】連続発動』で、スキルの欠点を補えと言う訳だ。

 出来るか?


 俺は【神速】発動して踏み込んだ。

 ガシュムドにコルセアで一撃を浴びせる。

 盾で防がれた瞬間に、また【神速】でステップバックする。


 すかさず師匠がダメを出す。


「ノン! ノン! こうだ! こう!」


 師匠が動いた!



 ブン!



 空間がブレたかのような音が聞こえ、師匠の体が消えた。


「ぬう!?」


 ガシュムドが盾と大剣を構え直し守りを固める。

 並みの冒険者なら傷一つ付けられないだろう。


 だが、さすがに神速のダグだ。

 前後でなく、左右の動きでガシュムドを翻弄する。


 左で消えたら、右に現れ。

 上から剣を振り下ろしたかと思えば、下から突き上げる。


 その全てに【神速】の連続発動がかかっているので、ガシュムドは受け一辺倒だ。

 急所はがっちり守っているが、細かな傷がガシュムドの腕や足にみるみるうちに増えて行く。


「さあ! ヒロト! こい!」


「はい!」


 俺も【神速】発動して飛び込む。

 師匠の動きは、早いなんてもんじゃない。

 スキル【神速】を発動しても、目で追いきれない。


 師匠が左に寄った所で、俺は右に入りガシュムドに剣を振り下ろす。

 剣を振り終えた瞬間、【神速】で移動する。


 今度は逆だ!

 左から剣を突き出す。


 師匠は右に回り下から攻めているが、俺とタイミングがあわなかった。

 二人の攻撃はガシュムドにがっつり防がれた。


「もっと! もっと! 回転を上げるんだ! まだ、早くなる! 早く出来る!」


「はい!」


 回転を上げる……。

 もっと早く……。


 俺は意識を集中して、左、右と細かにステップを踏む。

 同時に【神速】をステップにのせるイメージをする。


 すると――。


 回転が上がった!


 左、右、前、後ろ。

 さっきより動きがスムーズになっているのがわかる。


「クッ! 小僧!」


 ガシュムドも俺の動きが変わった事を感じているらしい。

 師匠から檄が飛ぶ。


「もっとだ! もっとスピードを上げろ! オマエは神速だ!」


「俺は……神速……」


 心の中で何かが変わった。

 ギアがあがった感じだ。



 ブン!



 音が聞こえた。

 さっき師匠が出していた音だ。


「そうだ! それだ! スキルに乗ろうとするな! スキルを乗りこなせ!」


 届いたのか? 神速のダグに!

 周りの全てがスローに見える。


「体を振れ! 剣を突き出せ! 移動だけでなく! 回避も攻撃も神速だ!」


 ガシュムドが苦し紛れに大剣を振って来た。


 だが、遅い!

 遅すぎる!


 俺はガシュムドの大剣が空中にある時点で、懐に飛び込み鎧の継ぎ目にコルセアを突き入れた。


「おっ! ゴッ!」


 思ったよりも深く入った。

 ガシュムドが声にならない悲鳴を上げ、膝をつこうとする。


 同時にガシュムドは、盾を俺に突き出す。

 盾で敵を弾き飛ばすスキル【シールドバッシュ】か?


 これも遅い!

 待ちきれないよ!


 俺は余裕を持って盾を回避して、師匠の隣に移動する。


「師匠! 何かつかめた気がします!」


「良くやった! 良い動きだったぞ!」


「師匠に近づけましたか?」


 俺はちょっと生意気かな? と思ったけれど、師匠に聞いてみた。

 すると神速のダグは、ニヤリと笑って指でジェスチャーしながら答えてくれた。


「そうだな。ちょっとだけ!」


 嬉しい!

 素直に嬉しい!


 Fランとバカにされていた俺が、ダンジョンい潜れずにいた俺が、神速のダグに近づいたと言わせたんだ。


「きっと師匠が良いからですね!」


「おっ! わかってるな!」


 サクラとセレーネから声援が飛ぶ。


「ヒロトさん! 今の動きは凄かったですよ!」


「ヒロト! かっこよかった!」


 ああ、そうだ!

 これだ!


 俺にあってウォールに無い物。

 俺には、家族、師匠、仲間がいる。

 みんな失いたくない大事な存在だ。


 だが、ウォールはどうだ?

 周りは奴隷だらけで、仲間も平気で殺す。

 そこにあるのは自分だけだ。


 ガチャとスキルと自分だけ。


 俺にはチアキママがいて、幼馴染のシンディがいた。

 支え励ましてくれる人がいた。

 だから、Fランと言われても、毎日剣を振り続ける事が出来た。


 今は仲間が増えて……。

 そうだ、エリス姫たちとも……。


 そう……。

 だから――。


「ヒロトさん! 雷魔法が、そろそろ来ます!」


 サクラの切迫した声が聞こえた。


 雷魔法のターゲットは俺だ。

 直撃すれば、死は免れないだろう。

 さて……。


「ヒロト……。覚悟は良いか?」


 神速のダグが低い声で聞いて来た。

 何も打ち合わせしていないけれど、師匠には俺がこれからする事がわかるらしい。


「ええ。かわします」


 雷魔法を、かわす。

 出来るかどうかはわからない。

 だが、かわす事が出来れば……。


 ここはスラグドラゴンの足下で、ガシュムドが側にいる。

 俺がかわした雷魔法の余波は、スラグドラゴン自身とガシュムドを傷つけるだろう。


 出来るか?


「出来ぬ!」


 膝をついたガシュムドが俺をにらみつける。


「雷は、ワイバーンの飛翔よりも早く、音よりも早い。いかな神速でもかわせぬ!」


「……」


 ガシュムドの言う事は……もっともだ。

 本当に出来るのか?


 俺の心の中で不安の虫が頭をもたげた。

 すると師匠がアドバイスをくれた。


「いいか、ヒロト。魔法は対象を指定して発動させる」


 なんだ?

 初歩的な話しだと思うが?

 こんな時に?


「ええ、聞いた事があります。その……『単体攻撃魔法の場合は、誰を攻撃するかイメージしてから発動する』ですよね?」


「そうだ! それで……それなあ、攻撃する敵が立っていた場所に魔法が着弾するんだよ」


「えっ?」


「つまり魔法が発動した後に移動した相手には、魔法をあてる事は基本的に出来ない」


 そうなのか?

 つまりホーミングミサイルみたいな事はないのか?


「えっと……敵のいた『場所』に魔法が着弾する。魔法は追跡してこない?」


「基本的にはな。高位の魔法使いは追尾する魔法を使うが……。アイツは無理だろう?」


 師匠はスラグスライムを顎でしゃくって示した。


「バカそうですよね」


「ああ、知能ゼロだろ」


 だいたい、俺と師匠がスラグスライムの足下でチョロチョロしているのだ。

 踏み潰すなり、その巨体でボディプレスするなりすれば良い。

 だが、スラグスライムは、じっと雷魔法を放つ為の力を貯めているのだ。


「ヒロト、集中しろ! そろそろ来るぞ!」


「はい!」



 バチバチ!



 スラグスライムのなめくじのような二本の角の間で放電が起こっている。


「【プロテク】!」


「おっ!」


 執事セバスチャンさんの支援魔法が俺に着弾した。

 防御力アップのプロテクだ。


「援護でございます。魔法からの防御もアップいたします」


「ありがとうございます!」


 さて、後は……。

 発動するタイミング……わかれば……。


 サクラが【意識潜入】して来た。


(ヒロトさん!)


(サクラ!)


(聞いてました。魔法が来そうになったら教えます)


(頼む! 【神速】で加速しておく!)



 ブン!



 俺は【神速】で細いステップを踏みながら、短距離移動を行う。

 スラグスライムの足下を駆けまわる。


 バチバチ! バチバチ! バチバチ!


 角の間の放電はいよいよヤバくなって来た。

 紫色の光が四方に散っている。


(ヒロトさん! 来ます!)


 サクラから合図が来た。

 俺はギアを上げられるだけ上げ、神速を自分が出せるトップスピードに乗せる。


 バ……チ……バ……。

 放電する音がスロー再生のように低くゆっくりと聞こえる。





 音が止まった!




 来る!



 動きながら目をこらす。


 スラグドラゴンの角が光った!

 ――と思った瞬間、目の前に光が近づいて来た。


 ウソだろ!

 スキル【神速】で移動していたのに、きっちり的を合わせて来るのかよ!


 雷の移動速度が速い!

 間に合うか!?


 この世界で最も早い物、それは光である。

 光りの速さを超える事は出来ない。


 前世の学校で教わった言葉が頭をよぎる。


「クソッたれが! 超えてやるよ! 光よりも、神だろうが!」


 俺は加速された世界の中で必死に身をよじり雷をかわそうとする。


 左へ!

 右半身の移動は間に合わない。

 左足に体重をのせて、体をずらせ!


 必死に回避した甲斐があった。

 あと数センチの距離を雷が通過するのが見えた。


 体が痺れる……。


 光りに遅れて音!



 パアアアアアアアアアアアアーーーーン! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!



「グウウ……」


 ダメだ。

 直撃はかわしたが、雷の余波を食らった。


 ヤバイ……意識が……飛びそうだ……。

 もう……【神速】も……維持できない……。


「あ……」


 俺はダンジョンの床に倒れそうになった。

 それを誰かが支え、肩に手を回し移動を始めた。


 あ……ダグ……師匠……か……。


 そして俺の意識が飛んだ。


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