第41話 たいりょうでしゅ

 湖岸からそっと顔を出し、水の中を覗いてみる。すると、黒い背中の魚影がたくさん見えた。

 大きさはニジマスくらいかな? そこそこ大きい魚だ。

 その魚が身をひるがえすと、キラリと虹色に光る、なんとも不思議な魚だった。キャシーさんによるとこの時間は湖岸の水面に近いところで泳いでいるけれど、それ以外は中心部に近いところだったり、深い場所にいるんだそうだ。


「でね。動くと虹色に光るでしょう? だからこの魚はニジマスって言うのよ」

「…………。しょ、しょうれしゅか」

「ええ。とっても美味しいの! ステラちゃんも食べてみたい?」

「あい!」

「じゃあ、獲るわね」


 そのままの名前に愕然としつつ、ニジマスを獲ってくれるというのでお願いする。すると、キャシーさんは自前の糸を編んでネット状にしたあと石をくくりつけて錘にし、投網代わりに投げた。

 ポチャンと音がしたと同時にニジマスは逃げていく。が、キャシーさんのほうがスピードがあるようで、そのほとんどが逃げられなかった。

 そのまま網を引き寄せたキャシーさんは、気合いを入れて思いっきり引っ張ると、湖岸に網が乗り上げる。


「おお~! たいりょうでしゅ!」

「そうね! 思った以上に獲れて、アタシも満足だわ~♪」


 網を押し上げるようにピチピチと跳ねる魚は、ざっと数えただけでも三十匹は軽く超えている。しかも、見た目はきちんとニジマスだけれど、光を反射した鱗が虹色に光っているし、スーパーで見かけたものよりも大きかった。

 他にも、ヤマメやアユ、鮭っぽい見た目の魚もいて、まさに大漁であ~る。


「ああ、いいわぁ~! ラックスとヤマメ、アユとピンクトラウト、ウーガリまでいるじゃないっ! 凄いわ!」

「ふおぉぉぉっ! しおやきしたいでしゅ!」

「いいわね! テトとセレスにお願いしましょう!」

「あいっ!」


 アユやニジマスの塩焼きいいよね! 食べたい!

 キャシーさんが持ち上げてその魚の名前を教えてくれたんだけれど、ラックスは鮭でピンクトラウトはサクラマス。そしてウーガリはウナギで他はそのままだった。

 しかも、どれも日本でみたものより二回りは大きいし、ラックスに至っては産卵前らしく、お腹がパンパンに膨れている。

 よっしゃー! いくらだー! 醤油漬けにしよう!

 ウナギも蒲焼きにしたり、ピンクトラウトは押し寿司もいいかも! テンションあーがーるー!

 キャシーさんと二人でハイタッチしたあと、亜空間から出した大きな魚籠びくに、大漁の魚たちを種類ごとに入れる。そろそろ風が冷たくなってきたからと、キャシーさんに手を引かれながらハウスに戻った。

 明日の朝、湖を散策するそうだ。また違った魚や鳥が見れるらしい。楽しみ~!


「たらいまー!」

「おかえりなさい。湖はどうでしたか?」

「きれいれした! あと、おしゃかなしゃん、たいりょうれしゅ!」

「おや。キャシー、何が獲れましたか?」

「本当に大量なのよ~! 見て!」


 穏やかな表情で私たちを出迎えてくれたセバスさんに、魚籠をセバスさんに見せるキャシーさん。すると、セバスさんも焼き魚を食べたいと言い出しだ。

 ですよねー! 私だって食べたいもん!

 すぐにキッチンへと向かい、ご飯の支度をしているテトさんとセレスさんに魚籠を見せ、焼き魚を食べたいと主張。すぐに一番数の多いニジマスを取り出したあと、えらと内臓を取り除き、串に刺してから塩を振り、暖炉の火で炙り始める。

 強火の遠火でじわじわと焼かれていくニジマス。魚から出る油が落ちるたびに、暖炉の火がはぜる。

 それに伴って魚が焼けるいい匂いがしてきて……。くうぅぅぅっ! たまらん!

 テトさんとセレスさんがスープやパン、サラダを作っているうしろで、私はラックスを捌いていたり。中から出て来たのは、綺麗なオレンジ色をした、宝石のように輝いている生筋子ちゃん。

 しかも、日本で見たものよりも粒がデカい! よーし、ほぐすぞー!

 たっぷりのぬるま湯に塩を入れ、ボウルに生筋子を入れたらぬるま湯を入れる。お風呂と同じ温度だから熱くない。

 潰さないように丁寧に洗ってほぐすことを何回も繰り返し、薄膜や血合いを取り除いていく。これを怠ると見た目も食感も悪くなるから、本当に丁寧に洗ったとも。

 綺麗になったらザルにあけて、しっかり水切り。その間に調味料の用意。

 これはバステト様が贈ってくださったものを使うことにしよう。

 まずは醤油漬け。みりんと酒を鍋に入れて煮切ってアルコールを飛ばしたたあと、醤油を入れて三分ほど煮詰め、冷ましておく。セバスさんにお願いして大きな瓶を作ってもらい、その中にいくらと冷めた漬け液を入れて、冷蔵庫へ。

 半日から一日漬け込めば食べごろだ。

 次は味噌漬けにしてみようかな。味噌漬けもうまいんだぜ~?

 味噌とみりんを2:1にして、練る。保存容器に練った味噌、ガーゼ、いくら、ガーゼ、味噌の順で漬け込むんだけど、この世界にはタッパはない。

 なので、やっぱりセバスさんに説明してガラスで作ってもらい、その中に入れて漬け込むことにした。ガーゼもなかったけれど、そこはキャシーさんにお願いしてそれに近い状態の布を作ってもらい、それを使った。

 キャシーさんの下の蜘蛛さんもよくわかってなかったみたい。それでもガーゼにかなり近い糸を出してくれたんだから、凄い。

 お礼に大きな顔を撫でたら、嬉しそうにしていた。なんだか可愛い!

 で、味噌漬けも冷蔵庫へ。不思議そうな顔をしている大人たちに、漬け込むことでもっと美味しくなると話すと、とーってもイイ笑顔でサムズアップした。

 今まではいくらを食べる、なんてことはしなかったんだって。

 なんて勿体ない!

 明日のお昼以降なら食べられると言うと、お昼ご飯に決定してしまった。

 残った身は三枚に下ろしたり、そのまま塩に漬け込んで新巻鮭にしたり。スモークにしてスモークサーモンっぽくしてもいいかも。

 下ろした骨や頭も取っといてもらって、後日、潮汁もどきにしたいと思います!

 ピンクトラウトとウーガリ、残っているラックスに関しては、これからもちまちまと作業をする予定。テトさんが全部亜空間にしまってくれるというのでお願いしてあるから、傷んだりすることもないしね。

 そうこうするうちに魚も焼け、ご飯も出来上がる。大根おろしはないけれど、その代わりレモンが添えてあって、とても美味しそうな焼き色のニジマス。美味しそう~!


「では、食べましょうか」

「いたらきましゅ!」

「はい、召し上がれ」


 まずはスープ。野菜たっぷり、あっさりめなコンソメ味。

 パンはふわふわもっちりで、幼児の手でも簡単に千切れちゃう。

 そして魚。綺麗に半身を剥がし、一口分をパクリ。


「ふわふわ……おいちいれしゅ!」

「でしょう? 小骨も柔らかいのよ」

「しょうなんれしゅね!」

「食べてもいいけど、気をつけて食べようね」

「あい!」


 小骨は柔らかいのか。サンマとかイワシくらいなのかな? そんなことを考えつつも、テトさんの注意をしっかり聞いて、小骨と一緒に身を噛む。

 身はふわふわで、油がのっているのかとてもジューシーな味がする。骨も本当に柔らかくて、噛めば噛むほど簡単に細かくなるのが凄い。

 塩がね、とてもいいお味なのだよ。しょっぱさの中に甘みがあって、マジウマ!

 幸せだ~!

 レモンを絞って食べてみたけれど、これはこれで口の中がさっぱりして美味しい!

 今度はご飯と味噌汁、大根おろしを添えて食べたい!

 てなことを大人たちに主張してみたら、あっさり通った。その時は頑張って作っちゃうよ!


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