第66話 バーニング・ダウン・ザ・ハウス
冒険者ギルドは、ガランとしている
ホールには、俺、セレーネ、サクラ、エリス姫、執事セバスチャン、騎士3人がいるだけだ。
エリス姫一行は、笑いを堪えている。
ウォールの悔しがる姿を見られたのが、余程嬉しかったのだろう。
執事セバスチャンが頭を下げて来た。
「ヒロト様、本当にありがとうございます! この精霊ルート分のお礼は、別途ご用意させて頂きますので……」
「そうですね。よろしくお願いします。ですが、何よりも……俺の幼馴染シンディとセレーネのお父さんの行方を優先して下さい」
「かしこまりました。フフ……、しかし、あんな所に転移部屋があるとは……」
「本当ですよね。あそこなら、ウォール達も手を出せないでしょう」
俺とセバスチャンは、顔を見合わせてニヤリと笑った。
精霊ルートの転移部屋は、領主館の床下にあったのだ。
転移部屋の扉を開けると、土で埋まった階段があった。
土をどかし、階段を進むと、天井が木の板でふさがっていた。
サクラが板をぶち破ると……。
そこは、エリス姫の浴室だった。
精霊ルートの転移部屋に出入りするには、エリス姫の浴室を通らなくてはならない。
俺はエリス姫を、ちょっと気遣った。
「エリス姫は、ご不便だと思いますが……」
エリス姫は、屈託ない笑顔を返して来た。
「なーに、部屋を移れば良いだけじゃ。ウォールの鼻を明かすためなら、これ位どうという事はない」
精霊ルートを、エリス姫に教えてあげて良かった。
俺達は、獲物を解体担当のミルコさんに渡して解散した。
*
夜、部屋でカードの整理を始めた。
すると、サクラがやって来た。
前のように、俺の膝を枕にゴロンと寝っ転がる。
「ヒロトさんは、カードの整理ですか?」
「そうだよ。【意識潜入】して、視覚共有して良いよ」
「はーい。お! アップグレードカードがありますね!」
「4階層のボスの分だね。【鑑定】をアップグレードするよ」
「【鑑定(極)】になりますね。スキルの効果や説明が、わかるようになりますよ」
「それは便利」
俺は、事務的な会話をしながらも、ドキドキしていた。
転生前、俺は『非モテ』だった。
だから、こういうシュチュエーションは、慣れない。
「エリス姫たち、喜んでいましたね」
「そうだね。精霊ルートを教えて良かったよ」
「ウォールが、ブチ切れてました!」
「あいつ異常だよな」
すると、サクラがとんでもない事を言い出した。
「え? あんなモンじゃないですか?」
「あんなモンって……いやいや、どう考えたって異常だろう?」
「まあ、でも、地獄から転生した人ですからね。あんなモンですよ。地獄に落ちる人って、ウォールみたいな感じの人が多いですよ」
「ああ、そういう意味か……。あの……、俺も……、そうなんだけど……」
サクラが下からジーっと、俺を見ている。
「それ気になっていたのですが……。ヒロトさんって、何をやって地獄に落ちたんですか? 地獄に落ちた人にしては、まともですよね」
それか!
それな。
「覚えてないんだよ……」
サクラは、目を丸くしている。
いや、でも本当に覚えていない。
というよりも、心当たりがないんだ。
「あのー、殺人とか余程の事がないかぎり、地獄に落ちる事は、ないですよ?」
「だよねー。でも、本当に覚えていないんだ。転生して一部の記憶が無くなる事は、あるのかな?」
「いや~、それはないですね。単に思い出せないだけか……。もしくは……」
「もしくは?」
「何か別の理由で地獄に落ちたとか?」
俺は、ステータス画面を操作する手を止めた。
腕を組んで考え出した。
別の理由ね。
そういえば、女神アプロディタ様が、俺に呪いがかかっていると言っていたな。
それと関係があるのか?
急にサクラが警戒した声を出した。
「何か、臭くないですか?」
「え? 水浴びはして、着替えたけれど……」
「そうじゃなくて! 焦げ臭くないですか?」
サクラが飛び起きた。
焦げ臭い?
……。
……。
本当だ!
「火事だ!」
「火事だ!」
俺とサクラは、同時に部屋から飛び出た。
「母さん! セレーネ! 火事だ!」
2人とも、部屋から飛び出して来た。
玄関からサクラが叫んだ。
「見張りの衛士が、眠らされています!」
俺の家は、24時間体制で見張りの衛士がついている。
前の襲撃の時に、エリス姫が手配してくれた。
その衛士が眠らされて、火がつけられたって事は……。
「襲撃かよ! すぐ、装備を身に着けて! 荷物はマジックバッグに突っ込め!」
俺たちは、すぐ部屋に戻って装備を身に着けた。
煙は、まだ部屋の中に入って来ていないが、かなり臭う。
着替えなどの荷物を、マジックバッグに突っ込み部屋を出る。
セレーネとサクラも、部屋から出て来た。
チアキママの仕事部屋に向かう。
片っ端から調剤道具を、マジックバッグに放り込む。
俺はサクラに状況確認をした。
「玄関から出ると、危ないかな?」
「さっきは、玄関先に人影は見えませんでしたが……。念の為、この部屋の窓から脱出しましょう」
「そうしよう。セレーネ、窓の外を見てくれ。人影が見えたら、矢で射て!」
「わかった!」
「サクラ、チアキママを連れて来て」
「了解!」
2人が動き出した。
俺は物凄い不安に駆られた。
もし、この火が襲撃で、外に大人数が待ち構えていたら……。
非常にまずい。
戦うか?
逃げるか?
逃げ切れるだろうか?
白い煙が部屋の中に入って来た。
そろそろ、限界だ。
タオルを水で濡らして、口元にあてる。
セレーネにも、同じ物を渡す。
「窓の外に人影はない。こちら側は安全そう」
「わかった。セレーネ先に出て」
「了解! 外で援護するから!」
セレーネが、窓から外に飛び出した。
木陰に身を隠し、弓に矢をつがえ、辺りを警戒している。
サクラとチアキママが、部屋に入って来た。
濡らしたタオルを渡す。
2人に、外のセレーネのいる場所を指さす。
セレーネが、手招きしているのが見える。
「セレーネが、あそこにいる! あそこに避難して!」
サクラ、チアキママ、俺の順で窓から逃げ出した。
セレーネと合流した。
「サクラは、【飛行】して上から敵を確認してくれ! 俺は正面の様子を見て来る」
サクラが、【飛行】で高く舞い上がった。
俺は、姿勢を低くして【気配察知】で辺りを探る。
街道の方に、人の気配を感じる。
それほど、大勢じゃない。
サクラが、【意識潜入】で話しかけて来た。
(ヒロトさん! いました! 街道沿いに3人います!)
木の陰に身を潜めて、街道の方を見る。
街道上には、人影が……。
いた!
(街道の端に、3人いるな。盾を持った戦士2人、ローブを着た魔法使い1人だ)
(どうします?)
(上から急降下して、魔法使いを先に仕留めてくれ)
(了解!)
(殺すなよ。生き証人だ。エリス姫に突き出す)
(大丈夫ですよ。瀕死の重体でも、私が【ヒール】をかけますから)
(よし! ゴー!)
サクラが、上から急降下した。
魔法使いの顔面に、サクラの降下しながらの右拳がメリ込んだ。
同時にサクラが叫ぶ。
サクラお気に入りの必殺技だ。
「メリケンドライバー!」
魔法使いは、顔面を地面にメリ込ませた。
アゴをやられていた。
回復魔法【ヒール】をかけても、しばらくは食事に不自由するだろうな……。
戦士2人は、突如上空から現れたサクラに動揺している。
サクラは、戦士2人に、お気に入りの戦隊ポーズを決めて見せた。
「大正義! 剛腕美少女天使! サクラちゃん参上!」
サクラ、それは本当に必要なのか?
今は、戦闘中だぞ。
戦士2人は、呆気に取られている。
その2人を見て、サクラはご立腹だ。
「リアクションが、薄いな~! 君たち! そこは、『ど、どこから現れた!』とか~、『な、なに奴!』とか~。悪者っぽいリアクションを頂戴よ~」
戦士2人は、ハッと我に返った。
慌てて剣を構える。
「オ、オマエ!」
「よ、よくもやりやがったな!」
「うーん、イマイチ!」
サクラが戦士2人の意識を引きつけている。
俺は【神速】を使って、2人の背後に移動した。
移動しながら、剣を鞘ごとフルスイングする。
スキル【神速】+フルスイングで、戦士の頭をぶっ叩いた。
ゴゴン!
固い物同士が、ぶつかる音がした。
戦士2人は、倒れて意識を失った。
スキル【気配察知】に人の気配は、感じない。
サクラが上空に舞い上がって、状況確認した。
「クリア!」
「了解! セレーネとチアキママを、呼んで来て!」
「わかりました!」
俺は、玄関前で眠らされている衛士2人に近寄ると、頬を叩いて起こした。
目を覚ました衛士と一緒に、放火犯の3人を縛り上げた。
俺の家は、もう、かなり焼けてしまっている。
チアキママが、叫んだ。
「ああ! 私の家が! あの人に、建てて貰ったのに!」
焼け落ちる家を見ながら、俺たちは何も出来なかった。
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