リナリアは深淵に向かい

リナリアは深淵に向かい1

愚かで浅ましい感情に溺れているということは、自分でも嫌というほどわかっている。


シャンデリアとベンツのある旧家に生まれ、厳しく躾けられはしたが、家族からはおおよそ「なんでも」与えられた。

外科医志望だった彼も、今では立派に総合病院で勤務し、順調に出世コースを歩んでいるようだ。

私はそんな多忙な夫から家を預かっている。

…といっても、家事はほとんどハウスキーパーがやってくれるので、私の仕事はといえば夫が綺麗だと褒めてくれた手指をさらにサロンで磨き上げることと、夜の潮騒やケーブルテレビで暇を潰しながら彼の帰りを待つことくらいだけれど。


「セレブ」「勝ち組」と形容されることも少なくないし、実際主婦願望のある女性なら、誰もが羨むような何不自由ない穏やかな環境の中にいる自覚はある。


私は、とても恵まれている。

何より私自身が今の暮らしにはとても満足している。


だから、他に望むものなんてない。


なかったはずなのに。




「また連絡するから。」


そう言って私に微笑んでくれた、あの艶やかな銀の髪と、息をのむほど整った顔が頭から離れない。


あなたからの連絡が欲しい。


…きっと私はおかしくなってしまったんだ。

1か月間も、夫以外の男性からの誘いを待ち焦がれているなんて。


別に関係を持ちたいわけじゃない。

例え心の底で望んでいたとしても、流石に恥は知っている。

行動に移すほど節操がない女ではない。


ただただ、彼に会いたい。会えるだけで充分だから。



仕事が忙しいのかしら。


私に会うのが嫌になったわけじゃないわよね…?


不安で不安でたまらない。


ねぇシロー君、今度はいつ話せるの…?

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