2.母と魔法試験
"灯火の村-トーチ-"
王都から少し離れた郊外の村。ここでは、毎年年末に村の至るところに聖なる灯りを燈し、お祝いするのが風習になっているのどかな村である。
明け方、住民が大半寝静まっているだろう薄暗い村に風を切る音が響く。その音は、ある一定のテンポで何回も何十回も繰り出されていた。
「99……100っと!ふぅ…今日はこんなもんかな」
少年の声が誰もいない広場にこだまする。
額は汗ばみ、汗が頬を伝い足下に落ちていくのに気付き、思わず袖で顎の下を拭った。
寝起きで多少寝癖がついている自慢の赤い髪が、爽やかな風で踊るように揺れ、春の訪れを感じていた。
こうやって毎朝広場で木剣の素振りをするのが小さい頃からの日課で、父親が亡くなってからは姉に剣術を教わり、日々鍛錬を重ねている。
少年の名前は"ファイ・フレイマー"。15才。明日からとある魔法学園に入学を予定している。
"輝きの王都-フラッシャリア-"にある、"クロノス魔法学園"。王国随一の生徒数を誇り、数多くの優秀な卒業生を輩出している名門校である。
クロノス魔法学園には入学後、実力試験があり、その年の試験を担当する試験官で毎回内容が変わるのだ。
筆記や実技など様々な試験で受験者の実力を試し、その結果を元にクラス分けを行っている。
試験の内容は試験が始まる際にその場で発表されるので予めの対策が取れず、その時の臨機応変な対応が問われる。
クラスは1から6までの6組であったが、今年から新たに1クラスが増え7組となった。
「いよいよ明日かぁ。クロノス魔法学院ってどんなところなんだろう」
ファイは期待で胸を膨らませながら、日課の鍛錬を終え家への帰路についたのであった。
朝食を食べ終わり、家族3人でのいつも通りの何気ない話に花が咲いていた。
村長が村の発展のために張り切りすぎて風邪を引いてしまった話をしたり、姉がまた村の男子を返り討ちにした話、その他も色々な話をした。
「あの村長、ちょっと空回りなのよね……村の為に一生懸命なのはすごいんだけどね〜」
真紅の長い髪を首元から白いリボンの髪留めで束ね、その髪の先を右肩から上品に垂らしている。
肌はまるで雪の如く白く、毎日家事をしているとは思えないほどキレイでしなやかな手を頬に当て少し困り顔で話す女性が、ファイの母親の"ルージュ・フレイマー"である。
ファイが生まれてすぐに夫が亡くなってからは、女手一つで2人の子供をここまで育てた優しくて美しくて、そして"強か"な自慢の
「だってあいつハッキリしなくて、いつまでもウジウジしてて、イライラしちゃったんだから仕方がないじゃない!」
鮮やかな茜色の髪を黒い紐で左右に纏め、話に熱が入るとその度にその髪が揺れてお気に入りのヘアオイルの柑橘系のいい香りがフッと瞬間的に漂ってくる。
夏に日焼けをしていて真っ黒であったが、春になって大分薄くなり健康的な肌の色をしている。
"フレア・フレイマー"。ルージュの娘で、ファイとは4歳離れている姉である。
何事もハッキリさせないと気が済まず、かなり真っ直ぐな性格をしているせいか村の男子に結構人気があり、今までも何人から告白を受けたらしいのだが、未だに彼女の心を射止めた猛者は現れていないようだ。
剣の腕もかなりのもので、3歳の頃から父親から剣を習い、今では時たまファイの練習相手をしてるが彼女に未だ勝てた事はない程である。
家族団欒のひと時がいつもより早く過ぎていく、そう思うのも無理もない。
何せ当分帰っては来れないのだから。この温もりを味わえないのだから。
「じゃあファイ。練習の成果を見せてもらおうかしら」
唐突にルージュが口火を切る。
いつの間にか、いつも優しい世話好きの女性から、厳しくそして誰よりも息子の事を想っている"母"の目へと変わっていた。
家の庭に3人の姿があった。
結構な広さで、木製の人形や的があったりと訓練用の道具が幾つもの放置されている。これは父が昔使っていた物がそのまま残っているとの事だ。
小さい頃、よく2人で遊んだ秘密基地みたいな場所であった。
「ファイ、とりあえず前回まで教えた事をおさらいしてみましょう」
「うん!わかったよ、母さん」
ファイは頷くといつも使っている木剣ではなく鉄製の剣を握り前方に向けて構え、大きく深呼吸しながら集中し始めた。
すると、ファイの体の周りに揺らめく赤い光が漂い始め、その光は段々と数を増していきファイの全身を覆っていく。これが第1段階の”
目を閉じ再び集中し始めると、全身を覆った光が徐々に大きくなりファイの身体の二回り程の大きさになった。これが第2段階の"
「ここまではまずまずね、では次は"
ファイはやや辛口気味のルージュの評価を聞いて少し安堵した。しかし、ここからが難問であり一筋縄ではいかない事は理解していたからこそ、より一層集中力を研ぎ澄ませる。
身体の覆っている光の大きさを維持しながら剣の腹に左手を当てながら側面を前方へと向け、90度の真横に構える。
「はぁっっ!!…………っ!!」
気合いを入れるかの如く声を発したと同時に赤い光が剣の前に球形となって集まり始め、その球が拳ほどの大きさになった途端あらぬ方向へと弾き飛んだ。
5メートル程前方に墜落し小規模な爆発が起きた。
光の球が落ちた場所は所々赤く残り火があり、焼き焦げた臭いが辺りにに広がっていた。
「どうやらあなたには放出はまだ難しいみたいね……』
ルージュが残念そうに、そしてどこか安心したかの様な複雑な表情を浮かべていた。
自分の実力不足が悔しいのか、それか失敗のショックで気が動転しているのかはわからないが、ファイは俯いたままその場に立ち尽くして動こうとしなかった。
「ファイ、あなたの頑張りは私たちがよく知ってるわ……でも初歩的な魔法をまだ十分に使えないのであれば……」
「まだだよ、母さん」
2人は不意に放ったファイの言葉に驚きを隠せなかった。それは落ち込んで言葉も出ないと勝手に思い込んでいたからだ。
でも、違った。
ファイは不敵な笑みを浮かべて、再度剣をゆっくりと構え始めた。
再びファイの身体の周りに赤い光が漂い始め、そして徐々に大きく揺らめいていく。
ここまでは先ほどと同じだが、これから先がまるで違っていた。
「はぁあああっーー!!」
全身の力をその手に握る剣に集中させる。すると全身に纏っていた魔力が剣の方に流れていき、やがて剣先まで赤く揺らめく光が包み込んだ。
するとファイは赤く光る剣を振り上げ、庭の隅にある木製の人形に狙いを定めた。
「いっけぇえーーーー!!』
渾身の力を込めて振り下ろした剣は、あまりのスイングの早さにより赤い三日月型の残像を残す。
否、残像ではなかった。
残像と思われた”それ”は勢いよく前に飛び出し、あっという間に目標へと着弾した。
着弾した目標物である木製の人形の胴体部には、まるで剣で斬られたかの様な傷跡が残っており、そこから煙が立ち上っていた。
「……剣に”
最初は何が起きたか状況を飲み込めないルージュであったが、冷静になって理解したのかファイのしたことを正確に分析した。
ファイが剣を振るった時に見えた”赤い三日月型の何か”は残像ではなく、剣に付与した魔力を遠心力で飛ばしたものであった。
「合格よ、ファイ。よく頑張ったわね」
「うん!!ありがとう、母さん」
ここまで立派に成長した自慢の息子を噛み締めるかの様に、ルージュはファイを優しく抱きしめた。
ファイは照れながらも、今は母の”愛情”を心に刻み付けた。
ここまで女手一つで育ててくれた感謝と共に。
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