婚活イベントでライトオタク手芸趣味美少年と会った件

武州人也

第1話

「ええと……初めまして。三島渚みしまなぎさと言います。よろしくお願いします……」

 とある洋食レストランの中、少年は、おどおどした様子で名を名乗った。

「どうも、芦田幸次あしだこうじです。こちらこそ、よろしくお願いします……」

 向かいの席に座る成人男性も、どうしたらいいか分からないのか、その挨拶もぎこちないものになってしまっている。気まずい空気が、レストランのテーブルを挟む二人の間に流れている。


 ことの発端は、この二人の内の成人男性の方、芦田幸次が婚活サイトで女性と会う約束を取りつけたことから始まる。

 幸次は今年で二十九になる社会人である。独身、彼女なしで漫画やアニメ、ゲームなどを嗜む典型的オタクの彼は、独り身の寂しさに耐えかねて、オタク向け婚活サイトで相手を探し始めた。そして、足繁く婚活イベントに参加し、とうとう同じ県内に住む女性との会食の約束を交わした。

 そこまでは良かった。しかし、運悪く、相手の女性はインフルエンザに罹り、やむなく欠席することとなった。それならば、またの機会にすればいいのであるが、あろうことか、この女性は、年の離れた自分の弟を代役として向かわせたのであった。そうして、今、このような状況が出来あがっているのである。

 

 二人は、暫し沈黙していた。その間、幸次は、目の前の少年を眺めていた。睫毛の長い、羨ましくなる程の美少年だ。長めの髪のせいか、ほのかに中性的な雰囲気もある。きっと将来はイケメンになって、労せずして周りの女たちを食い散らかすのかも知れないと思うと、後ろ暗い嫉妬の念さえ抱かされる。

 このまま、何も話さないわけにもいくまい。けれども、どう切り出せばいいのか、幸次は分かりかねている。

「……あの、好きなアニメとか、漫画とか、ある?」

 相手はあくまで会う予定だった女性の代役である。この少年が所謂オタクであるかどうかは分からないし、この切り出し方が良いのかは分からない。

「うーん……そうですね……漫画だと……セブン・キングダムズとかですかね……」

 それを聞いた幸次は、胸をなで下ろした。それなら、幸次も追っている漫画だ。中国の戦国時代が舞台の話で、アニメ化もされていて、数か月前には特撮出身の俳優が主演を務める実写映画も上映された人気作だ。取り敢えず、これを取っ掛かりとして、あとは、張り切りすぎてマシンガントークにならないように気をつけねば。

「あ、そうなんだ。実は俺もそれ大好きなんだよね。本誌派? それとも単行本派?」

「本誌と単行本両方読んでます。一応最新話までばっちり読んでますね……」

「それならよかった。僕もそうなんだ。あれだよね、今週は宋王偃そうおうえんが斉に侵攻してくる所で終わったんだよね。好きなキャラとかいる?」

「うーん……僕は斉の田忌でんきでしょうか……魏軍に猛攻を仕掛けて勝利する所とかかっこよかったです」

「わかる。田忌かっこいいよね」

 二人は、すっかり話に花を咲かせた。年の違いこそあるものの、同性の気軽さ故か、特に力むことなく会話を弾ませることができた。

 幸次は、今でこそ婚活に力を入れてはいるが、元々は朴訥ぼくとつな人柄で、異性との交際どころか、まともに話すことすらできなかった。故に異性に対する、ある種漠然とした苦手意識は完全に払拭されたとは言い切れず、やはりそこは同性の方がまだ話しやすくはあった。

「今日はありがとうございました。御馳走になって申し訳ないです」

「いやいや、流石に自分よりずっと年下の相手に払わせるわけにもいかないからさ」

「あ、よければ連絡先交換しませんか」

「うん。そうしよう」

 夜闇が、空を覆っている。店の外は、息も白くなるほどに寒かった。二人はスマホを取り出し、連絡先を交換して、その日は別れた。


 帰宅した渚は、無言で靴を脱いだ。

「ああ、渚か。それで、相手はどうだった」

 扉の閉じる音で帰宅に気づいた姉は何処となく不機嫌そうな声色で、弟の渚と目を合わせることなく問いかけた。姉はソファーに立膝をつきながらスマホのゲームをプレイしており、弟の方を向くのも億劫だという風であった。

 姉がインフルエンザに罹患したというのは、全くの嘘っぱちであった。この姉、三島由利みしまゆりは、一対一で会った時の相手の男の様子を探る偵察のために、この中学一年の弟を送り込んだのだ。

「相手の人は優しそうな人だったよ、ご飯も奢ってくれたし、セブン・キングダムズの話で盛り上がった」

「ちっ、お前ばっかり楽しい思いしやがって」

 由利は舌打ちして悪態をついた。男の所に行かせたのは他ならぬ姉の意志ではないか、というようなことを、渚は言わなかった。何も言わずに、自分の部屋に入ってドアを閉ざした。

 この姉弟の仲は、すこぶる不仲であった。不仲であるというよりも、姉が一方的に弟を忌み嫌っていた。以前、弟が理由を問うた時、姉は、「お前の顔が嫌い」と言っていた。曰く、自分は冴えない地味な顔貌をしていて、男にちやほやされたことなどなかったのに、弟だけ眉目秀麗な美少年であるのは許せないということだ。

 渚は、この自然災害のような姉に対して、ひたすら平伏してやり過ごす道を選んだ。幸い、年も離れているので、早く嫁にでも行って、家から出ていってほしかった。けれども、姉の男探しは、中々難儀であるようで、結婚への道のりは遠いようであった。

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