転移者は月夜に笑う

黒蓮

第一章 はじまり

第1話 プロローグ

 眩しい・・・

いつも思う、彼らの嗜虐的な顔は実に不愉快でそのくせ理解できるものだと。

200人は入る会議場に満員になるくらい詰め込まれている記者たちを見て、一体何枚の写真を撮るのだと呆れるぐらいのフラッシュを浴びながら演台に向かいつつ自分がこれから話すべきことに思いを馳せた。


「本日は火乃宮重工における顧客情報流失の記者会見にお集まりいただきありがとうございます。私は本件情報流失の部署において責任者である部長の火乃宮ひのみや れんと申します。」


ざわっと会場の雰囲気が攻撃性を持ったのを鋭く感じた。実力主義が根付くようになって来たというのに目の前にいるこの記者たちは今だ年功序列の世界にいるのだろう。私の外見が若いことに嫉妬にも似た彼らの苛立ちを感じたため素早く次の言葉をつなげる。


「まず始めに、今回の顧客情報流出について私から説明させて頂くのは、私がいち早く知る立場にあったということと、情報管理においても最高責任者であるという点に他なりません。」


会場を見渡すと、見た目が若輩者の様な私が今回の責任者足りえるのかという指摘ができなくなったことへの落胆が見て取れた。こうして記者達の嗜虐心を削っていくことは心地がいい。

なぜなら彼らはありもしない民意を盾にして言いたい放題していく。しかも、私の発言を切り取ってセンセーショナルな内容にならないか記事を創作していく事に腐心しているのだからまったく頭が下がる。

そんな内心の愚痴を心の内に吐き出しながらも会見は進んでいき、彼らの聞きたかった言葉を口にしていく。


「・・・という再発防止策と監視部署を立ち上げ、今後はこのようなことがないように徹底して行く所存です。また、今回の情報流失に対する責任として社長は1年間給与の50%返納、役員は30%、直接の責任者である私はすべての給与を返納し、その返納金を再発防止のためのセキュリティープログラム開発費へとしていきます。」


ざわっと会場の雰囲気が困惑するのを感じた。それはそうだろう、本来なら記者たちの自分たちは正義だとでもいわんばかりの執拗な追及ののちに今の言葉を引き出したかったのだから。ただ、そんな中でも自分たちの存在価値を示さんとばかりに質問が飛ぶ。


「そのようなことを実施しても、結局体制が変わらなければ顧客情報の重要性を無視した取り扱いになるのではないでしょうか?」


本当にため息がでる。あたかも会社が情報の重要性を無視しているかのような質問に答えさせることでそれを既成事実のように扱おうとしているのが見て取れる。おそらくこの記者たちの終着地点は私か社長の辞任というところだろう。とはいえ、すでに手は打ってある。


「おっしゃりたいことは理解できます。上が変わらなければ今までと変わらないだろうと。ですので既に私は会社に対して部長の席を退く旨を会社側に伝え了解を得ております。それは当社ホームページの人事欄に記載されております。」


ざわっと再度雰囲気が変わると同時に私は満足した。彼らはきっと不完全燃焼のまま記事を書くことになるのだろうと。



 「お疲れ様でございます。」

会見後の車の中、秘書の雨宮がねぎらいの言葉をかけてきた。

既に時刻は午後8時、食事も取れない記者会見で疲弊していた私は目を瞑りながら答えた。


「残念ながら大変なのはこれからだ。後を任せられる後任部長は辟易たる思いだろう。」


そう、大変なのはこの後だ。急に部署のトップが変わり、新たなセキュリティープログラムに対する社員教育に汚名の挽回等やることはいくらでもある。だが・・・


「まぁ私は明日から兵器部署へ人事異動だ。AIプログラムを使った自立型ヒューマノイドも面白い研究だったが、兵器開発が本分だからね。ようやく大学で発表した論文の実現ができるというものだ。」


 この火乃宮重工はネジから宇宙までという非常に幅広い分野で活躍している企業である。公には兵器開発は極秘となっているが、要求されるコンセプトに合わせた設計とプログラムのみを政府に販売しているのであって、実際の兵器を制作・販売しているわけではないがそれでも世間体は気にしなければならない。しかもこの事業は会社の収益の3割を占めているのだ。


「・・・御曹司はこの会社になくてはならない存在です。わが社を背負っていく気はないのですか?」


このやり取りは周りの者から幾度も繰り返されてきたものだ。その度に同じ返答が返ってくることを彼らが確信しているとしても言わねばならない。


「君もわかっているだろう、私が社長になることはないよ。兄が社長となって私がそれを支えていくことになるだろう。そして君たちも兄を・・・火乃宮ひのみや 魁人かいとを支えてほしいのだ。」


私には3つ上の兄がいる。しかし周りの者は私に社長の席に座って欲しいような質問を繰り返しているのは、この兄ではわが社のさらなる成長は望めないと理解しているからだ。


「失礼を承知で申し上げさせていただければ、あの者は社長の椅子に座ったと同時にあなたをクビにするか、良くて飼い殺しのような閑職に追いやると思われますが・・・。」


はぁ、ため息がでる。兄との仲は決してよくはない、出来のいい弟と比較される凡庸な兄。長年の恨みつらみがそんな形で現実のものになるかもしれない。しかし・・・


「この話は聞かなかったことにするよ。」


そんなことは自分が一番分っていた。だからこそ社長である親父に一度掛け合ったことがあるのだ。しかし返答はにべにもなかった。曰く、火乃宮の人間は皆優れた才能を持っている。曰く、兄が凡庸などと対外的にしれようものならそれは火乃宮の恥であると。この言葉を聞き私は全て諦めた。私はこの火乃宮の家に飼い潰されるのだと。


「ところで君はしっかり休めているのかね?」


目の下の隈を厚めの化粧で隠している彼女に話題を変えるべく聞いた。その真意を理解したのか彼女は笑いながら答えた。


「そうですね、御曹司よりは睡眠時間が長くとれていますよ。」


なんとも皮肉な答えだった。


「それはすまなかったね、今回の件で忙しい思いをさせてしまった。私も今日はさっさと寝ることにするよ。」


言い終わるころに車は私の自宅へと到着していた。


「では明日は朝7時に迎えに参ります。お休みなさいませ。」


扉を開け外に促してくれた彼女が見惚れるようなお辞儀をしながら告げてきた。


「ああ、ではまた明日も頼むよ。」


家に入りスマホのアラームの時刻を確認したのち私はベットに倒れこんだ。


(5分だけ・・・5分休んだらシャワーを浴びてちゃんと寝よう・・・)


これが私がこの世界で生きてきた最後の記憶だった。

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