Episode7-A 日和見

~最初に~

 作中において、登場人物の身体的な事情に触れている箇所があります。ですが、決して同じ事情を持つ方々を貶める意図はございません。何卒、ご容赦くださいますようお願い申し上げます。



※※※



 友介(ゆうすけ)は、同じ大学のサークルの彼女・美百合(みゆり)がここ最近、周りの者たちに距離を置かれ始めていることに気付いていた。

 そして、その原因は周りの者にあるのではなく、美百合自身の言動にあることも彼はちゃんと理解していた。


 頑ななまでに”日焼け”を避けている美百合。

 というよりも、彼女は日の光をほんの一瞬でも浴びることすら、忌み嫌っていていた。


 先日、サークルの皆で海に遊びに行った時のことを思い出してみてもそうだ。

 車の中でも日焼け止めクリームをがっつり塗りたくっていた美百合。

 彼女一人だけ海に入ることもせず、日傘の下でサンバイザーにサングラス、ネックカバーにアームカバー、レッグカバーという完全装備のまま、浜辺でスマホを弄り続けているだけであった。


 それは、あまりにも場違いなうえ異様な風体と行動であった。

 お前、何しに海に来たんだよ?

 友介だけでなく、他の者たちも同じことを思っていただろう。


 この時ばかりは友介も美百合に言った。

「そんなに日焼けが嫌なら、無理して来る必要なかったのに」


「彼氏が行くのに彼女の私が一緒に行かないわけにはいかないでしょ。いいよね、男の子はお肌の手入れに気を遣う必要がなくて。私がこの色白美肌を守るために、どれだけ努力していると思っているの?」


 確かに客観的に見て、美百合の肌はわりと色白な方ではあった。けれども、”陶器のような”や”吸い付きたくなるような”という形容詞を付けることができるほどの色白美肌とまではいかないだろう。

 それに肌の白さなどよりも、波と戯れている他の女の子たちの瑞々しい肌や、楽しそうな表情の方が、友介の目にはずっと魅力的に映った。

 かといって、さすがに近場で乗り換える――同じサークル内で他の女の子にちょっかいをかける――なんて、面倒なトラブルにしか繋がらない行動をする気は、さらさら起こらなかったが。


 この海での一件みたいに、美百合が場違いな完全武装して、楽しい場を白けさせていただけなら、まだマシだった。

 ある日、友介は大学構内で同じサークルの飛鳥(あすか)と弥生(やよい)に呼び止められたのだ。

 美百合を何とかしてほしい。

 それが、彼女たちの話の要件であった。


「美百合、私たちと何を話していていも、自分の肌の話……”自分が肌の白さを守るためにどんなケアをしているのか”って話にすり替えるのよ」

 呆れ顔の飛鳥。

 飛鳥に、同じく呆れ顔の弥生も同調する。


「美百合は結局、『色が白くて羨ましいよ』って言葉を私たちから引き出したいだけなんだよね。そればかりか『お肌の手入れ、しっかりしないと彼氏できないよ』とか、『色白美肌な子は、やっぱり男受けいいよ』とか、余計なお世話や自慢話ばかりで、私たち本当にうんざりしてるんだ」


 飛鳥と弥生の話を聞いただけで、美百合がどんな口調と表情で喋っているのか、友介は容易に想像できた。


「何か”妙なスイッチ”が入っちゃってるのかもしれないけど、このままだと、美百合は皆に距離を置かれて……というか、現に他の女の子たちからも文句や悪口も出ているから……サークル内で孤立しちゃうのも、このままだと時間の問題だと思うの」

 飛鳥は、少し声のトーンを落とした。

「ねえ、友介くん……私たちのサークルに明奈(あきな)って子いるでしょ」


「? ……ああ、あの”そばかす”の子?」

 同じサークル内にいるとはいえ、挨拶以外は一度も言葉を交わした記憶のない女の子だ。

 大人しいというよりも、暗くてどこか寂しそうな感じの女の子。

 名前を言われても、彼女の顔立ちそのものよりも、顔一面に無数に散っている”そばかす”を真っ先に思い出してしまう。


 飛鳥と弥生は、友介の口から出た「そばかすの子」という言葉に揃って顔をしかめた。彼女たちの顔立ちは全く似ていないのに、その表情はまるで双子のようであった。


「私、明奈とは小学校からの同級生なんだけど、結構、昔からその”そばかす”のことで揶揄われて……というよりも、虐められていたのよ。今だって、明奈本人はすっごく気にしていると思う。それなのに、美百合は明奈にまで『また、そばかす増えてない?』『女の子なんだから、サボっていないでちゃんとケアしないとだめだよ』とか平気で言うのよ」

 それはもはや、言葉の受け取り手である明奈にとっては虐めでしかない。

 飛鳥が続ける。

「女の子って誰しも自分の外見に多少のコンプレックスを抱いてはいるものだけど、本当に根強い子は根強いから。特に肌のことは……ね」


「でも、俺が言っても聞かないだろうし……俺が女同士の話に口を挟むのは……」


 黙って聞いていた弥生がついに声を荒げた。

「私たちが言っても聞かないから、彼氏の友介くんに頼んでいるんだけど! それに、自分の彼女が皆の嫌われ者とか嫌じゃない?!」


「それはまあ……でも、しばらく様子を見とくよ」

 そう言った友介は、彼女たちに踵を返した。

 彼女たちがどんな顔で自分の背中を見ているのかは、振りかえらなくても分かった。




 数日後。

 大学近くに、美味しい焼き鳥屋がオープンしたということで、友介は同じサークルの者たちと足を運ぶことになった。

 この焼き鳥屋は、店員が焼きあがった料理を運んでくれるわけではなく、各テーブルに設置された七輪で焼いて食べる、いわゆるセルフ焼肉ならぬ”セルフ焼き鳥”方式のお店だ。友介自身は、店員が焼いたものを運んできてくれる方が面倒がなくて良かったが、たまにはこういうのもいいかもしれない。


 ”同じサークルの者たち”ということは、もちろん店内には美百合もいたし、飛鳥と弥生もいた。それに、例の”そばかすの子”・明奈の姿もあった。

 友介と美百合は、いわばサークル内の公認のカップルだ。

 同じテーブルに着くべきかとも考えたが、友介自身、美百合からちょっと距離を置きたい気持ちもあったし、それに男と女では食べるスピードの飲むスピードも違うだろうからと、男連中と固まって席に着いた。


 美百合のことは、飛鳥と弥生が見てくれているだろうと考えていたが、飛鳥と弥生は美百合にうんざりしているのか、それとも単なる偶然か、彼女たちは彼女たちで、他の女の子たちと別のテーブルに早々に着いていた。

 そして、美百合が座ったテーブルには、明奈の姿があった。

 少し嫌な予感がしないわけでもなかった。

 だが、さすがの美百合も、美白ケアのための蘊蓄ならび自称・色白美肌の自慢話を”しつこく”幾度も垂れ流したりはしないだろうと、友介は思うことにした。

 


 けれども……

 少しばかりビールを飲み過ぎた友介が、店内のトイレで用を足した後、手を洗っていた時であった。


 ギャーッ! という甲高くも凄まじい女の叫びが響いてきたのだ。

 それに間髪入れず、女たちの悲鳴と男たちの怒声までもが!

 

 トイレから飛び出した友介。もう酔いなど一瞬で冷めていた。

 騒然とした店内では「氷持ってこい! 早く冷やせ!」「救急車よ! 救急車を呼んで!」という、ただならぬ声たちが飛び交い続けている。


 友介が見たのは、騒ぎの中心――最初に聞こえた叫び声の源泉――で、「痛い! 痛い! 肌が! 私の肌がぁ!!」と泣き叫び続けている美百合であった。

 そう、”右顔に網目模様の大火傷を負っている美百合”であった。


 美百合のすぐ近くには、サークル内の男ならび駆けつけてきた店員たちに押さえつけられながらも、顔を真っ赤にして泣き喚く明奈の姿があった。


 何があったのかと聞かなくても、この地獄絵図を見れば一目瞭然であった。

 今日この場においても、美百合は明奈に、自身の美肌ケアの蘊蓄と自慢話を、相当に”しつこく”垂れ流したのだろう。

 『またそばかす増えてない?』『女の子なんだから、サボっていないでちゃんとケアしないとだめだよ』といった具合に。


 ついにキレてしまった明奈に髪を掴まれ、眼前の鉄板に顔を押し付けられてしまったのだと。

 美百合は顔を……自慢の色白美肌を、紫外線よりも強い熱で、言葉通りジュワーッと”焼かれて”しまったのだと。


 まさか、こんなことにまでなってしまうとは!

 様子を見ている場合じゃなかった。

 友介は鈍感なわけではなく、ちゃんと気づいていたのに。

 それに、飛鳥と弥生からも注意してくれるように言われていたのに。


 泣き叫び続ける美百合の介抱には、飛鳥と弥生が中心となってあたってくれていた。

 突っ立ったままの友介に気付いたらしい飛鳥が、彼を睨みつけた。

「友介くん! 何、ボーッと突っ立ってんのよ!? こんなことになっても、なんで、あなたは見てるだけなのよ!?!」



――fin――

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