29.オオカミとアレーナ





「アイシクル・スパイク!!」



フリッドの手から放たれた6つの氷の刺が、襲いかかる数匹のオオカミたちに命中し、後方の茂みに吹き飛んでいく。

しかし、その吹き飛んだ仲間の事など気にも止めず、先ほどの攻撃を運良く回避した3匹が、まだ次の魔法を放つ準備が出来ていないフリッドを自らの武器である鋭い爪や牙で引き裂こうと迫っていた。



「…………グラウンド・ウォール」



だが、そう簡単にはいかなかった。

今にも切れ味抜群の牙でフリッドに噛みつこうと口を開けて飛びかかった瞬間、突然地面から土で造られた硬い壁が現れ、その迫り上がった壁の上端部分が先陣を切っていたオオカミの下顎に直撃し、数m離れた林の中に飛んでいってしまったのだ。

さらに、残りの2匹のオオカミたちも、いきなり目の前に出現した土の壁に止まりきれず、激突した反動で来た道を転がり戻っていった。



「ウィンド・ショットーー!!」



今度は風の魔法で作られた直径6cm程の球が1匹のオオカミの顔に命中して、目を回して倒れてしまったのだ。

球が飛んできた方を見ると、20mぐらい離れた場所で"次弾"を地面に数回バウンドさせながら次の標的に狙いを定めるウィンの姿があった。



「さぁ、どんどんいくよ〜!ウィンド・ショットーー!!」



先ほどまで地面にバウンドさせていた球が、ウィンの手により上空へと放り出される。

すると、その球の落下に合わせて高くジャンプしたウィンは手に持っているホウキの穂で、空中の球を見事なオーバーヘッドのフォームで打ち放ったのだ。

ウィンにより放たれた風の球は、1匹のオオカミの頬に当たると、跳弾して近くにいた他のオオカミたちにも見事にヒットし、合計3匹のオオカミたちがその場で気絶してしまった。




「………烈火刃!!」



ついさっきまで名前など付いていなかった魔法、“烈火刃“が赤い炎を纏った三日月型の斬撃となって、こちらに走ってくるオオカミの集団に向かって飛んでいったのだ。

オオカミたちは、飛んでくる斬撃を蹴散らしてファイに襲いかかるはずだったのだろう、牙や爪を剥き出しにして臨戦体勢を取っていた。

しかし、オオカミたちの考えが甘かったのだ。そのファイの放った斬撃を爪で切り裂こうと飛びかかった3匹を軽く薙ぎ倒し、更にその後ろで待ち構えていた数匹のオオカミたちも次々と蹴散らしていったのだ。




おそらく大型片付いたのであろう、もうファイたちを襲ってくるオオカミたちは現れず、先ほどまで凶暴化していたオオカミは、正気に戻ったのか森の奥へと逃げていってしまっていた。



「どうやら粗方倒したみたいだな。お疲れさん」


「って、先生は何もせず楽してたじゃないですか」


「俺がやったら一瞬で終わっちまうだろ?それに、これはお前たちのために用意した“依頼“だからなぁ」


「そうだ!さっき、オオカミたちに襲われてた人は?」


「それなら心配ない。何せ、俺がずっと護衛してたからな。よぅ、もう出てきても大丈夫だぜ」



レイヴンが近くにある木に向かってそう言うと、その木の影から先ほど凶暴化したオオカミの集団に襲われていた女性が顔を出した。



「………えっと、本当に大丈夫ですか?………オオカミたちは、もう居ないですか?」



よほど怖かったのか、レイヴンの大丈夫という言葉も信じておらず、辺りを恐る恐る見渡し、オオカミが居ないことを確認していた。

そして、言葉通りオオカミたちの姿がなく本当に安心なことがわかったのか、木の影からゆっくりとファイたちの前へと出てきたのであった。



「………危ない所を助けていただき、本当にありがとうございました!」


「なぁに、間に合ってよかったぜ。それより、なぜこんな危ない森に?どうやら観光客じゃないようだが」


「えぇ、“サーブル“の町の者です。この森には食材を取りに来ました」


「しかし、現在、森は危ない状況ですので、近づくのは危険ですよ?」


「実は今日、父の“依頼“を受けてくれた方がこの町にやってくるので、その方にこの町の名物でもある山菜を召し上がってもらおうと思って………」


「もしかして、アンタ。グラバー村長の?」


「はい、グラバーは私の父です。あ、自己紹介がまだでしたね。私は、“アレーナ・ダウネン“と申します」



肩ぐらいまで髪の色は、父親であるグラバーと同じ茶色だが、目の色は“サーブル湖“のような綺麗な青い瞳をしている女性。おそらく料理の途中でこの森に来たのだろうか、緑色のワンピースの上には白いエプロンを着けており、手に持っているカゴにはこの森に自生していると思われる山菜が沢山入っていた。



「でも、なぜ父の名前を?“サーブル“の人じゃないみたいですけど」


「あぁ、さっき会ってきたんだ。俺は町長の“依頼“を受けたレイヴン。こいつらは俺の生………アシスタントたちだ」



レイヴンにアシスタントとして紹介されたファイたちは、アレーナに軽く会釈をして挨拶をした。アレーナもファイたちに優しく微笑んだ後、一度姿勢を正してから深くお辞儀をして、まるでお手本のような挨拶を返してくれたのであった。



「父の“依頼“を受けてくださり、本当にありがとうございます」


「この森の獣たちの凶暴化の謎は、俺たちが必ず突き止めるから安心するといいぜ」


「……………………」


「まぁ!“サーブル“の町のためにも、どうかよろしくお願いします!」


「……………………」


「ん?………クラン、どうしたの?」



明らかに不機嫌そうな怖い顔をしたクランが、先ほどからレイヴンと楽しく話しているアレーナに対してまるで殺気を向けているかのように鋭い目つきで睨んでいたのを、隣にいたファイが気づいたのであった。



「…………別に…………」


「そ、そう?何か、怖い顔してるからさ」


「…………怖い顔なんてしてない…………」



そう言うとクランはアレーナを睨むのはやめたのだが、まだ機嫌が悪いのか頬を膨らませながらそっぽを向いてしまっている。そんなクランの心境など訳がわからず、ただただ戸惑いを感じるファイなのであった。



「とりあえず、アンタを一旦町まで送るとしよう。また凶暴化した獣たちが襲ってくるとも限らないしな」


「わぁ、いいんですか?もう、オオカミに襲われるのは嫌なので本当に助かります」


「獣の凶暴化の調査も原因はわかってきたし、町で休憩がてら“コレ“について聞き込みをしようと思ってたからな」


レイヴンは先ほど茂みの中で見つけた先端に注射針が付いている回復薬の瓶を鞄から取り出して、それをアレーナに見せた。

すると、アレーナはその瓶を見るや否や険しい顔に変わって、何かを思い出したかのようだった。



「………あら?それって、確か………」


「アンタ、“コレ“を知ってるのか!?」


「え、えぇ。確か、先日町に来ていたローブ姿の人たちが同じ物を持っていました。その人たち、ちょっと不気味な感じだったのでよく覚えています」


「こりゃ、ますます町に戻って聞き込みしなくちゃいけないようだな。お前たち、急いで戻ーーーーー」



ヴォオオオオオオオオッーーーーーーー!!!!!



「!?」



突然、静かだった森に恐ろしい遠吠えが鳴り響いた。それは、まるで地響きのように森全体が揺れるかのような感覚で、先ほど襲ってきたオオカミたちのものではなく、もっと危険な存在の鳴き声のように思えてならなかった。





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