第74話 裏切り

 ウォールに殺されそうになってから、4日が過ぎた。

 ウォール・ニューヨークファミリー陣営に、勢いはない。


 エリス姫陣営は、絶好調!

 精霊ルートは、毎日冒険者で溢れている。


 俺たちは相変わらずだ。

 昼にチョコっと、エリス姫たちとダンジョンに潜る。


 だが、それも今日までだろう。

 王都から応援の騎士団が到着する。


 エリス姫の護衛役の騎士が増える。

 そうしたら、俺達との共同探索も終わりだろう。


 そんな話をセレーネとサクラとしながら、エリス姫たちに合流した。

 これから、いつものお昼のダンジョン探索に向かう。


「では、行くかの!」


 俺、セレーネ、サクラ、エリス姫、執事セバスチャン、メイド2人の、いつものメンバーだ。

 今日は、15階層に向かう。


 10階層から、ダンジョンの難易度が上がった。

 昼夜で2階層づつ探索するペースで進んで来たが、さすがに冒険者たちの探索ペースも落ちて来た。


 俺たちは、15階層1番乗りのパーティーに転移をさせてもらう。



 15階層に転移するとレッドさん達に会った。

 転移魔方陣から出た所で、3人で壁に寄りかかっていた。


「あれ? レッドさん?」


「おー! ヒロト! これからか?」


「はい、そうです。レッドさんたちは?」


「ポーターやってるパーティーに、お使いを頼まれてな。溜まってた獲物をギルドに納品して、戻って来たんだよ。雇ってもらっているパーティーの、お迎え待ちだ」


「ポーターの仕事が、見つかって良かったですね! じゃあ、お気を付けて!」


「ああ! ヒロトたちも気を付けてな!」


 レッドさんと別れた。

 俺達は、転移魔方陣の横の階段を上る。


 今日は、14階層のボスを倒す。


 執事セバスチャンさんから、ボスの情報が伝えられた。

 打ち合わせの後、俺たちはボス部屋に突入した。


 *


 14階層のボス、ウインドタイガーに勝利した。

 ウインドタイガーは、なかなか手強かった。


 メイド2名が軽い怪我をしたので、サクラが回復魔法で治療をしている。

 俺は、ウインドタイガーをマジックバッグに収納した。


 すると、沢山の足音が聞こえて来た。

 階段を駆け上がる足音、通路を走る足音だ。


「な、なんだ!?」


 俺たちのいるボス部屋に、次々と冒険者が入って来た。

 入って来た冒険者たちの目付きは険しい。

 少なくとも味方では、なさそうだ。



 入って来た冒険者は、3グループに分かれている。


 階段への出入り口を固めるグループが、5人。

 ボス部屋の入り口を固めるグループが、5人。

 俺達に向かって歩いて来るグループが、15人。


 執事セバスチャンやエリス姫のメイド2人も、警戒をしている。

 俺たちは、ボス部屋の中央に丸くなって固まった。


「よーう! 大先生!」


 ケインだ!

 ニューヨークファミリーのケインが、ボス部屋の入り口から姿を現した。

 ケインに続いて、ガシュムド、そしてウォールがボス部屋に入って来た。

 

 待ち伏せかよ!


 相手は、28人か……。

 圧倒的に、こちらが不利だ……。


 まずは時間を稼いで、考えをまとめよう。

 そして、情報収集だ。


 俺は、ケインに話しかけた。


「どうやって、ここまで来た?」


「どうやって? 1階から順番に降りて来たんだよ。泊まりで時間もかかって大変だったぜ」


「そいつは、ご苦労様! で、何で俺たちが、このボス部屋にいるって、わかったんだよ?」


「そりゃ、あれだ。スパイの情報だよ」


 ケインは、ちらりと階段の入り口の方を見た。

 ケインの目線の先には、スケアクロウのレッドさんがいた。


 俺は、深いため息をついた。


「はー……。そうか、レッドさんが、俺たちを売ったんですね」


 何日か前、レッドさんに会った時だ。

 俺たちがエリス姫と共同探索している事や、昼に1階層前のボス部屋に行っている事を教えてしまった。


 ケインたちは、その情報をレッドさんから聞いて、ボス部屋での襲撃計画を立てたのだろう。

 そして、1階から精霊ルートを攻略して、ここで待ち伏せたのか……。


 レッドさんは、申し訳なさそうに俺に答えた。


「すまねえ、ヒロト……。ブルーとブラックが、人質に取られてよ……」


 人質? なら仕方がないか?

 いや、でも……。


 レッドさんは、攻撃的な目付きをしている。

 本当に人質を取られたのか?


 ケインが、俺とレッドさんの話に割って入って来た。


「おいおい! レ~ッド! そりゃないだろう? これはオマエが持ち掛けて来た話だぜ。ヒロトから、情報を聞き出して来るってな」


 俺は、レッドさんをジロリとにらむ。

 だが、レッドさんは、たじろぎもせず、真っ直ぐに俺を見返す。

 ああ。どうやら、ケインの言った事は、本当なんだろうな。


 ケインは、続ける。


「ブルーとブラックは、反対したから、俺達のアジトに閉じ込めた。レッドたちは良くやった! ヒロトと姫様の行動パターンってやつを、探って来たからな。優秀だぜ!」


 レッドさんの後ろに、イエローさんとグリーンさんもいる。

 そうか、スケアクロウの中で、意見が割れたんだな。


 俺たちを探ろうとしたレッドさんたちと、反対したブルーさんとブラックさん。

 しかし、反対した2人を監禁するとは……。


「レッドさん! ブルーさんとブラックさんは、仲間でしょう? 2人を監禁する事はないでしょう」


 レッドさんは、怒鳴り出した。

 目付きが怪しい、目の焦点が合ってない。


「うるせえよ! 俺は、出世するんだよ! 幹部になるんだ!」


「だからって、何をやっても良い訳では、無いでしょう?」


「説教は、いらねえよ! いつまでも貧乏暮らしじゃなあ……。な、何の為に田舎から出て来たか、わからねえよ!」


 ケインが、パチパチと手を叩く。

 大げさな身振り手振りを交えながら、話し始めた。


「そうだよ! レッド! オマエの言う通りだ! 貧乏は、敵だよ。みんな夢を追って田舎から出て来たんだ。その夢をかなえようぜ! その為のステージが、ここだ! これからエリス姫とヒロトたちを殺す!」


 ケインは、はっきりと俺たちの殺害を口にした。

 場がピンと緊張する。

 だが、そんな事はお構いなしにケインが演説を続ける。


「ウォール様が、王になる! ウォール様が、天下を取る! そうすれば、ニューヨークファミリーの力は、絶大になる!」


 ニューヨークファミリーの冒険者たちは、ケインの演説に聞き惚れている。


「お前たちは、どうなりたい? ファミリーの幹部? オーケーイ! 王国の騎士? オーケーイ! 夢は、かなうんだ! ここで、オマエらの力で、かなえるんだ!」


 冒険者たちは、恍惚とした表情をしている。

 ケインが言っている事は、殺人の正当化だ。

 とんでもない、理屈付けだ。


 だが、冒険者たちは自分たちの欲に酔っている。

 だから、ケインの滅茶苦茶な論理を、受け入れてしまっている。


 まるで洗脳だ。


 このままじゃ、まずい。

 数に劣る俺たちは、本当に殺されてしまう。


 なら……。


 俺は、一歩前に進み出た。

 大声でウォールを罵倒した。


「おい! そこのデブ!」


 ウォールの頬が、ピクリと動いた。

 笑顔のままだが、目から笑いが消えた。


 よし!

 続けるぞ!


「そこのデブ! オマエだよ! オマエ! 奴隷をいたぶるしか能のない、クソ貴族のデブ野郎! ノロマ野郎!」


 ウォールは、ピクピクと頬を痙攣させ、拳を強く握っている。

 絞り出すように、俺に答えた。


「ぼ、僕を! デブと言ったな!」


「事実だからな! ノロマなデブ貴族には、王様ってのは無理じゃないかな~」


 ウォールは、顔を真っ赤にして反論して来た。


「何が無理だ! だいたい僕は、物凄い早く動けるんだぞ!」


「いや~、ノロマだね! オマエより、俺の方が早い。勝負してみるか?」


「良いだろう。この前は、邪魔が入ったからな!」


「邪魔が入ったじゃねえよ。このクサレチンコ野郎が! オマエが、奴隷に命令して俺を羽交い絞めにしたんだろうが! 1対1で戦う事も出来ない、フヌケチンコ野郎が!」


「こ……、この!」


「ほれ、そこのデカイ奴に代わってもらった方が良いんじゃないか? リトルチンコ野郎」


「き、貴様ー!」


 ウォールは、怒りで、取り乱している。

 頭から湯気が出ているんじゃないか?


「何だ? 悔しいのか? ならお前自身で、自分の強さを証明しろよ! 俺と1対1で戦え!」


「当たり前だ! 僕が殺してやる!」


「俺が勝ったら、みんなを無事に帰せよ」


「ふん! 好きにしろ! さあ、剣を抜け!」


 ウォールが剣を抜いて、一歩前に進み出る。

 俺がコルセアの剣を抜こうとすると、サクラが【意識潜入】で話しかけて来た。


(ヒロトさん! そんな約束をしても、あいつらは約束を、守らないですよ!)


(知っているよ。俺が、勝とうが、負けようが、皆殺しになるだろう)


 そう。あいつらは、約束なんて守らない。

 勝負も何も、俺たちを始末すれば、全てがあいつ等の思い通りになる。


 旗色の悪いウィール陣営は、今日ここでエリス姫を始末して、一発逆転を狙っているのだ。

 人数の少ない俺たちを、見逃すはずがない。


(え!? じゃあ、ウォールを何で挑発したんですか?)


(俺がウォールと戦えば、どこかで……。どこかで、ニューヨークファミリーに、隙が出来るだろう)


(ふむふむ)


(隙が出来たら、サクラ、オマエが【飛行】して突破しろ! 階段を降りて、転移部屋から応援を連れて来い!)


(えー!)


(これしかない。この人数じゃ勝てない。相手には、ガシュムドもいる。その為に、条件を付けて相手が油断するように仕向けたんだ)


(勝ったら見逃してもらえる、なら、逃げないだろうって事ですか?)


(そう。ケインあたりは、絶対そんな風に考えているよ。だから、必ず隙が出来る。隙を見つけたら、行け!)


(……わかりました。死なないで下さい)


(ああ)


 俺は、コルセアの剣を抜くと、前に進んだ。


「やろうか!」

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