第47話 レッドリザード戦~感謝しろよ。やっと死ねたんだぜ

「GYAAAAAA!」


 4階層のボス部屋に突入すると、ボスのレッドリザードが威嚇の声を上げた。

 サクラは、【飛行】で先行して、すぐに睡眠魔法【スリープ】をかける。


「【スリープ】!」


 しかし、魔法はレジストされてしまった。


 サクラは、レッドリザードの背面に回ろうとする。

 正面は、噛みつかれると危ない。


 レッドリザードは、元気いっぱいだ。

【飛行】するサクラを、追いかける。


 俺とセレーネは、レッドリザードをしばらく観察した。


「それほどスピードは、ないみたいだな」


 サクラは、余裕を持ってレッドリザードをさばいている。

 だが、噛みつきを警戒しているので、攻撃はしづらそうだ。


「そうだね。射撃開始!」


 セレーネが、弓を射始めた。

 次々に矢がレッドリザードに着弾する。


 だが、レッドリザードは、セレーネの攻撃を無視し、犬がボールを追いかけるノリで、サクラを追い回している。


 レッドリザードの様子を見て、セレーネが手を止めた。


「効いてないかな?」


「単に鈍感なだけとか……、頭悪そうだし……」


「矢が深く刺さってないかも。もっと、近づく?」


 確かに、レッドリザードに矢は刺さっているが、あまり出血は見られない。

 かといって、近づくと軽装のセレーネの危険が増す。


「俺が、近接戦を仕掛けてみる。セレーネは、この距離で援護を頼む」


「わかった」


 俺は【神速】を発動した。


 狙いは、レッドリザードの首だ。

 首を落せば、どんな生物でも必ず絶命する。


 レッドリザードの左横に移動し、コルセアの剣を振り下ろす。

 近くで見ると、首が太い。


 手応え、あり。

 しかし、浅い。


 スキル【神速】で離脱する。


「やばい。剣が持って行かれるところだった」


 レッドリザードの皮は、それほど硬くはない。

 だが、筋肉が多い。


 3センチ程度は、刃が入った。

 入った刃が筋肉で締め付けられるのが、わかった。


 このままだと、剣が筋肉に挟まれて、抜けなくなる。

 咄嗟に思って、剣を戻した。


 セレーネが、聞いて来た。


「どう? いけそう?」


「筋肉が凄くて、刃が入らない。あれは筋肉の鎧だわ」


 だが、有効な攻撃だったらしい。


 レッドリザードは、サクラを追い回すのを止めた。

 サクラを意識しつつ、こちらの方にも注意を向けている。


「パワーの数値が高いだけあるか……。じゃあ、目を狙う」


「俺は、もう一度仕掛けてみる」


 セレーネは、レッドリザードの側面に位置を取って、目を狙って攻撃を再開した。

 サクラは一定の距離を取って、セレーネの邪魔にならないようにレッドリザードを牽制している。


 セレーネの矢は顔面に当たってはいるが、目には当たらない。

 レッドリザードは、顔が大きい割に目は小さい。

 動いているしセレーネも狙いずらいのだろう。


 顔面に当たった矢は、刺さる事なく、骨にはじき返されている。

 弓のパワー不足だ。


 セレーネは、俺が武器屋で買った一番安い弓を使っている。

 仕方のない結果だ。


 セレーネの矢は、はじき返されて効かない。

 サクラの素手攻撃は、噛みつきがあるから接近するのが難しい。

 となると、俺がスキル【神速】を使った剣攻撃で仕留めるしかない。


「俺が、フィニッシャーだな」


 俺は、【神速】で再びレッドリザードの側面に移動する。


 とはいえ、俺もパワー不足だ。

 ステータスが低いから、レッドリザードの筋肉を全て断ち切れない。


 となれば、出来る事は……、同じ場所を攻撃し続ける事だ!

 狙いは、さっき斬りつけた所だ。


 1回で3センチ切れるなら、2回で6センチ。


「セェイ!」


 気合と共に、斬りつける。

 さっきの場所から、少しづれた。

 だが、さっきより刃が入った。


「GYAAAAAA!」


 効いたか?

 レッドリザードが、叫び声を上げる。


 スキル【神速】で、一旦距離を取る。

 レッドリザードが、こっちに走り込んで来る。

 完全に意識は俺に向いたらしい。


 サクラが、レッドリザードの後ろから蹴りつけるが、大して効いてない様だ。

 セレーネの矢は、当たるが刺さらない。


 俺は、レッドリザードを引き付けて、【神速】で一旦横に移動する。

 レッドリザードの視界から消えた所で、さっきと同じポジションに再移動をかける。


 レッドリザードの側面だ。

 首に2か所の刀傷が見える。

 出血している。

 ここをしつこく斬りつければ……。



 ドガ!



 油断した!

 レッドリザードの尻尾が直撃した。


 くそったれ!

 横位置でも尻尾が届くのか!


「ヒロト!」

「ヒロトさん!」


 吹っ飛んでいる途中で、セレーネとサクラの悲鳴が聞こえた。

 俺の体は、ゴロゴロと床の上を転がされて止まった。



「一体、何回転したんだよ……」


 俺は、何とか立ち上がった。

 ボルツ製オーガの革鎧が、今回も守ってくれた。

 ダメージはあるが、まだ戦える。


 振り向くと、10メートルくらい先で、レッドリザードが停止している。

 俺の方を向いているのに、追いかけてこない。

 後ろからサクラが殴りつけているが、俺の方を向いたままだ。


 俺は、一瞬何が起きているのか、わからなかった。

 レッドリザードの意図を、測りかねた。



「GUOOOOOOO!」



 レッドリザードが、吠えた。

 口を大きく開けて、咆哮と一緒に火を吐き出した。


「ぐうおおお!」


 俺の苦悶の声をかき消すように、炎が俺に襲い掛かった。

 熱が凄い。


 両腕を顔の前で交差して、息を止めて耐える。



 耐える?

 いや、脱出だろ!



 俺は、【神速】を発動して、レッドリザードから一番遠い位置まで逃げた。

 ボス部屋の入り口近くで、うずくまった。


 髪の毛が焼ける匂いがヒドイ。

 この嗅いだ事がない匂いは、皮膚が焼ける匂いか?


 スキル【神速】で移動する瞬間、息を吸ってしまったらしい。

 鼻の中や、喉が痛い。


 まずい。

 かなりのダメージだ。


 レッドリザードは、俺がいた場所にまだ炎を吐き続けている。

 回復する時間が稼げる。


「ポ、ポーション……」


 俺は、右手をヒップバッグの中に突っ込んだ。

 ポーションの瓶が、指先に触れた。


 だが、うまく瓶が、つかめない。

 手の皮膚が焼けて、収縮していて、うまく手が動かないのだ。


 じれた気持ちを、グッと抑えて、右手で瓶を探る。

 右手全体で、包む様に瓶を掴んで、持ち上げる。


 やった!

 つかめた!


 左手で蓋を開ける。

 両手で慎重に瓶を抱え、ポーションを飲み込む。


 ヌルッとした液体が、喉に流れ込む。

 喉や鼻の痛みが、引いていく。

 一瓶、全部飲み干す。


 もう、一本ポーションをマジックバッグから取り出して、顔と手に振りかけた。

 火傷の痛みが、スーッと引いて行く。


 両手を握ったり、開いたりする。

 よし! 機能回復した!



 レッドリザードの方を見ると、まだ、炎を吐き続けている。

 だが、炎の勢いは、弱まった気がする。


 あ。

 炎を吐くのを止めた。


 ひょっとして、MP切れか?

 俺は【鑑定】で、レッドリザードのMPを確認する。


 やはり、MPは0になっていた。

 あの炎は、スキルではなくて、火系統の魔法だったんだ。


 レッドリザードは、炎を吐いた場所に誰もいないので、キョロキョロとしている。

 俺は、レッドリザードに向かって、大声を張り上げた。


「こっちだ! ウスノロ! ここだ! こい! ザコスケ野郎!」



 レッドリザードは、俺に気が付いた。

 俺にトドメを刺そうと、俺に向かって一直線に走り込んで来る。


 俺はコルセアの剣を、脇にグッっと引いた。

 突きの構えを取る。



 炎の攻撃は、もうない。

 ならば、正面で警戒しなくちゃならないのは、噛みつき。


 だが、それも【神速】なら、掻い潜れる。

 掻い潜って、レッドリザードの懐に飛び込む。


 狙うは、心臓。


 2足歩行で、前足の短いレッドリザードの心臓は、正面から突きで狙いやすい。

 噛みつきを、掻い潜れるなら、勝機は十分にある!


 レッドリザードの走りがトップスピードに乗った。

 これを待っていた。


 俺は【神速】を発動して、一直線にレッドリザードの懐へ飛び込む。

 レッドリザードの走る速度も利用して、カウンターで突きを叩きこむ。



 ズム!



 物凄い手応えが、両手に響いた。

【神速】とレッドリザードの速力が合わさったカウンターの突きは、レッドリザードの筋肉の鎧を易々と突破して、心臓をぶち破った。


 剣から手を離して、【神速】で離脱する。

 セレーネの横に、移動した。


 ゆっくりと、レッドリザードは倒れた。

 重低音が、ボス部屋に木霊した。


「やったー!」

「ヒロトすごーい!」


 サクラとセレーネの声を聴きながら、俺は倒れたレッドリザードに近づく。

 口から血を吐いて、ヤツは絶命していた。


 俺は両手を腰に当てて、横たわるレッドリザードを見下ろしながら、つぶやいた。


「感謝しろよ。レッドリザード。やっと死ねたんだぜ」

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