第76話 血飛沫が舞うニューヨークファミリーとの決戦

 ガシュムドは、ニューヨークファミリーの冒険者たちに、次々と指示を出す。


「オマエたちは、エリス姫を殺れ! 俺は小僧を始末する!」


 10人程の冒険者がエリス姫の方へ向かった。

 執事セバスチャンが声を出す。


「部屋の隅へ! メイド2人が前衛! 姫様は遊撃! セレーネさんは、後衛です!」


 エリス姫たちは、部屋の隅へ移動していった。

 後背を取られないようにするのが、狙いだろう。


 俺の方には、6人だ。

 以前ボス部屋で会ったガシュムドのパーティーメンバーだ。


 エリス姫より、こっちの方がヤバイ!



 これまでに何分稼げた?

 最初にケイン達と口論して10分位、ウォールとの戦いで15分位か?


 あと、5分。

 あと、5分もたせれば……。



 ガシュムドが大剣を振り下ろして来た。

 早い!


 だが、予備動作が大きい。

 剣を振りかぶった時点で、俺は【神速】を発動して回避を始めた。


 ガシュムドの右後背に移動する。

 俺が停止するといきなり火球が頭部を直撃した。


「ウウッ!」


 ダメージで膝を付く。

 スキル【カード】でステータスを底上げしていても、俺はLV1だ。

 火球の直撃はこたえる。


 俺の声にガシュムドが反応した。

 振り下ろした剣を振り向きながら横なぎに払った。


 まずい!

 立ち上がる時間はない!


 俺は膝を付いた状態から体を捻る。

 伏せるようにして、ガシュムドの横なぎの剣をかわす。


 だが、脇腹に激痛が走った。

 クソ! かわし切れなかったか!


 這った状態で【神速】を発動し、ガシュムドの殺傷エリアから逃れる。

 だが、そこに剣士が立っていた。


「いただき!」


 剣士は右上から左下に剣を振り下ろして来た。

 俺は左方向にかわし、剣士から大きく距離を取る。


 移動した先には、盾を持った戦士が待ち構えていた……。



 なんだ!?

 俺が移動する先を読まれているのか?


 だが、俺は相手の攻撃をかわすしかない。

 ガシュムドとヤツの仲間は、相当な手練れだ。


 空振りの音で分かる。

 ガシュムドは重く、剣士は鋭い。


 あれとまともに打ち合うだけのパワーや技量は俺にない。

 スキル【神速】で、スピードを生かして戦うしかない。


 だが、移動する先を読まれている。

 どうする?



 ガシュムド達の攻撃をかわしながら、俺は考える。

 しかし、ガシュムドたちの連携は良い。


 俺を包囲して、移動先を予測し、そこに誰かが待ち伏せている。

 待ち伏せていない所は、魔法使いが魔法を放つ。


 ジリ貧だ。


 俺は、ヒップバッグからポーションを取り出して一息に飲む。

 ダメージが回復する。

 脇腹を見ると、ボルツの革鎧にヒビが入っていた。


 エリス姫たちは、どうだ?


 部屋の角に目をやると、なんとか持ちこたえている。

 だが、苦戦している。


 大盾を持った冒険者が前衛に出ていて、体をすっぽり盾に隠している。

 セレーネが、後ろから矢を放っているが、大盾に邪魔されて仕留められていない。




 あと、何分だ?




 そろそろのはずだ。


 ガシュムドたちが、前後左右からジリジリと距離を詰めて来る。

 クソ! 隙がない!


 ガシュムドが吠える。


「小僧! 見事な戦い振りだった! 死ね!」


 俺は背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。

 



 その時――漂う光が俺の視界に入った。




 あ……。

 あれは……。


 ボス部屋の中央に光が渦を巻き集まり出した。

 光の渦は、光の塊になり、魔物をかたどった。



 ボスのウインドタイガーがリポップした



 これを待っていた!

 ボスを倒してから30分経ったんだ!


「SYAAAAAA!」


 ウインドタイガーが雄叫びを上げる。

 俺以外の人間が、みんなフリーズした。


 今だ!


 俺は【神速】で、正面のガシュムドの脇を抜ける。

 ウインドタイガーに目線を動かしていたガシュムドは、反応が出来ない。


 そのまま、コルセアの剣を脇に引く。

 狙いは、ガシュムドの後ろにいる魔法使い。


 加速したまま【刺突】で一気にコルセアを、魔法使いに突き入れる。


 ズム!


 両手に重い手応えが伝わった。

 魔法使いがうめく。


「あ……、が……」


 俺がコルセアを引き抜くと、魔法使いはバタリと倒れた。

 ここに来てガシュムドたちが、事態に気が付く。


「小僧!」

「やりやがったな!」


 背中でガシュムドたちの声を聞きながら、俺はウインドタイガーの方へ移動する。

 ウインドタイガーは、唸り声を上げる。


「GURURURU! GURURU!」


 俺はウインドタイガーの鼻先まで移動し、そこでクルッと身をひるがえして、エリス姫の方へ走り出す。


 ウインドタイガーは、俺を追ってくる。

 引っかかった!


 俺はウインドタイガーを引き連れたまま、エリス姫を取り囲むニューヨークファミリーの冒険者たちに突入した。

 ウインドタイガーも俺と一緒に、ニューヨークファミリーの冒険者たちの中に突入する!


 乱戦になりウインドタイガーの鋭い爪が、ニューヨークファミリーの冒険者たちに襲い掛かる。

 ニューヨークファミリーの冒険者たちは、悲鳴を上げた。


「うあああ!」

「ヒイイイ!」

「助けてくれ!」


 彼らは、E、Fランクの冒険者だ。

 LVも低いし、ボスとの対戦経験もほとんどないだろう。

 14階層のボス、ウインドタイガーの相手は無理だ。


 エリス姫を包囲していた連中は、大混乱になった。

 俺はその隙を突く。


 目の前の冒険者に、袈裟斬りを見舞う。

 血飛沫が舞い上がり、冒険者が倒れる。


「一人!」


 コルセアを引き込む。

 巻き返して逆袈裟斬りを、別の冒険者に叩きこむ。


「二人!」


 2人目の冒険者が床に倒れ、真っ赤な血が流れる。

 俺はセレーネたちに大声で怒鳴りつける。


「セレーネ! エリース! やれー!」


 ボーっと事態を見ていたエリス姫たちが動き出した。


 セレーネは、矢を射る。

 エリス姫は、斬りつける。

 そして、エリス姫たちを囲む冒険者たちの後ろでは、ウインドタイガーと俺が暴れている。


 ケインの怒鳴り声が聞こえた。

 必死だ。

 あせっているのが、わかる。


「ガシュムドー! 魔物を抑えろー! 何とか! しろー!」


「わかっておる!」


 ガシュムドたちが、こちらに駆け込んで来る。

 ウインドタイガーを、先に始末するつもりだ。


 それなら、こっちは……。


 俺は、冒険者たちで大混乱するエリス姫の前のエリアから抜け出た。

 スキル【神速】を使って、ガシュムドたちの背後に移動する。


 ガシュムドたちが、ウインドタイガーを取り囲む。

 ヤツらの意識は、完全にウインドタイガーに向いている。


 俺はガシュムドのパーティーメンバーの中から、剣士に狙いを付けた。

 剣士の背後から【スラッシュ】で斬りつける。


「うごっ!」


 剣士は低いうめき声を上げ、膝から崩れ落ちた。

 俺は止まることなく、再度移動を開始する。


「貴様!」


 誰かが、剣士が倒されたのに気が付いた。

 しかし、ガシュムドたちは、ウインドタイガーに気を取られている。


 仲間がやられたのは、わかっているだろう。

 それでも、先にウインドタイガーを倒さなければ、全体の形勢が悪い。


 俺はウインドタイガーが倒されるまで、ヤツらの隙を突かせてもらう。


 戦士がウインドタイガーに向けて盾を向け、威嚇の声を上げているのが見えた。

 その無防備な戦士の背中に向けて、俺は一気に加速する。


 コルセアを脇に構える。

 戦士が気が付いて、こちらに顔を向けた。

 だが……。


「遅い!」


 俺は声を上げながら【刺突】を繰り出した。

 コルセアが、戦士の背中に深々と突き刺さった。


「お……、おお……」


 コルセアを引き抜くと、戦士が戦斧を振り上げた。

 俺は一度殺傷エリアから離脱する。


 戦士が戦斧を空ぶって、体制を前のめりに崩した。

 隙だらけの首に、コルセアを叩きこむ。


 ガシュ!


 コルセアが、骨に当たった手応えを感じた。

 戦士は血を流しながら、反転して床に倒れた。

 恨めしそうな目で、俺を見ている。


「悪いな。オマエは、もう、助からないよ」


 床に横たわる戦士の目から、光が消えた。



 ガズッ!



 物凄い音。

 固い物を鈍器で砕く音が、ボス部屋に響いた。

 音のした方を見る。


 ガシュムドが、ウインドタイガーの頭部を大剣で叩きつぶしていた。

 大剣が床にめり込んでいる。


 あいつ、どれだけバカ力なんだ!


 ガシュムドは床から剣を引き抜き、俺に向かって歩きながら忌々しそうな声を出した。


「小僧! オマエの策は終わりだ!」


 俺はニヤリと笑い、コルセアを構えながらガシュムドに答える。


「果たしてそうかな?」


「ぬう?」


 俺とガシュムドが、にらみ合う。

 すると階段の方から声が聞こえた。


「ヒロトー! 無事かー!」


 この声は!?

 師匠だ! 神速のダグだ!

 王都から帰って来たんだ!


 俺は声を張り上げた。


「援軍だー! みんなー! 援軍が来たぞー! 神速のダグが来たぞー!」


 ニューヨークファミリーの冒険者たちに、動揺が走る。

 ガシュムドも額に汗を浮かべている。

 ケインの泣きの入った声が聞こえた。


「ガシュムドー! 何とかしろー!」


「うるさい!」


 階段から沢山の足音が聞こえ、すぐに師匠が姿を見せた。

 そして、師匠の後ろから沢山の騎士とハゲールに率いられた冒険者たちが続く。

 階段の前は、俺たちの味方で埋め尽くされた。


 エリス姫お付きの騎士が、一歩前に出る。


「この者たちは、王家に弓引く反逆者だ! 制圧せよ!」


「おお!」

「行くぜ!」


 騎士とギルドの冒険者たちが雄叫びを上げ、ニューヨークファミリーに襲い掛かった。


 ガシュムドは動揺している。

 俺はヤツの脇をすり抜け師匠と合流した。


「師匠!」


「よう! ルーキー! 待たせたな! 大丈夫だったか?」


 師匠は、俺の肩に手を掛けた。

 すごい心配そうにしている。


 俺は師匠に心配かけまいと、元気に返事をした。


「大丈夫です! 5人倒しましたよ!」


 師匠はニヤリと笑う。


「お! やるな! さすが俺の弟子だな!」


 サクラが、駆け寄って来た。


「ヒロトさん!」


「サクラ! ありがとう!」


「間に合ったみたいですね! 良かったー!」


「ああ、お手柄だ! 援軍の規模は?」


「王都から応援の騎士団が到着したので、騎士が30名。ハゲールさんが率いる冒険者が20名、冒険者はDランク以上です」


「それなら、勝負あったな」


「はい!」


 俺たち3人は、戦いを援軍に任せた。


 セレーネとエリス姫たちも、こちらにやって来た。

 やって来るなりセレーネが俺に抱き着く。


「ヒロト! 大丈夫? 斬られてたけれど、傷は?」


「ああ。ポーション飲んだから、大丈夫、ダメージは回復したよ」


「そう! 良かった~!」


 そこに、ガシュムドが来る。

 大剣を振り回し、騎士や冒険者たちを、力ずくで弾き飛ばし道を作って来たのだ。


「小僧! やってくれたな!」


 ガシュムドは、俺をにらむ。

 そこに師匠が、スーッと割って入った。

 師匠は恐ろしく冷たい声を出した。


「ヒロト、コイツか? オマエに怪我させたのは?」


「は、はい」


 珍しく師匠が怒っている。

 ガシュムドは、師匠を見下ろして名乗りを上げた。


「神速のダグか! 俺はニューヨークファミリーのガシュ……」


「知らん」


「何?」


「三下の名前なんぞ、知らん」


「この……」


「俺の弟子が、随分世話になったようだな。お返しするぜ」


 言った瞬間、師匠が目の前から消えた。

 ガシュムドが、呻きながら膝を付く。


「うぐぅ!」


 ガシュムドの左の脇腹が、切り裂かれていた。

 革鎧の隙間の狭い打突ポイントだ。


 師匠は、ガシュムドの背後にラファールの剣を持って立っている。

 師匠の剣は、赤く血濡られている。


 師匠が正確に、スピードに乗った抜き胴を叩きこんだのだろう。

 同じ【神速】持ちでも、スキルの使いこなしと、技の正確さが、俺とは段違いだ。


 師匠の殺気がガシュムドを覆っていく。

 ガシュムドも力の違いを悟ったのか、顔が引きつっている。



 パン!



 何かが弾ける音ともに、物凄い光がボス部屋を覆った。

 何だ? 閃光弾?


 一瞬目をつぶる。

 ケインの声が聞こえた。


「ガシュムド! 撤退だ! 退けー!」


 薄目を開けると、ボス部屋の入り口にケインとウォールの姿が見えた。

 ウォールは、魔法で傷がふさがり止血してあるが、右腕は無い。


 ガシュムドがケインたちに駆け寄り、3人はボス部屋から逃亡した。


 エリス姫が声を上げる。


「追うのじゃ! ヒロトたちも同行を頼む!」


 俺たちは、ケインたちの後を追う。

 14階層のダンジョンで、追撃戦が始まった。

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