残留思念 三
職員の方からGoサインを頂き、私達は児童センターに足を踏み入れた。踏み入れた瞬間から感じた。ここはヤバい。為辺さんも優里香も同じように感じたらしく、表情が少し固くなっていた。霊現象が起こったのは一箇所だけでは無かったので、取り敢えず三人で一通り回る事にした。霊力が強い人間は、霊からすれば恰好の餌食なので、すぐに姿を表すと思ったのだ。図書室、授乳室、トイレ、卓球部屋、そして最後に遊具部屋。遊具部屋は角がなく、円い形をした部屋だった。遊具部屋に入った時に、ヤバい空気が一層強くなった。以前為辺さんが笠見山で言っていた事を思い出す。ここも、霊の負の感情から、現世と霊界の境が曖昧になっているのだろう。肝心の主は今のところ見当たらないが。ただ、少し気になる事がある。笠見山の感覚と似ているが、何かが違う。
「もの凄い悪い念を感じますけど、これは一人のもののように感じます」優里香が言う。私も同感だった。笠見山に行った時に感じたのは、多くの人の渦巻く念だったからだ。
「そうだな。とすると、ここの土地の問題って可能性は低そうだ。といっても、この場所で死亡事故とかは特に無かったそうだが・・・」
そう言い、為辺さんは入り口から見て左側の端に歩いて行く。私達もそこに行くと、小さなジャングルジムのようなものがあった。明らかにその場所が一番強く悪い念が渦巻いているように感じた。先程言っていた子どもが落ちた遊具というのが、これだろう。
「・・・よし、一旦ロビーに出るぞ」
そう言い、為辺さんは踵を返したので、私と優里香もそれに続いた。
「奴の
成る程。彼奴等は確かに衝動的に行動する事が多いが、いやに理性的な奴がたまにいる。ここの霊もその部類というわけか。
「ここは別々に行動するか。優里香は、霊を見つけたら捕まえろ。維純は霊に出くわしたら大声で俺達を呼べ」
為辺さんが私たちに指図する。私は今のところ真言で霊から逃れる術は身につけているが、霊を捕まえる術はまだ身につけていない。私が戦力外なのだったら、為辺さんか優里香につけてくれたらいいのに。為辺さんはどうやら、技術関係無く早々に実践投入していくタイプのようだ。彼は結構体育会系なところがある。
児童センターは、ロビーから伸びている廊下の左右に、図書室、授乳室、トイレ、卓球部屋とあり、曲がり角を曲がった先に遊具部屋がある。為辺さんは図書室、優里香はトイレから、そして私は卓球部屋から見て回ることになった。部屋数は多くないが、部屋と部屋の間隔がかなり広い。まず為辺さんがロビーから一番近い図書室に入り、私と優里香は暫し並んで歩いた。
「維純、なんで単独行動させられるんだろって思ってるでしょ」優里香が話しかけてきた。彼女には私の考えはお見通しのようだ。
「うん、私まだ退けられるやつしか習ってないし」
「そろそろ他のも教えられるよ。維純飲み込み早いし。私なんてもっと実践投入遅かったよ。ここまで早く任されるのは、師匠が維純を信用してるって事だよ」
「そうなの?」
「うん、前に笠見山行ったじゃん?維純あの感覚を前にしても全然怯んでなかったんだって?」
「そんねことないよ。胸がざわざわしたし」
「初めてだったのにそれくらいで済んだんだから凄いよ。普通
為辺さんが?それは意外だった。あの人はどちらかというとキツい性格をしていて、口も悪い。対人関係の構築が得意でない私は、結構彼の顔色を伺っておどおどした態度になってしまう事があるが、そういうところもあまりよく思われてない、というか嫌われてる気がする。だが、優里香の話を聞いた限り、能力だけは買ってくれてる、という事か?
そんな話をしている間に、トイレの前にやってきた。
「じゃあ、私はここから見て回るから。霊を見つけたら大声で叫ぶんだよ」
そう言って優里香はトイレに入っていった。私はそこよりも少し先にある卓球部屋に入った。そこそこ広い部屋に、卓球台が二台。物置部屋等は存在せず、私は卓球台の周りをぐるりと回った。何か居る気配はない。
ここにいても無駄だと思い、廊下に出る。と、その時。
プオーーー。廊下の曲がり角の向こうから汽笛の様な音が聞こえた。曲がり角の先にあるのは遊具部屋だ。今のは、音の鳴る遊具の出した音だろうか。音の大きさからして、今の音は他の二人にも聞こえている筈だ。だが、図書室からも、トイレからも出てくる気配はない。
二人に伝えようか迷った。けど、まだ霊の姿を確認できていないタイミングで援助を読んでも、姿を表さないかもしれない。私は、一人で遊具部屋に行く事にした。
廊下の角を曲がり、夕日の差し込む部屋へ入っていくと・・・いるわいるわ、強い殺気を放っている霊が。その霊は、入り口から見て左端の、小さなジャングルジムの後ろにいた。その遊戯部屋には、部屋の壁にそって椅子が並べられており、その椅子の一つに座っていた。シルエットが霧の様にぼやけているその人影は、かろうじて女の人の様に見えた。
二人を呼ばなきゃと、声を出そうと口を開く。だが、声は出なかった。否、出さなかった。
凄まじい殺気を放つその女の霊と、笠見山で封印された男の子の霊の姿を重ねてしまったからだ。
そのまま固まってその霊を視ていると、強い憎しみ以外の感情が伝わってきた気がした。
これはなんだろう。今まで感じたことのないものだ。いや、私は感じようとしてこなかった。霊の深い感情に捕われると、憑かれてしまうからだ。霊の激情に、怯まず、無関心でいれば、私は一応は平穏を保てたし、それで生きてきた。
けれど、私は今、その無関心というフィルターを外そうとした。この人は、何があって、こんな強い殺意を抱いたのだろう。ほんの少しだが、そう思ってしまった。
すると、霊だけでなく、まわりの景色も霧のように霞んでいった。体の感覚も消えていく。まるで眠りに落ちるかのように、世界が、離れていく様な感じがした。
* *
――憎い。憎い。憎い。
どうして私だけがこうなの。どうして私だけがこんな目に遭うの。
幸せに生きてきた人なんて沢山いる。愛されて生きてきた人なんて沢山いる。
その人達でいいじゃない。なんで私だけがこんな目に遭うの。
あいつらはもっと不幸な目に遭えばいい。こんなの不公平だ。
私だけがこんな目に遭うなんて、許せない!!――
私は、愛されない子どもだった。両親の顔は知らない。物心がついた時から児童養護施設にいた。温かい家族がいるクラスの子が羨ましかった。それで思った。私も大人になったら、温かい家庭を築こう、と。
十八歳になり退所した後、私は就職した。簡単な事務仕事なので、仕事内容を覚えるのは苦労しなかった。けど、私は細かいところが人とずれていた。気遣いができない。常識がない。上司への気配りが全然なってない。そう言われ続けた。
やがて私は人間関係に限界を感じ、その会社を辞めてしまった。ただ、育ちに問題があり、学歴も低く、前の会社を早くに辞めた私を雇ってくれる会社なんて無く、私は、アルバイトで生活をギリギリ繋いで生きていた。私が小さい時に抱いた夢なんて、本当にただの夢に過ぎなかったんだ。そう思いながら、生きていた。
そんな時に、「彼」に出逢った。彼は、私のバイト先のお客さんだった。私がバイトしていたカフェで、彼が忘れ物をしてしまい、私は彼に忘れ物を届けに走った。そして、なんとか彼に忘れ物を渡せた時に、かなり強い雨が降ってきたので、少し彼と雨宿りをした。
彼は、こちらがほっとする様な、そんな話し方をする人だった。そんな人とは久しく会っていなかった私はすっかり絆されて、今までの事を全て話してしまった。
それは大変だったよね、辛かったよね、と。私が欲しかった慰めの言葉を彼は全部くれた。それをきっかけに私達は、お付き合いを始め、やがて同棲をすることになった。彼と恋人でいた時は幸せだった。彼はいつも私が欲しい言葉をくれたから。ここから始めよう。彼と幸せな家庭を作ろう。そう思ってたのに。
「別れよう。ごめん。俺もう飽きちゃったんだわ」
彼は突然そう告げた。優しい言葉を掛けるとすぐに喜ぶから騙しやすかった。体の相性が良かった。彼の口から紡がれたのは、私を
「この部屋はやるよ。俺、もう次に住むトコ決まってるから」
そう言って彼は部屋を出て行った。私はただそこに座り込んで、何も言えなかった。
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